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「これが、空賊……」
「麦酒が空いたぞーッ!! どんどん持ってこぉーい!!」
「キャップぅ……。私だって、私だってまだ若いんですよぉ……。好きで老け顔してるんじゃないんですよぉ」
「ダグの兄貴が泣き出したぞー! じゃんじゃん酒持ってこぉーい!」
マクベル、ダグと数名のクルーで卓を囲み、宴会のような騒ぎっぷりで飲んでいた。
「ただの酔っ払いどもじゃねーか」
真人がサラに突っ込む。
サラは頭を抱えていた。
「キャプテンずるい! 私も飲むー!」
「ふはははッ!! あと三年早いわ!!」
マクベルはそう言いながらも満杯に注がれた麦酒を一気に飲み干す。
「キャプテン、夜のオークションにマサトも連れて行きます」
「ん、おー。かまわんが、なにやら深刻な顔をしているな、サラ」
「お構いなく」
サラは眉をぴくぴくさせながらマクベルに答える。
「いかんぞぉ。そんな顔をしていては。おっぱいが大きくならんぞぉ」
「胸は関係ないでしょうがッ!!」
「リリアを見習えリリアを。悩みなんてなに一つない清々しい顔だ! だからおっぱいも大きい」
サラの姉御の小さい胸も俺は…
だがそこがいいッ!
叱られてぇ
マクベルの後ろで野郎共が好き勝手喋る。
「サラちゃんは小さい方が可愛いんだよ! キャプテンのセクハラオヤジ!」
「フォローになってないし! 全然嬉しくないッ!」
「お、おい。ダグの顔青くなってんぞ」
「だらしないな! お前はそれでも強欲船の幹部かぁ?!」
ダグは完全に酔い潰れていた。
「よしッ! 選手交代だッ! マサト飲めッ!!」
「…酒なんて飲んだことねーよ」
「なら飲め! 今飲め! さぁ飲め!」
どん、となみなみ注がれた小麦色の麦酒のグラスを机の上に置く。
「リリア! ダグを船に運んでやれ!あとは留守番組みが面倒みてくれるだろ」
「あいあいさー! ばいばい、またね!」
リリアが呪文を唱えると、ダグの姿は綺麗さっぱりいなくなった。
「さぁ野郎共!! 新人様が乾杯するぞぉ!! 準備はいいかぁ!!」
――おおおぉー!!
のりのりである。
酔っ払いは、酒が飲めればなんでもいいのだ。
「はぁ……。マサト。飲み潰れないようにね」
「ちょ、おい! 置いて行く気かよ!」
サラは名残おしむリリアの手を引いて、店を出ようとしていた。
「私もぉー」
「あなたはダメ」
真人に向かって、サラは言う。
「こういうのも、確かに空賊よ。遊ばれてらっしゃいな」
なんなんだよ全く!
○
「おらぁーッ! もう一杯!!」
「も、もうダメだ…」
おぉー!! 二人抜きだぁー!!
やるじゃねぇか! 新人!
「ふはははッ! いい飲みっぷりだなぁマサト」
「こんなもんジュースみてぇなもんだなッ! おら、さっきの喉が焼けるやつロックで持ってこぉーい!」
ものの数十分後。
真昼間からの酔っ払いが一名増えていた。
「で、サラとなにかあったのか?」
マクベルが真人に問う。
「知らねーよ。半端な覚悟で船に乗るなって言われただけだ」
「まぁそりゃそーだな。サラらしい」
マクベルが小さく笑う。
「マサトよ。お前は前の世界ではなにをしていた?」
酒が回っているせいか、真人の口も幾分か軽くなっていた。
「戦ってた。最初は、誰かを守るためだった」
そうだ。
目の前の人を、ただ守りたかった。
「戦って戦って戦って、戦った。それが宿命だと思った」
『だが、お前は強大過ぎた』
「頼まれたわけじゃない。でも俺は」
『なら何故戦う?』
「俺は」
真人は、テーブルに酒を置く。
「俺はヒーローに、なりたかった」
きっと、本心からでた言葉だ。
「ヒーロー? なんだそりゃ」
ニヤ、と真人は笑う。
「お前らみたいな悪党をぶっ飛ばす英雄だよ」
「ふはははッ! なるほどなるほど。だからか」
「あん?」
マクベルは、真人の肩をがしっと組んだ。
「いや、なぁに気にするなヒーロー。サラがお前をオークションに連れて行きたい気持ちを察しただけさ」
「だから、どういうことだよ! 酒くせえ!」
ばっとマクベルを振り払う。
「マサト」
「あんだよ」
「空賊ってやつはな。自由であるべきなんだ」
「自由?」
「あぁそうさ。権力にも、貧困にも屈さずに。己が覚悟を持って、その日その日を自由に生きなければならない」
マクベルは、饒舌に続ける。
「たとえ、今日誰かに殺されようと! 我々が生き抜く今はッ! この世界の誰よりも輝いているッ!!」
――おおおおぉー!!
マクベルの言葉に、その場のクルーたちは呼応した。
真人は、その酔っ払いの言葉が、少し格好良く見えた。
「他人を気にしてどうする? ヒーロー!? 助けたい奴は助ければいい! 殺したい奴は殺せばいい! 悪だ正義だくだらねぇんだ。やりたいように、生きて、死ぬのさ俺たちは」
それが空賊。
強欲船の船長の在り方だ。
「説教臭いな。キャプテン」
「お、入団する気になったか、マサト」
「……さぁな」
ぐっと、酒を飲みきった。
俺は。
世界に一度裏切られた。
死んだと思った。
でも、訳がわからないうちに今ここで酒を飲んでいる。
サラの料理は美味かった。
リリアと街を出歩くのは楽しかった。
きっと、誰かが与えてくれた、二度目の人生なのかもしれない。
そう思うと、ストンと、気持ちが落ち着いた。
落ち着いたんだ。