Ⅶ
恋の進行は流行り病と一緒進行が早く、意図も簡単に蝕まれてさしまう。そう思ったのが5年目の事だった。
付き合いが5年目くらいになると彼はなかなかものを言うようになる。体力もついてきているし多少の事には慣れたのだろう。何より私に何をいうと、鞭を持つのかがわかってきたのだと思われる。
5年目になる頃から、城の隠し通路や、警備の本当に手薄な時間を少しずつ、本当に少しずつ。点のように教えてきた。今の彼なら思考という線で、正しい脱出経路と、正しい城への攻め方をいずれできるであろう仲間と導きだして来るだろう。
少点と点を結んだとき、外に出るイメージが少しできたのだろうか。
「外に出たくないですか?」
彼はふいにそう聞いた。
「またばら園かしら?散歩が好きなのね?確かに先日行った時に薔薇は凄くきれいだったものね。きれいなものは好きよ」
情緒が欠けている自分自身すごいきれい。だとか、圧巻だとか、そんな感情をあの庭に持った記憶はないが、一般の人間が思うだろう感想を述べながらいう。というより、彼がそんな顔をしていたから、またあの表情を見るのも悪くないと思った。
そう考えていると。
「城の外の世界です」
と、夢物語みたいな事を尋ねてくる。
「………………。お前1人では出れないものね?」
「そうじゃなくて、逃げたいと思わないのですか?」
何を聞かれたのかわからなかった。聡明で素直で、私を憎んでいる彼が絶対に私に向けない言葉だと思っていた。だから、動揺したんだと思う。
「……」
「言っている意味が……わから……ないわ」
「…………仮に……」
その言葉の後には何も続かない。
「ここの暮らしはとてもいいでしょ?全てがそろっているのに出ていく必要を感じないわ?そうでしょゼラニウム」と、いつものように笑ってかえす。
「自由がないじゃないですか」
「…ペットのお前にはないかもね?」
この話はそこで終わった。
でも、私の中で深く心に残る。
ーー自由がないーー
その通りね。
ーー逃げたいか?ーー
その通りよ。
父からの目、城の人間の目、民からの目、そんなものに囲まれ過ごす日々から逃げれればどれだけ幸せか。
何も考えず、ただ自分のために生きれればどれだけ幸せか。
その時隣にゼラニウムがいればどれだけーーー。
考えれば考えるほど、苦しい。
何一つ自分にはない未来。籠の鳥は外には出れない。夢を乗せようにも乗せるものも持っていない。
ただ、ゼラニウムがそれを聞いてくれたのが、嬉しかった。素直で、私と向き合わないと決めている賢い彼だ。ふと思った事を尋ねたのだろう。それでも。
彼が、思う世界の中に、私が存在しているのが。
嬉しかった。
好き。
素直なところ。
賢いところ。
向こう見ずなところ。
勉強に貪欲なところ。
嘘が下手なところ。
家族が大切なところ。
あげるときりがないが一番好きなところは
こんな私にも優しいところ。
……好き。私の大切なゼラニウム。
いつだったか、ばら園で手当てされた右手を見る。傷も痛み全くなくなっている。何も残っていないが、彼が優しく触れた手を思い出して見てしまう。
恋とは非常に厄介だ。
「はぁ。俺も外に出たいなぁ」
そう、彼に言われれば罪悪感が募る。自覚する前は、この言葉をきいても、こんなに強く罪悪感を持つことはなかった。
外に出させれなくて、ごめんなさい。
私の都合で人形に、ペットにさせて、ごめんなさい。
………………
こんな私が
好きになって……
ごめんなさい。




