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「ちょっと。二人ともお酒臭い」
サラが鼻をつまんで真人とマクベルを見る。
「リリアはどこいった?」
「先に船に帰ったわよ」
ほぼ半日酒を飲み続けていたにも関わらず、マクベルは平然としている。
真人も、無茶な飲み方をしていたわりにけろっとしていた。
「さて、そろそろ向かうとしようか」
「オークションって言ってたよな。まぁどうせ人身売買してるとかそんなとこだろ」
真人が平然と言う。
「…キャプテン。マサトに言ったの?」
「いやぁ、なにも」
「なんとなくわかるだろ。どうせ、俺がそれを見てキレるかどうか試したかったってとこか。サラ」
「うぐ。ま、まぁそうよ」
「オークションは、俺たちのようなならず者たちも来れば、近隣諸国の腐った貴族も来ていたりする。ま、この世界ではわりとメジャーな悪党共さ」
マクベルは真人に笑いかける。
「で、どうするんだ? 俺たち諸共ぶっ飛ばすか?」
「知らん。言って見て考えるさ」
真人が笑い返す。
その様子を見て、サラが驚いた。
「マサトって、まるで赤ちゃんね」
「なんだ? その例え」
「ちょっと見ない間に、ころころ変わるってことよ」
○
『さぁ続きましての商品は! 皇国国境付近にて保護された渡航者です! 肉体労働には持ってこいの若い男です!』
五万!
五万五千!
八万!
八万、八万で終わりですかぁ?!
他は?!いませんかぁ!!
では、八万落札です!!
五十五番様!おめでとうございます!!
「一歩間違えれば、俺もあそこにいたんだな」
真人の胸には、七十番と書かれたプレートがある。
「ま、そういうことよ」
「サラ」
「えぇ、キャプテン。たぶんそろそろ」
「なにがだ?」
『さぁ!! お待たせ致しました!! 今夜のメイン商品!!』
――会場の空気が、一瞬で高揚する。
『西パレス共和国が十二貴族の家名!! かのアルザス家が長女!! 先の大戦にて戦地となり非業の運命を辿った麗しの乙女!!』
『シャルロッテ・アルザスその人です!! 百万からスタートです!!』
百五十!!
百六十!!
二百!!
二百五十!!
怒涛の勢いで値段は釣り上がる。
壇上に連れてこられた少女。
白い絹のような髪。
少女らしい、まだ幼さを残す端整な顔立ち。
先ほどの渡航者は、ボロ布のような服装であったにも関わらず、彼女はまるで舞踏会へ赴くような真紅のドレスを纏っていた。
三百!!
三百七十!!
四百!!
壇上の乙女は、自身が売られているこの状況でも、唇を噛み締め、凛と前を向いていた。
五百!!
「貴族って、この世界で偉い奴らなんだろ。なんで売られてんだ?」
真人は隣のサラに耳打ちする。
「ええ。彼女はその中でも上流貴族よ。いや、だったと言った方が正しいわね」
「没落か?」
「そういうこと。家族、領地。彼女は全てを奪われたの」
八百!!
八百二十!!
見れば、すでに大台を前にして競り合っているのは二名だった。
「一人は好色家で有名なクラン家のバカ息子ね。もう一人は、私たちと同業」
「やはりあいつらも来てたか。ヤールハットめ」
マクベルが吐き捨てるように言う。
そして、会場に向かって叫ぶ。
「一千万ッ!!」
ざわつくオークション会場の視線は、マクベルに集まっていた。
「ぐ!い、一千二十万!!」
ヤールハットと呼ばれていた、中年の褐色肌の男が負けじと叫ぶ。
「一千二百!!」
嘲笑うかのようにマクベルが値段を跳ね上げる。
「ぬおおぉ……マクベルめぇ」
ヤールハットは、血が出んばかりに歯ぎしりをする。
しかし、ない金は出せれない。
『一千二百!! 一千二百!! 他はありませんか?!』
カンカン! と木槌の音が会場に鳴り響いた。
『おめでとうございます!! 七十一番様!! 落札でございます!!』
「残念だったな。ヤールハットぉ」
わざわざ大声でヤールハットを煽るマクベル。
「覚えておけこの強突く張りが!!」
「ふははは! この続きは空でな」
マクベルは、満足そうに笑ったのだった。
○
「結局、目当てはあの女の子だったってことか」
「コルミド港に寄ったのも、最初からあの子が目的よ」
オークション会場を出て、夜のコルミド港で真人とサラは落札した彼女を受け取りに行ったマクベルを待っていた。
「なにかあるのか? あの子に」
「それは船で話すわ。ところで」
サラが真人を見つめる。
「私たちと一緒にいたら、こういうこともあるわ。平気で人を売り買いする。マサトは、それでもいいのね?」
真人は。
サラに真剣な表情で応える。
「俺は、俺の好きにする。お前らが、強欲船が俺を好きに利用したいなら、すればいい」
「……」
サラは、なにも応えない。
ただ、その目は真人を見つめたままだ。
澄んだ、綺麗な瞳だと真人は思った。
「サラの料理が食べれるだけで、あの船に乗る価値はある」
「……ばか」
「なにをイチャついとるんだお前ら」
「キャプテン」
マクベルの横には、分厚い手枷をされた少女がいた。
真紅のドレスに似つかわしくない、黒い布を頭に乗せられていた。
「船に戻るぞ、サラ、マサト」
「了解、キャプテン……。マサト?」
真人は、マクベルに向かい合う。
「この世界で、俺は何者でもない。ヒーローでも、英雄でもない。ただの神崎真人だ」
そして、右手を差し出した。
「自由にやらしてもらうぞ、キャプテン」
「実にいい。空賊とは、かくあるべきさ。よろしく頼むぞ、マサト」
マクベルは、差し出されたその右手をしっかりと握りしめた。