第五話。
鉄臭い血と人肉の焼ける臭いが混じり入り、余りの悲惨な光景と圧倒的な力の前に混乱と恐怖の底に突き落とされている貴族達。
そんな貴族達が這々(ほうほう)の体で逃げようと集まる扉はどんなに力を込めようとも、開くことはなかったのである。
何故ならば、惨劇の舞台となった聖堂の外には一糸乱れぬ動きで建物を包囲し、扉を封じている第一王子の紋章を持つ騎士達の姿と、様々な年代の傭兵と分かる外見の者達がいたからであった。
「けっ! 人生ってモンは何が起こるかわっかんねえもんだなっっ!!」
「……同感だ。 まさか、あのシルヴィア殿が勇者、いやたった一人の若者のために動くとはな。」
その中でも特に目を引くのは正反対の二人の人物だった。
「そりゃあ……しょうがねえだろうな。 あいつに、シルヴィアにとっちゃコンラッドの糞ガキは死ねない理由だからよ。」
葉巻を口に加え、深く紫煙を吸い込んで吐き出しながら応えるのは、顔に傷がある大柄の浅黒い肌の男。
シルヴィアとコンラッドが出会ってからの数年間を側で見守り続けた“リベルテ傭兵団”頭領、イヴァンだった。
「そうか……シルヴィア殿に会う度に、彼女を取り巻く空気が分かりにくいが柔らかくなっていたのは勘違いではなかったのだな。
……嘗て、命を助けて頂いた大恩有る方の大切な存在を、どうしようも無い馬鹿共の所為で害してしまったとは本当に申し訳ないことをしてしまった。……許してくれ、イヴァン殿。」
周囲にいた幾人かの側近や護衛が頭を下げることはなくとも王子である、いや言葉は悪いが簒奪するかのように王となる者が謝罪の言葉を口にしたことに諫める声を上げる。
大国の王族に対する言動ではないと、傭兵風情がといった表情を浮かべる者達に苛烈で有りながらも冷ややかな眼差しを送る金髪碧眼の才色兼備な王子。
彼こそが大国と呼ばれるこの王国の第一王子ギルベルトであり、元々不仲であった現王と妹姫の勇者に対する対応で決定的に袂を別つこととなった者だった。
「静まれ。 彼等の存在を軽く扱うことは許さん。……シルヴィア殿が鍛え上げた傑物である勇者殿とは言え、お荷物でしかない愚物を四つ抱えて魔王に勝てる道理など無い。 勇者殿と魔王が一対一の状況を作り出してくれた彼等“リベルテ傭兵団”が居たからこそ、我らは勝利を得ることが出来たのだ。」
怜悧とも言える言葉を発する王子を取り巻く怒りに周囲の者達が怯む中で、イヴァンだけが低い笑い声を漏らす。
「……くくっ……やっぱり、シルヴィアが気に入るだけ有って分かってんじゃねえか。」
葉巻の煙を揺らめかせながら、イヴァンは皮肉げに笑う。
「仲間ってのは互いに高め合い、補い合うモンだ。 俺に言わせりゃあ、コンラッドの糞ガキのお仲間とやらは只の寄生虫じゃねえか。 糞ガキの強さを当てにして、引っ付いて甘い汁を吸うことしか考えてねえ。」
沈黙を返すギルベルトだけで無く、周囲の側近や護衛を睨め付けて皮肉げに笑っていたイヴァンは表情を憤怒を滲ませる。
「コンラッドを取り巻く状況を見守り続けていたシルヴィアがてめえに話しを持って行って、俺達“リベルテ傭兵団”に密かに“魔王軍の撹乱と戦力分断”を依頼させ……あいつが俺達に頭を下げて頼んだからこそみんな動いたんだ。
……てめえら国の上に立つ野郎共は、本当に分かってたのかっっ! 俺達が動くことがなけりゃあ、コンラッドは一人で魔王軍全部を相手にする羽目になってたかもしれねえんだぞっっ!!」
