Ⅵ
4年目に彼は逃げようとした。
その日私は父によばれ、夫候補というものを探しに城を開けていた。ゼラニウムは連れて行かなかった。自分のそんな姿をどうしてかみられたくなかった。
彼には適当に父の仕事と嘘を言ってある。信じたかは疑問だが。
会場には、悪女と知られているのに、権力に富に美貌にそんなもに酔いしれて近づく男がたくさんいた。どの男もおなじに見えた。
「気にいった人はいるかい?ほらあそこの長男とは楽しそうに話してたじゃないか?」父がにっこり笑い私にいう。
「いいえ。私に似合う殿方はいなかったわ?」
「私には、ゼラニ…………」といいかけた所で思考が一瞬とまる
「ウムという、人形があるのよ。さらにお気に入りの玩具なんて作れないわ?ね?お父様そうだたったでしょ?お気に入りの玩具があるときは、他に興味を示さなかったのでないの?」
今私、何を言おうとした?何を思った?
確か今、自分が興味をもつ殿方の話をしていて、それで、1人だけ自分の頭に浮かんで……
そこまで整理して思考を止めた。今度は任意で止めた。この先は考えては行けない部分。答えを導き出しても意味はない部分。
「そぅ。君はあれ。そんなお気に入りなの?興味があるなぁ。初めて見た時も思ったけど、確かによい目をするもんね。彼とは一度遊んで見たいかもしれないなぁ。そういったら、貸してくれる?」
あまりにも動揺していたためか、何も考えず、父を見上げてしまう。
私の表情をみた父は、嬉しそうに、うっとりと私をみる。
あぁしまった。やってしまった。今私感情を制御してないまま父をみた。反抗的な眼を向けてしまった。
父には昔から見せてはいけないと考えていた顔がある。
笑顔でも、悲しい顔でも、起こった顔、ましてや恐怖におびえた姿でもない。反抗的な眼と、考えたくはないが……もう1つ……。それが父には見せていけないとものだった。父へ向けた母の表情だったから。
父の好きな母の顔を持つ私。にこにこと笑っていれば父に似ているが、反抗的な眼をすれば、母に似ている。父の好きな母。
父に逆らい、最後まで抗い、亡くなるまで一瞬をも敗けを認めなかった母。あの瞳に父は囚われ、今でも男や女を買い、その中に母を探す。
哀れで、滑稽な夢。
父の夢を知っていた私にとってこの状況は恐怖でしかない。私の中に母を見つけたら、父は必ず私を手にいれようとする。
もともと、世間では愛されている。と、言われていたが、私はそうは思わなかった。父は私の中にずっと母がいないか探していて、私はそれを見つけられまいと隠すように、父の前では笑顔でいた。自分を、他人を守るため。そんな様子を他の人は溺愛と評価する。
醜く歪んだ愛情を溺愛と評価するのだから、よっぽどお互いにうまく目的を隠せていたんだろう。
今日それが見つかったのだとしたら?
いや、考えによっては好機なのかもしれない、そろそろ父にも退場へのルートを考えるべきだと。
もう少し年頃になれば、段々母に外見が似ている私は、どうせ捕まっていただろう。
今から準備できると、そう、いい方向に考えれば……1人でもこの恐怖にも立ち向かえるかもしれない。
脳裏に1人の男が浮かんだ。
深紅の髪を持った、生意気で、素直で、頭のいい少年ーー。
…………ゼラニウム…………
何故か無性に会いたくなった。
体調が悪いからと急いで城に戻ると、自分の領域が怪しい。ゼラニウムの姿が部屋になかった。
ーーーこの城から逃げた?ーーー
全身から血の気が引く、心臓が誰かに聞こえるくらいに音を立てる。
いや、冷静になるのよ。私。
日が沈んで間もない、警備が手薄になると考えられる時間、庭までの警備の目を潜れるルート、尚且つ彼が知れるもの。
どこから出るのが一番安全で早いーー?
急いで彼の思考と一般論を考える。
幸い月は明るい。すぐに見つけられる。
久しぶりに、本気で走った、明日は筋肉痛になるかもしれない。でも、ここで、手を抜いて間に合わなかったらーー??
ダメよ、いかないで。だって、まだ…………もう少し……
自分の導きだしたルートを走ると1人の少年を見つける。
闇夜に彼はいた。少し、戸惑うように、最後の門を抜けようとしていたところだった。
……間に合った。
容姿を、呼吸を整える。慌てたなど知られたくもない。
「ばかね。お前」
「なんだってこんな明るい日を選ぶのよ」
「ま、主人がいない日を選んだのは誉めてあげるけどね」
余裕たっぷりにそう言って手を伸ばすと反抗的な眼を私に向けた。パシッと音をさせ、私の手を振り払う。怒っているのか目も会わさず1人部屋に戻る。
また、1つ、彼に嫌われたんだと思った。
ーーーダメよ。まだ、だめ。
まだ、知りきってないでしょう?まだ戦えないでしょう?
だから、もう少しそばにいてーーー
何が建前で何が本音がわからない。
父が怖かったから?まだ戦えないから?
もう少しそばにいて。と思わず出た言葉の意味を考えたくない。でも
今更彼に嫌われた所で特になにも変わらない。
そう思うのに
ーーー何故か心が痛いーーー
ーーーー弾かれた手が熱いーーーー
それが答えだと思った。




