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第十四話「生きてなんていない」

 ずっと、ずっと。

 疑問に思っていたのだ。

 記憶がないはずなのに、記憶以外の全ては整っていた。楽しむべきときも、悲しむべき時も、自分の正体が分かってしまったときも。自分の表情は変わらなかった。

 きっと、それ以上考えてしまったらこの結論に行き着くから、疑問のままで止まっていたのだろう。


 ガララ……、と目の前で崩れていった床の淵がボロボロと落ちていった。

 ゆっくりと、それは体を起こした。

 無残に千切れた自分の左腕を掴み、その断面を見る。

 肌色の外膜で覆われた中にあるのは筋肉でもなければ骨でもない。骨の形をした鉄の棒と、繊維のように巡る細い配線たちだ。

 きっと、精密な射撃は機械の腕や目によって支えられていたのだな、なんて考えてみる。


「……、」


 何をしたらいいのか分からないまま、それは立ち上がって歩き始めた。

 行く先も特に考えてはいない。本当なら、ミドロルから逃げるべきはあの青年だったのだから。

 だが、まずはあの理解不能な思考回路を持つ青年を助けるべきだろう。あの人が普通ではない異常な力を持っていることは一緒に過ごしてみてすぐに分かった。

 あの人ならば、きっと『女神の心臓』を見つけ、魔王軍から守ってくれることだろう。

 ――と、その思考が疑問に変わった。


「どうして私は、『女神の心臓』を……?」


 謎は多い。機械である自分の目的が『女神の心臓』を守るということならば、どうして研究所の外で目が覚めたのだろう。

 それに、『女神の心臓』がどこにあるのか、ということも分からないままなのだ。

 こんな非合理的な事実に理由を考えてみるのなら、まず行きつく結論は。

 握っていた自分の左腕だったものをゴミのように捨てて、それは口を開いた。


「欠陥品がゆえに捨てられた。私は廃棄物、ということでしょうか」


 目的だけ設定されたが、利用する価値がないと判断されて外に捨てられた。そして、不幸にも起動してしまったために、目的だけ追い求めて動き続けていた。

 辻褄はあう。自分の服がボロボロのワンピースで裸足だったのも、きっと捨てるだけだったからなのだろう。

 様々な思考を巡らせても、行きつく結論は同じだった。

 自分は無価値。この世に生まれることを望まれず、捨てられた存在。


 つまりミドロルは自分を作るだけ作って、無慈悲に捨てた。いや、機械を捨てることに慈悲などあるわけがないか。

 そんなことを考えていても、自分の表情は変わらなかった。

 とりあえず、歩こう。自分が目的も何もない空っぽの機械なのだとしても、あの青年を助けるために何かはするべきだ。

 彼は特別だ。この世界に求められている。

 ミドロルから彼を助けるぐらいは、最後にするべきだろう。


 向かう先は、またあのミドロルの部屋だった。

 書物に目を通してみて、ミドロル博士を助けることは出来ずとも、打倒しハヤトを助けることは出来るだろうと思ったからだ。途中で邪魔が入ったのでまだ目を通せていないものがあるが、それを読めば打開策の一つは浮かぶだろう。


 ハヤトが自分を抱えて逃げていた道を逆走して、それは再び奥へと進んでいく。ここは魔晶石管理場の奥なので、横にあるドアを開けると人の頭程度の大きさの魔晶石が並んでいた。

 それは自分の胸に手を置いた。鼓動は、感じない。

 自分の体にもあれと同じものが埋まっているのだろうか。


 ゆっくりと歩いていたはずだが、もうミドロルの部屋に着いた。

 逃げる時にドアが破壊されていたため、部屋の中が見えてしまっていた。

 そして、その奥の壁も壊れて穴が空いてしまっていた。穴の奥は暗く見えないが、どうやらまだ空間は残っているようだった。だが、今見るべきはそこではない。


 ハヤトが逃げる際に壊した部屋の穴に落ちていった書物たち。それらに現状を打破する解決策があるかもしれない。

 左手を失って体のバランスが崩れやすくなっているので、注意しながらそれは飛び降りた。


「ここは、外に近いようですね。砂が集まっているというよりは砂を集めるための通路だったのでしょうか」


 その構造はトンネルに近かった。元々人が使う場所として考えられていなかったからか、明りはほとんど設置されていない。上の穴から差し込む光が無ければかなり視界は悪いだろう。

 足元には床の表面を撫でる程度の砂があるだけで、砂が多くあるわけではないようだった。おかけで落ちていった本たちも少し手で払えば落ちるほどの砂が付着しているだけだった。それは足元に落ちている本を一冊手にとり、軽く砂をはらってそれを開いた。


