悪意ある微笑み
コツコツと階段を降りる足音が響く。
暗き森の神殿の下層に向かう階段は古く、ボロボロだった。しかし━━
「…やけに静かだな」
「やはり姉様もそう思いますか?」
階段を無言で降りているとは言え、静かすぎる。
神殿でもここはダンジョンのはず。魔物の声は聞こえないのはおかしい。
「…まさか外にあった魔物の死体みたいになってたり?」
「じゃあガランヴィールを殺した奴もこの先にいるってことになるね」
そうだったらかなりの手練れだ。いつもの自分だったら恐れず向かえるのだが…今の自分は弱体化している。強敵と戦うのは正直キツい。
「大丈夫です。姉様は下がって見てて下さい。マリさんと私なら余裕だと思いますし」
いやそれフラグだよシエル…
「お?着いたか?」
下層の地面に足を踏み入れると違和感を感じた。
(身体が…軽くなった?)
狭い階段から解放されたからか?不思議と力が出てくる。
「何も無い…な」
「無いですね」
着いた場所は何にもなくて暗闇の部屋だった。
「…誰かいる」
マリが奥を指差して警戒する。奥は暗闇で全く見えないけど…
「………姉様!下がって!!」
「え?うわぁ!?」
突然シエルが自分を押して構える。その後すぐに理由が分かった。
「なんだこの魔力…!?」
「奥にかなり大きな魔力の塊が感じます!マリさん!」
「…分かった『ヘビーショット』!」
マリは奥に向かって銃弾を撃つ。奥の暗闇に飛んでいった弾丸は見えなくなったが…
「あぶないのう…突然撃ってくるのは卑怯じゃろ?」
「!?」
どこかで聞いたことのある声だ…。この声は…
「ん?そこにいるのは…マコトか」
「…まさか」
暗闇からゆっくりと歩いて来たのは…
「ユマリア姫…!?何故ここに!?」
自分達のギルドにいるはずの本物のユマリアだった。
でも何かおかしい…この魔力はまるで…
「姫…ここは危な―――」
「マリ!下がって!」
ユマリアに近づくマリに気づけば、自分でも驚くぐらい大きな声で叫んでいた。
マリは驚いて自分の方をみるがユマリアは驚かない。それどころか…
「どうやらマコトは気づいたようじゃな?」
…笑っていた。
「マコト…どういうこと?」
「あのユマリアの纏ってる魔力…混沌の神の化身に近い魔力だ…」
でも祭壇なんて…周辺を見ても何も無い。ただの部屋だ。
「…ユマリア姫?」
ユマリアは顔を手で抑えていた。どうやら笑いを堪えていたようだった。
「マリよ…そんな目で睨むでない。照れるではないか」
「………」
「…『ホーリーバレット』」
突然放たれた光の弾がユマリアに当たる。
「ちょっ…シエル!?」
銃で撃ったのはシエルだった。
「すみません姉様。でもこうしないとって思って…」
「でもだからって急に――」
「やれやれ…不意打ちとは二人共に卑怯じゃのぅ」
しかしユマリアは無傷で立っていた。どうやら纏っている魔力によって弾は弾かれたようだ。
「なぜユマリアが祭壇の力…混沌の力を持っているんだ」
「ん?マコトよ。もっと周りを見るとよい」
周りをもう一度見渡すが何も無い。いや何も無さすぎる…
「まさか…ユマリア姫自体が…?」
「…正解じゃ♪」
ユマリアは呑気な声で答える。しかしその声の裏には悪意が感じられる。
「混沌の化身を人間に封印するなんて…正気の沙汰じゃない」
いや…クロミの件もある。もしかしたらクロミみたいに封印された系か…?
「ちょっと待って下さい!じゃあギルド本部にいる偽物と思われたユマリア姫の方は…」
「いや。あやつは偽物じゃよ?これは本当じゃ」
どういうことだ…?混沌の力を持つ姫が本物…?
