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「キャプテーン、こいつどうします?」
西パレス共和国とエスティニカ皇国の国境沿い。
高度一万メートルを悠々と渡る船が一隻。
空船だ。
さらに正しく言えば、その船は空賊船であった。
船の中、木箱や樽が散乱している荷物庫にて、活発そうな少女と体格の良い男。
そして簀巻きにされた青年が横たわっていた。
「そーさなぁ。身包み剥いだし、人買いにでも売っ払うか」
「若い男の相場いくらくらいでしたっけ。こいつが着てた服の方が高かったらマジうけるんですけど!」
ぷすーと笑う少女。
青年は気絶しているようだ。
「はっはっは、まぁ渡航者が持って来るもんは総じて高く売れるからな。さもあらん」
キャプテンと呼ばれている男は、目の前で簀巻きになっている青年の顔を一瞥すると
「黒髪。田舎臭そうな顔だな。ま、若いし上手くすれば東方の田舎貴族に買われるかもな」
それを聞いた少女はけたけたと笑った。
「キャプテンそれ男娼として買われるやつじゃないですかーやだー」
「陽の当たらない場所で、延々と土を掘り返す奴隷よりはマシだろ」
「それもそーですねぇ」
見ず知らず――いや、先ほど商談の帰り道で、たまたま拾った戦利品である青年の行く末を、二人は嘲笑うように会話をする。
二人は正しく空賊であるのだ。
「さて、リリア。これ以上こいつを見てても一銭の得にもならねぇ。とっとと仕事に戻れ」
「あいあいさー!」
リリアは元気よく返事をし、駆け足で持ち場へと戻る。
青年――神崎真人を乗せたまま、船はゆっくりと進む。
○
『宣言しておいてやる。私が死んだあと、次に殺されるのはお前だ英雄』
『…あぁ。かもな』
『なら何故戦う?血反吐を吐き、ボロボロになっても、何故立ち上がる?』
『そりゃお前。俺がヒーローで、お前が悪の親玉だからだろう』
『くだらん!実にくだらんなぁ。まるで舞台で台本を読むピエロじゃあないかお前は』
わかってるよ。そんなこと。
『だとしてもだ。お前がしてきたことで、死んだ人たちの分くらいは、お前を殴らないと俺の気がすまねぇんだ』
「んあ!」
びくっと、震えるように真人の意識は戻ってきた。
辺りは暗闇に包まれている。
窓もなく、灯もない部屋。
現状が掴めなかった。
あのクソジジィ、殺す殺す詐欺か。
しかも、なにやらチクチクする。
簀巻きだ。
おいこれ俺今真っ裸じゃねーのか。
そりゃチクチクするわ。
「いい度胸してるじゃねーかクソジジィ!」
この後に及んで羞恥責めでもするつもりかあの野郎!
なにより。
なにより、だ。
安全制御装置抜きで俺を放置しやがるとは。
「殺す機会をみすみす捨てたこと後悔しやがれッ!」
真人は感情のままに慟哭する。
それが、彼が世界を救ってきた力そのものなのである。
「想いは言葉に、言葉は力に!!」
発した言葉は、凄まじいエネルギーとなって真人の身体を包み込む。
その闇に溶け込むように、黒く、禍々しい鎧となって、想いは顕現した。
体を縛っていた簀巻きごと吹き飛ばし、全身をその力の塊で身に纏った真人は、臨戦体制と移る。
が、しかし。
体を起こしたことで、自分のいる場所に違和感を覚える。
「もー、さっきからうるさいなぁ。ネズミでも潜り込んでたかなぁ…ん?」
「あん?」
荷物庫の真上が私室であるリリアが、様子を見にやってきた。
荷物庫の扉を開けると、リリアがいる廊下から明かりが差し込んだ。
「き、きゃーぷてーん!!! 曲者だぁあああ!!! 荷物を漁りに黒い変な奴が現れたぞぉおおー!!!」
「ちょ、お、おい待て」
「待たんわ!キャプテーーん!」
「な、なんだ。誰だよお前」
オレンジ色の長髪に、黄色のパジャマ。
端整な顔立ちに、ぱっちりした瞳は暗闇でも分かる青色の目をしている。
真人から見て、どう考えてもパンク被れの外国人である。
真人が収容されていた、あの監獄にはいるはずのない人種だ。
いや、そもそもこんな埃臭く、荷物置き場のような場所があそこにあるわけがない。
「私が誰かって?! おいおい盗みに入る空賊団の、泣く子もさらに大泣きする副キャプテンを知らないってか?!」
泣く子は黙るもんだろう。
「誰が副キャプテンだ、誰が。おいリリア、無事か」
「キャプテーーーン!! 流石キャプテン!! いち早く駆けつけてくれる!! 頼れる男!!」
「つ、次から次へと」
さらに現れたのは、大柄な男。
胸元全開のバスローブを着ているその男も、真人からしたら明らかに場違いな格好だ。
「おいお前、ここがどこかわかって潜り込んだのか」
「そうだそうだー」
やんややんやと騒ぎたてるリリア。
「あー」
真人は、状況が呑み込めないことを呑み込んだ。
とにかく、今自分は『よくわからない異常事態』の渦中にいる。
ならば、まずは状況を知るべきだ。
「話をしようか、キャプテン」
「盗人がなにを話すって? 冗談は格好だけにしろよ」
「そうだそうだー」
お前らも寝巻きみたいな格好で格好つけるなよ。
つい数刻前まで、ジジィ共への怒りで頭に血が上っていたが、この二人を見ていたらいっきに冷めた。
「解除」
そう真人が発する。
黒い鎧は、光の分子となって、宙に消えていく。
「ほら、これで格好は……あ」
「じょじょ冗談は格好だけにしてぇ!!」
真っ赤になったリリアが叫ぶ。
そういえば真っ裸でした。