 内容は魔晶石というものを動力としてどのように運用し、その魔力をどうやって機械の隅々へ送っているかといったものだ。残念ながら人で代用するなんてイレギュラーな方法は載っていなかったが、原理が同じならば単純に博士の命を奪ってしまえば機械はそれで止まるはずだ。

 だが、出来るならばハヤトの望みをかなえてあげたいという気持ちもあった。策が見つけられなかったら博士を殺し、見つかれば博士を救う。至極単純なことだ。


「最も効果的なのは、やはり力の供給を滞らせることみたいですね」


 落ちていた書物に一通り目を通したそれは、視線を上げた。

 もうこの場所に用はない。ハヤトは今もミドロルを助けようと奮闘してるはずだ。決して、彼は諦めないだろう。そして、もしミドロルが助からなかったら彼はきっと自分を責めるだろう。ならば、せめて。自分がミドロルを殺してあげよう。

 自分を捨てたミドロルに、悪あがき程度の復讐をしてやろう。


 一つ、小さな呼吸をしたそれは、足に力を込めて頭上に空いた穴めがけて飛び上がった。

 その跳躍に人の常識は通じない。改めて、それは自分が機械であることを実感していた。

 周囲を見る。穴だらけの部屋は静寂に見ていた。

 そろそろ、彼を探すべきだろう。そう思って、歩き出そうとしたときだった。


「アアアアアアアァァァァァァアアアア‼‼‼」


 聞き覚えのある低い咆哮が、少し離れた廊下からこの部屋まで響き渡った。

 空気の震えが肌で感じられるほどの音量。

 その音源に向かって、それは声を上げた。


「ハヤトさんッ‼ こちらへ‼」


 その声が届く自信はなかった。だが、それでも。


「無事だったか、ルーシェ‼」


 彼は必ずやってくるという確信はあった。

 後ろにミドロルを連れてこちらへ走ってきたハヤトは、それの顔を見て安堵の表情を浮かべた。

 助ける術が見つからず、ただ走って逃げることしかしなかったのだろう。

 額や頬から流れる汗を見るだけですぐに分かった。

 こちらへと駆け寄ってくると、ハヤトは息を整えながらミドロルの方へ振り返る。


「やっぱり、ここに来てくれてたんだな! どうだ、あのじいさんを助ける方法は見つかったか!?」


 笑顔で問いかけるハヤトに対して、それは半ば強引に口角を上げて、


「はい。見つかりました」


 ぎこちないが、それを笑顔と呼ぶには十分だった。

 その言葉を聞いて、ハヤトの表情により一層笑顔が増える。


「本当か!? どうすればいい!」


「ミドロルを機械に繋いでいる配線などを一つずつ外側から切っていけば、体への負荷を減らしながら接続を切ることが可能なはずです。なので、まずは射撃の精度を上げるために私の方へミドロルを引き付ける必要があります。一度ミドロルの後方に回って、私が打った瞬間に彼を引き付けてください」


「……よく分からねぇけど分かった! とにかくあいつの後ろに回るんだな!」


 大きく頷いたハヤトは、上へ飛び上がってミドロルの後ろへ移動した。

 やはり、ミドロルの意識が失われているからか、ハヤトに見向きもせずにそれの方へと勢いよく突進を続けていた。


 それはゆっくりと後ろへ下がりながら、自分がついさっき上ってきた穴の淵へかかとを合わせる。これ以上は後ろへ下がられないギリギリに位置づけて、それは魔弾銃を構えた。


「ありがとうございます。ハヤトさん」


 無表情で、それは呟いた。

 この言葉は純粋な本心だ。彼の力になりたいというのも、本心だ。

 命のない機械にあんな笑顔を向けてくれるために。

 そして、こんなデタラメな嘘を素直に信じた彼のために。

 もう、自分みたいな機械をあの男に作らせないために。

 ルーシェは魔弾銃の銃口を地面に向け、引き金を引いた。


「最初から、これが正解だったのです。ハヤトさん」


 ルーシェの精密な射撃は床の亀裂を正確に打ち抜き、さらに床に亀裂が走る。

 それはミドロルとルーシェを半円で囲み、ミドロルが床を踏みつけた衝撃で足元が一気に崩れ落ちていく。

 今度こそ、これが正しい形だ。

 彼が助けるのではなく、彼を助ける形で。

 助かるべきは、命を持つものなのだから。


 ガラガラ、と。

 体が宙に浮いていく感覚があった。視界が移り変わっていく中で、何かを叫ぶハヤトの顔が映った。こんなことをしても、彼はきっと心配してくれるのだろう。

 ルーシェはわずかに、とても自然に口角を上げた。


 そして、二つの機械は再び下層へと落ちていった。


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