第三話。
いつも読んで下さりありがとうございます。
今回は戦闘描写と残酷な表現が多くありますので、苦手な方はお気を付けください。
どうぞよろしくお願いします。
セレナは己に向かって振り下ろされる刃を、左手の甲を外側に振り抜くことでもって頭部を狙う剣筋を反らしながら、細い木の棒でも叩き折るかのように砕く。
一見すれば大して筋肉質でもない女が剣を砕けるとは夢にも思っていなかった騎士……いや、セレナにとっては一番側にいた己へと剣を振り下ろそうとした敵は驚愕の表情を浮かべてしまう。
利き手である右手に既に魔力を纏っているセレナはニイッと口の端を持ち上げ、本人にとっては挨拶程度の……敵にとっては命を奪われるには十分な威力の拳を隙だらけの顔面目掛けて叩き込む。
「ぐぎゃっっ」
左の頬でセレナの黄金に輝く拳を受けることになった敵は短い悲鳴と砕けた歯を残して、参列者の群れへと一回、二回と跳ねながら転がっていく。
参列者を巻き込みながら転がっていき、数メートル先でやっと止まった敵の身体。
その顔面はセレナの拳の形に押し潰れ、白目を剥き、だらりと舌を出しながら小さく痙攣し、そんな悲惨とも言える姿を見てしまった淑女だけで無く多くの人間が悲鳴を上げ、恐怖に息を呑む。
聖堂の中に木霊する悲鳴と、予想外の強さを見せ付けられたとしても、多勢に無勢なのだと己を叱咤する騎士や兵達は、目の前に佇む存在がそんな次元を超えているなどと思っておらず、誤った愚かな判断を下していく。
「一人目っっ!」
瞳孔が開き、興奮した様子のセレナの大声が悲鳴を掻き消すように聖堂に響き渡る。
騎士や兵達は彼等の先頭に立ち、一番最初にセレナへと剣を振りかぶった騎士の末路を認識した時には既に目の前に“深紅の闘神”がもたらす暴虐の権化と言える“死”が迫っていた。
一人目の敵を屠ったセレナは、向かい来る敵が仲間の末路を認識した僅かな刻で二番目に近くにいた数歩距離があったはずの二人の敵の前に移動していた。
魔力を纏った足の裏に、紅い絨毯の下にある聖堂の大理石の床に罅が入る感触を感じながら一足飛びに近付き、未だに己が迫っていることに気が付いていない二人の敵の内、まずは右側の敵の頭部を右手で鷲掴み聖堂の床へと叩き付ける。
「がっっ」
何が起こったかすら分からずに右側の敵は顔面を大理石の床へとめり込ませ、大きく身体を痙攣させると同時にめり込んだ顔を中心に放射状に広がった床の罅に止めどなく血を滲ませていく。
「ひっ?!」
隣りに数秒前までは確かに生きていたはずの味方の命が一瞬で刈り取られたことに左側の敵が気が付いた時には……既に全てが手遅れだった。
右側の敵の顔面を床へと叩き付けた時には、セレナの意識は左側の敵へと移っていたのだ。
「たす、げぐっっ」
重心が前に傾いた身体を起こす勢いを殺すことなく、セレナは左手の拳を踏み込みながら左側にいた敵の腹部へと持ち上げるように叩き込む。
左の拳に伝わる筋肉を断ち切り、骨を砕く感触に高揚する己の意識を感じながら、確実に相手の命を奪い、これ以上脆弱な命を無用に奪う意味を見出せないがために見せしめの意味を込めて、拳より魔力を放出して敵の体内奥深くへと追撃を仕掛ける。
セレナの拳だけで無く、魔力の追撃までも受け取ることとなった敵は肉片と臓物を撒き散らしながら飛んでいく。
「二人目っ、三人目っっ!!」
三人目の敵を屠ったセレナは一旦身体を起こし、残った怯えの色を纏い始めた敵という名の得物へと視線を走らせる。
「怯むなっっ! 化け物が相手であろうと我ら聖なる王国の騎士が、まぎゅるっっ」
二人目の敵が握っていた剣を無造作に持ち上げ面倒臭そうに投げつければ、仲間を叱咤激励しようとした一目で騎士団の中でも役持ちとわかる壮年の男の額に突き刺さり、脳漿を撒き散らしながら倒れていく。
「……四人目……おいおい、この程度の実力で俺らに喧嘩売ったのかよ……てめえらも、まだ殺るかあ?」
期待している訳では無かったものの、あまりにも弱すぎる敵を前に苛立たしげに眉間に眉を寄せ、これ以上遊び相手にもならない命を奪うことすら面倒だとセレナは大きなため息を付く。
「……ちっ!……これなら、あの魔王なんちゃらの茶猫と遊んでる方がマシだったぜ!」
悪態を付くセレナへと僅か数秒足らずの合間に実力が違いすぎるのだと現実を見せ付けられ、怯えきった兵達は次々と武器を捨てていく。
「愚か者っっ!! 敵を前にしておきながら武器を捨てるなど、武人の恥と知りなさいっっ!! わたくしが命じているのですっ! さっさと武器を拾って闘いなさいっっっ!!!」
