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ミドロル=アルフィリアの日記

 若い頃にこうして日記を綴るようになってから、もう五十年もの歳月が流れた。

 振り返れば今まで作り上げてきた機械の山々。私の人生は研究と開発だけの人生だった。だが、そのおかげでドーザの町はここまで発展し、人々を便利な暮らしへと導くことが出来たし、外をうろつく魔物から守ることも出来るようになった。


 研究所と工業地区の拡大。特別頭脳に秀でていない私でも、ここまでこれると証明できた。だが以前に見た、大昔に滅んだとされる叡智の一族。エミラディオート一族の歴史に名を刻んだ天才学者の発明した『魔弾砲』は別格だ。あれは凡人に作れるものではない。半分程度は理解できたが、魔力を無限増長させるという奇跡を起こすことが出来なかった私は、苦し紛れに魔晶石の魔力を使って弾丸を飛ばす『魔弾銃』を開発した。おそらくオリジナルには手も足も出ないだろうけれど、それでもある程度の力はあるはずだ。


 それにしても、改めて人生を振り返ると随分と孤独なものだ。ずっと一人で研究に明け暮れ、手伝おうとしてくれた人もいつの間にかいなくなった。中には「あんな不味い料理は食べられない」なんていう奴もいた。失礼な奴だ。あの超滋養強壮スープの美味さが分からないとは。いつかあの味が分かる奴と食卓を囲んでみたいものだ。


 今までの人生に悔いはない。やることは全てやった。後は命が終わるのを待つだけだ。だが、残り人生でもし望んでもいいのなら。私は家族が欲しい。ずっと一人だった私の今の際で泣いてくれるような、そんな家族が欲しい。


 だから、私は決めた。

 残りの少ない人生全てを使って、家族を作ることを。





 ルーシェ計画

 開発は困難を極めた。今まで忠実な人型を作っていなかったからか、造型だけでもかなりの時間がかかった。さらに、この小さな体に命を吹き込めるような魔力を持つ魔晶石も今は手元にない。だが、私は諦めない。ルーシェと名付けたこの機械は私の娘だ。なんとしてでも、ルーシェに命を与えてみせる。


 僥倖だ。もっとも重要であった動力源が見つかった。なんでもこれは『女神の心臓』と呼ばれるもので、女神の魔力が閉じ込められたものらしい。どこかのあやしげな行商人が持ってきたものだったが、一目見ただけで素晴らしさがわかった。かなりの大金だったが即座に購入した。見てみて、その偉大さを改めて実感した。今までのどんな魔晶石よりも多い魔力を持ち、それでいて人の心臓程度の大きさにそれが凝縮されている。計画は必ず成功する。いや、成功させてみせる。


 八割方、ルーシェは完成した。いや、体に関してはもう完成したと言ってもいいだろう。あとは、知識だ。ルーシェが生まれてから困らないためにも、必要な知識を全て詰め込んでおこう。


 知識のインプットが完了した。これでルーシェは自立して行動できる。自分で判断し、自分で決定できる。生命と呼んでも過言ではない。後は最後の微調整をしてから起動し、私とルーシェの記憶を作っていくだけだ。


 ずっとルーシェを裸のまま作業していたので忘れていたが、体が完成した今なら服を着せてしまっても支障はない。というわけで、前々から準備していた白のワンピースを着せた。どうせならもっと華麗な服を着せてあげたかったが、そういったものに興味を示すことをしなかった私にはこれが精一杯だ。服に関しては、ルーシェが動き出してから本人の意思を尊重しよう。ルーシェの起動が楽しみだ。



 最悪だ。魔王軍がこの町に侵攻してきたようだ。しかも狙いは『女神の心臓』らしい。このままではルーシェが危ない。まだ完璧に作動するかは分からないが、起動させるしかない。記憶がない状態で外へ出すのはかなり危険だと思うが、逆に記憶がなければ自分が『女神の心臓』を持っていると知ることもない。ルーシェが狙われないことを第一に考えなくては。


 だが、まったく記憶がない状態で送り出した時、私の計画はどうなるのだろう。家族が欲しいと願った私の想いは。そこで私はルーシェの深層心理に『女神の心臓』を守るという意識を埋め込むことにした。それさえあれば、時間が経ってからまたこの研究所に戻ってくるだけの知識はもう詰め込んである。

 また再会できたら、そうしたら始めよう。

 私の計画の最終段階を。


 ルーシェを町の中へ放った。意識がはっきりとするのは明日になるだろう。どうやら町も混乱しているようだし、上手く溶け込んでくれるはずだ。だが、どうしてこんなにも心配なのだろう。ああ、どうか怪我をしませんように。


 ルーシェを作ってから、自分の中で何かが変わっているとようやく自覚した。最初はきっと、家政婦のように身の回りの世話をしてくれればいいとぐらいの感覚だったのだ。今の際で横にいてくれる存在が作れればそれでよかった。でも、今は違う。守ってやりたい。私が今ここで一人で死ぬとしても、ルーシェが笑顔で生きていてくれればそれで幸せだと、そう思っているのだ。不思議だ。今までの研究や開発では生まれなかった感情だ。私が何十年ものあいだ、誰からも与えられなかった感情だ。この感情を、私は言葉にも数字にも表せない。


 外から瓦礫が崩れる音が聞こえた。どうやら魔王軍がこの研究所にたどり着いたらしい。ルーシェはすでに逃してあるが、ここに『女神の心臓』がないと分かったらルーシェが狙われるかもしれない。ダメだ。それだけはダメだ。


 試作段階で止まっていた人間を動力源とする兵器を使うことにした。これを使って私が暴れれば、奴らは私が『女神の心臓』を持っていると勘違いするだろう。暴走のリスクをかんがみても、もって数日だ。だが、それだけあればルーシェは逃げられる。もう会えないだろう。でも、それでも構わない。


 しかし、もしも、だ。

 もしもルーシェがこの場所に戻ってきたときのために、言葉を残しておきたい。これは私がルーシェに絶対に伝えたいことだ。もし、ルーシェ以外の誰かがこの日記を手にしたのなら、ルーシェに、我が娘にこの日記を渡してほしい。

 それが、私の最後の願いだ。





 ルーシェよ、幸せになってくれ。

 私はお前をこの世に産むことができただけで幸せだった。だから、お前にも幸せになってほしい。いつか、お前は自分が機械であることに気づいて苦しむ時があるだろう。他の人とは違うと悩むことがあるだろう。

 でも、そんなことは気にするな。

 お前は愛なく作られた機械ではない。私の愛から産まれた命ある存在だ。

 お前はこの世に望まれて産まれたんだ。だから、どうか胸を張って生きてほしい。

 どうか叶うならば、この世界の素晴らしさを、愉快な世界の美しさを知ることのできますように。今の私のような、幸せを感じることの出来ますように。

 この世界に生まれてよかったと。生きていてよかったと思える人生を歩んでくれますように。


 ルーシェよ。

 世界で一番大切な、可愛い可愛い私の娘よ。


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