Ⅴ
ゼラニウムと過ごして2年目の時に
文鳥をもらった。とても珍しい、鳥だという。
銀の毛色をもちくりっとした瞳。囀ずる声は耳に心地よい。
私はとても可愛がった。餌を与え、きれいな水を与え大事に大事に育てた。ちちっと鳴きながら物言いたげに私をじっと見るところがとある青年に似ていた。
私が殺してしまった青年。
まだ、私にも希望というものがあったころ。偶然町で拾った青年。恩義を感じていたのか、その人は何をしても怒らなかった。私が世についてイライラし、あたっても、青年は黙ってきいてくれた。
時折物言いたげに私を見る目があったが、何も言ってこなかった。その青年のそんな目に弱く、すぐに怒りを解いてしまっていた。
青年は籠の鳥になりながら逃げようともせず私の後をずっとついてきた。優秀で他に道があるだろうと、私が力を貸すからというと「お嬢様の傍にいたいです」と断った。
その心に惹かれ夢を託す気でいたが、その事を話すと「俺じゃあ貴女の駒にはなれません」そう書き残してこの世を去ってしまった。
追い詰め過ぎたのだろうかー。そう思った。優しいあの人はきっと重圧が耐えられなかっただろうと、そう思っていた。
無欲で、従順で、私を無条件に慕ってくれた青年。自分の手で追い詰めた。「傍にいたい」そんな願いも叶えてあげられなかった。
この鳥を育てるのは、その青年への贖罪。
そう思っていた。
1年くらい飼った時に
「レミリア様は随分この鳥を気に入っているんですね」文鳥にご飯をあげていると段々と敬語を使えるようになった私の人形が話かける。
「……そうね。きれいな鳥だもの」
「こういう鳥って飼われて幸せなんですかね?」
「どういう意味?」
「いやぁ。俺はこんな生活くそ食らえって思ってますんで。まぁ観賞用の鳥ですもんね。そうでないと生きられないですもんね。選択肢なんてその鳥にないか」
「自分を重ねているのかしら?」
「まさか、あんたこそ自分を重ねてないですか?」
「……まさか?」
ゼラニウムに言われた言葉は衝撃だった。飼われて幸せか。そんなこと考えた事もなかった。確かに大空を住みかにしている鳥にとって籠は窮屈な檻だ。
「お前…外に出てみたい?」
誰もいなくなってから尋ねると
ちちっと物言いたげに答える。
「…そうよね。こんな所にいたく…ないわよね。いいわ出してあげる。自由にどこへでもおいき」
窮屈で、自分の夢も叶えられないような場所に留まる理由は何一つない。他人の干渉もなく一人で生きられたらどれだけ幸せだろうか。
きっと私にはできないからーー。
それから3日たった後だった。
あの文鳥がー特別な餌、特別な水がないと生きていられない種族だと知ったのは。
「…………私の……せいね。知らなかったなんて…なんてひどい言い訳…」
木の下にうずくまるように眠っていた。そっと手に拾いあげ文鳥を撫でる。ー冷たい。この子はもぅ眼をさまさない。
また……私の…せい。4年前と同じ……。
暫くすると城内で私が鳥を殺したと囁かれた。嘘ではないし否定するつもりもない。別に…本当の事なんて誰も信じないし、言ったところで、文鳥は生き返らない。意味ない。
使用人誰一人確かめに来ないし。鳥篭もいつの間にか片付けられている。
しかし、ゼラニウムは違った。
「やっぱり自分と重ねていたんじゃんか…」視線を落とし本を読みながら、でも私に向けて彼は言った。
「逃がそうとしたんだろ?あんな結果になって残念だけどな」今度は視線を向けてひどく悲しい。そんな表情を私に向けた。
「ゼラニウム…お前人形なのにそんな表情をするのね」
私と重ねていた?まさか?私はあの青年と重ねて……
でも
ほんとうに?
ほんとうに重ねていたのはあの青年だけだった?
ーーーーっつ
あぁーーー
そうじゃない。そうじゃあない。籠の鳥は私も同じ。ゼラニウムの言うとおりあの子に私自身も重ねていた。美味しいごはんきれいな水。与えられるものだけで生きていくあの鳥は確かに私でもあった。
籠からでては生きられない所なんてまさしく私ーーー。
なんて間抜けなの。
自分の愚かさに、他の選択肢はないという現実に、思わず笑みがこぼれる。大爆笑もの。ヒィヒィとお腹まで痛くなってくる。
……こいつ、やべぇどうしたんだ?気でも狂ったか?
そんな目をゼラニウムが向けていた。
ーーー彼にこんなことを悟られたくはないーーー
そう思った私はさっき耳の端に聞こえた彼の罵声単語を元に彼に言葉を返す。
「じゃあ何?その人形に飼われてるお前はなんなのかしら?私より惨めな存在じゃない?」
「気はすんだかしら?私のかわいいかわいい」
「ペットちゃん」
アンジェリカ・マリーゴールド・レミリア。本当は誰よりも、貴方よりも、私の方がずっと、籠の鳥。