「どちらにせよ…混沌の化身はここで倒す!」
マリが戦闘態勢に構え、銃口を向ける。
しかし銃口はユマリアに向けることはなかった。いつの間にかマリの背後に立っていたからだ。
「危ないのぅ…マリはまだ若いのじゃからそんな危ない物を持ってはいかんじゃろ?」
ユマリアがマリに触れた瞬間大きな音と共にマリは吹っ飛んだ。
「かはっ…!?」
「マリ!!」
「くっ…『アサルトバレット』!」
シエルはすかさずユマリアに向けて撃つが…
「はっはっは!遅いのぅ」
シエルの撃った先にはユマリアは既にいなく、また背後にいた。
そしてマリと同じように触れ、シエルも吹き飛ばされる。
「一体…何が起きているんだ?」
「なに。ちょっとした手品みたいなものじゃよ。ちょいと力を利用してこうすれば━━━こうなる」
ユマリアが話していると思った次の瞬間にはユマリアが目の前にいた。
「なっ」
そしてそのまま自分に触れ、吹き飛ばされる。
反応できなかった…全くもって動きがわからない!
「痛った…!」
「姉様!あれは瞬間移動の部類では無いです!」
「ほう!流石はシエルじゃな。二、三回見ただけでわかったか」
瞬間移動の部類じゃない…?
「どういうこと!?」
「あのユマリア姫…いえあのユマリアは時を止めています!」
なにぃ!?時を止めてるだと!?どこの世界の人だよ!?
「そんなのどうやって戦えばいいんだよ!」
「少なからず時を止めるには何か条件があるはずです!それを封じれば…!」
「それがわからないんでしょ!……って危なっ!?」
「む…外したか」
ユマリアはいつの間にか詠唱して魔法の玉を出していた。しかもかなりの数だ。
おそらく時を止めてその間に詠唱しまくったのだろう。
「チートにも程がある!どうにかしないと…」
「そらそらぁ!マコトよ!そんなことを考えている暇があるのかのぅ!?」
くそ…ドカドカ撃ちやがって…!魔法を使わないとヤバいな…!でも魔法は今使えない……
「…ん?魔力が回復してないかこれ?」
感覚というか魔力が溜まっているような気がする。ユマリアの攻撃をかわしながらステータスを見る。
「回復してる!?魔力が何故か回復してるぞ!?」
なんでだ?今まで魔力が吸収されて自然回復しなかったのに今は回復していた。魔法も充分に使える。
「なら…『ストーンウォール』!」
魔法で土の壁を作る。これでユマリアの魔法を防げるはず…
「まぁこうするじゃろうな」
この野郎!時止めて背後に回りやがった!だがそう来るのは自分でも分かっていた。
「『ターゲットスロウ』!」
「何っ…!?」
指定した敵の動きを一時的に遅くする魔法。ユマリアは時を止める能力はあっても身体は人間だ。思った通り魔法は効いたけど、ゆっくりも出来ない!
「くらえ『マジックフレア』!」
目の前で魔力の爆発を起こす。
「ぐっ…やってくれたな!マコトよ!」
おいおい…至近距離の爆発を受けてるのに元気だな!魔法の効果も切れたはず…また時を止めて攻撃してくるか!?
「…ん?」
何も…してこない?
「『ダークジャベリン』!」
「ってうわわわ!?」
と思った矢先に魔法撃ってきた!
あれ?でもなんかおかしいぞ…?なんで今の魔法を時を止めてから撃たなかったんだ?
「『ホーリーミサイル』!」
「ぐわっ…!」
シエルがユマリアに攻撃を当てる。嘘!?なんで当たったんだ?
「え…当たった!?」
当てたシエルも驚いてるよ!?
自分が今起きていることに混乱している間にマリは自分の隣に立っていた。
「…恐らくさっきのマコトの魔法が時を止める能力を消したのかもしれない」
「え!?でも自分そんな能力を封じる魔法を撃ったわけじゃないんだけど…」
いや待てよ…封じたんじゃなくて?
「うん。マコトは何かを壊した」
そうか!ユマリアはなにかアイテムを使って時を止めていたのか!そして自分の魔法で壊れてしまったと!
「なら…ここからが反撃だな!」
自分は気を取り直して魔力を溜めた。