頭領イヴァンの叫びに同意するように、その場に居た“リベルテ傭兵団”の面々に嫌悪の表情が浮かぶ。
彼等は嘗て、様々な理由から国に見捨てられ、権力者に虐げられ、苦しめられてきた過去を持つはみ出し達の集まりでもあった。
過去の経験から何よりも権力を嫌い、関わることを嫌悪する“リベルテ傭兵団”。
そんな彼等が例え世界の命運が掛かっていようとも、大国の依頼を受けるなど了承するはずが無かったが、大切な養い子のために“リベルテ傭兵団”の仲間一人一人の元を訪れて頭を下げた者がいた。
仲間と嘯く者達に常に前線に立たされ、口先ばかりの欲に眼の眩む信用ならない者達に違和感を感じながらも、王国が実力を認めて連れて行くように告げた以上は共に有るしかなかったコンラッド。
このままでは魔王の配下を含めて一人で相手取らされてしまうと、コンラッドは命を失ってしまうと判断したシルヴィアは養い子を護るために影で暗躍し続けたのだ。
その結果、魔王の側近であった四人の魔族を“リベルテ傭兵団”の面々が引きつけている内に、コンラッドが魔王と一対一で勝負でき、勝利を得ることに成功したのである。
……もっとも、その他のお荷物達が少しでも手柄を立てようと動き回ることに、“リベルテ傭兵団”のコンラッドの護衛の者達にとっては大した実力も無いお荷物の行動に怒りと殺意の声を上げていた……。
「成人したばかりの一人のガキに世界の命運を押しつけたばかりか、荷物にしかならねえ寄生虫どものお守りを押しつけたてめえらのやり方はクソ喰らえだっっ!!」
だからこそ、イヴァンは憤怒の声を上げるのだ。
権力者の都合や身勝手さによって、不器用な己では素直に告げる事は出来ずとも、本当の家族のように思っている手のかかる娘シルヴィアとその宝であるコンラッドを害した者達へと……“リベルテ傭兵団”という家族を護る大黒柱として声を荒げ、抗うのである。
「本当に申し訳なかった、イヴァン殿。」
苛烈で、殺気すら纏い始めたイヴァンをギルベルトは真っ正面から受け止めて、再度謝罪の言葉を口にする。
「シルヴィア殿に諭される前に私は一国を背負う王族の一人として無用な感傷を捨て去り動くべきだった。……例えその選択が父王から王位を簒奪し、王族としての誇りもない愚妹の命を絶つことになろうとも……私はもっと早くに動くべきだったのだ。」
悔恨を滲ませたギルベルトの暗い表情にイヴァンは鼻を鳴らす。
「ふんっ! シルヴィアに発破掛けられて動き出しただけでも、他のクソ貴族に比べりゃマシだ。
……新しい王様よぉ、約束通り俺達の仲間に喧嘩を売ったクソ共の命は貰っていくぜぇ。 弔い合戦でも、何でも、俺達に吹っ掛けたきゃ好きにしな。 いつでも、容赦なく“リベルテ傭兵団”に刃を向けた身の程知らず共ごとてめえらをぶっ潰してやるよ。」
ニイッと好戦的な笑みをギルベルトに向けて浮かべたイヴァン。
「それは有りえんな。 国を危険に晒した愚かな者など王族にはおらん。 前王であった陛下も、愚妹も、昨夜急逝したのだからな。……此処にいるのは、王族を語る不届き者だけだ。 そんな不届き者の命のために何故弔い合戦をせねばならんのだ?」
簒奪だ何だと言っていたというのに惚けた表情を浮かべて、イヴァンへと飄々と応えるギルベルト。
ニヤリと悪役全開の笑みを浮かべた二人は、心の底からシルヴィアの激しい怒りを買ったであろう愚かな者達の末路を脳裏に思い浮かべ、“自分で蒔いた種は自分で刈り取れ”もしくは“てめえのケツはてめえで拭え”と感想を溢すのだった。