お前達の価値などそれだけでしょう、とカトリーヌが甲高い喚き声上げ続けるが、凄惨な仲間達の死体を前にして武器を再び拾う者はただの一人もいなかった。
「……シルヴィア様、セレナ様の仰っている“魔王なんちゃらの茶猫”とは、まさか……?」
セレナの戦いを見詰めることしか出来なかったコンラッドは、その言葉の中に聞き逃せなかった単語を頬を引き攣らせながら側に佇むシルヴィアへと問いかける。
「魔王軍四天王だとかいう奴らの中で、セレナがペットにした猫のことだな。」
「……それって、まさか……獣王とか名乗ってませんでしたか?」
シルヴィアの何でもないことのように答えた内容に、さらに頬を引き攣らせたコンラッドは重ねて尋ねてしまう。
「そんなことも言っていたな……頭領は霊王だとか名乗っていた幽霊女を、私は蜥蜴と海蛇を従えたが……知り合いだったか?」
「…………僕達の苦労って……」
魔王ほどの強さは無かったとは言え、それでも充分にコンラッドにとっては強敵であった存在をペットにしていると宣う養い親達にコンラッドは脱力してしまうのだった。
養い親と子が穏やかな会話を繰り広げているのと同時刻。
聖堂の出入り口の扉にほど近い場所にこそこそと身を隠す三人の人影があった。
「“リベルテ傭兵団”だとっ?!……まさか……まさかっ、あの出で立ちは“深紅の闘神”と“双黒の鬼神”かっ?!」
命が奪われ、鮮血が舞い上がり、婚儀の儀に参列した王侯貴族達の悲鳴が飛び交う中で、勇者の仲間だった剣士が小さく驚愕の声を上げる。
「有り得無いでしょうっ! リベルテ傭兵団と言えば、例えどんな強大な国が相手でも、彼らの掲げる信念に沿わねば従わず、闘うことを良しとするような常人では考えられない戦闘能力を有する狂人の集まり!
その中でも、最悪で最凶、そして最強の双璧を為す二人の傭兵、“深紅の闘神”と“双黒の鬼神”!!」
セレナとシルヴィアという“リベルテ傭兵団”の中でも特に有名な二つ名を持つ人物達を前にして、幽鬼でも見てしまったかのように蒼白な顔色で喘ぐように小声で叫ぶ公爵子息。
「嘘でしょっ! 掲げる信念のためなら、大国相手にも戦いを挑んで王城を吹き飛ばしたって言うじゃないっっ!! どうしてそんなヤバイ奴が現れちゃうの!?」
目の前に狂人と呼ばれる“リベルテ傭兵団”に所属する者が現れ、己の身を危険に晒してしまうことになると思っても見なかった伯爵令嬢が狼狽した様子を見せる。
勇者の仲間だった、武者修行に明け暮れていた剣士、王国の騎士団長を父に持つ槍の使い手である公爵子息、強い魔力を持って生まれた魔法使いの伯爵令嬢。
三人はカトリーヌの提示した地位や名誉のために三人がかりで勇者を罠にかけ、禁術を施した張本人達だった。
そんな危険人物達と勇者が知り合いであったなど、夢にも思っていなかった三人は身を隠して嵐が過ぎ去るのを待とうと考え、出口へと足を進めようとする。
「三下が雁首揃えて何処に行くつもりだ?」
「ひぎゃっ……ぐふっっ……」
しかし、三人の間を一陣の深紅の烈風が駆け抜け、魔法使いの伯爵令嬢が悲鳴をあげる。
眼にも留まらぬ速さで駆け抜けたセレナが、逃げようとしていた三人のうちの一人、伯爵令嬢の頚を掴みあげて躊躇うこと無く喉を潰したのだ。
激痛が走る喉を掴むセレナの黒皮の手袋に爪を立てて悶える伯爵令嬢に視線を向けること無く、万力のような握力を誇る手を開けば伯爵令嬢の身体は重力に従い地に堕ちる。
力なく大地に横たわると誰もが思った伯爵令嬢の身体は、セレナが潰した喉元から突如地獄の業火の如き炎が吹き上がった。
「っっ!!!」
伯爵令嬢は声にならない苦悶の悲鳴を上げてのたうち回り、余りの惨状に視線を反らすことすら出来ず震える仲間だと思っていた剣士と公爵子息へと手を伸ばし……床を引っ掻き、悶えながら絶命した。
「……ひぐっ……おっ……おえぇぇっっ……」
「あ……あ……そ、んな……」
何故か扉が開くことはない聖堂の中に、鉄さびの臭いの混じった人肉の焼ける臭いが充満する。
その臭いに吐き気を催した者達が口元を押さえ、その内の何人かは耐えることが出来ずに吐き出してしまう。
「たっ、助けてくれっっ……俺は、あの女に嗾されただけなん、だぎゅるっっ」
「ああ、そうかい。 俺は既にてめえを敵と定めてんだ、言い訳がしてえならあの世でしな。」
セレナの前に跪き、全ての元凶はカトリーヌなのだと喚く剣士へと侮蔑の色を宿した眼差しを向ければ、獰猛な笑みを浮かべたままに魔力を纏った豪腕を剣士の首目掛けて横へと振り抜く。
凶悪な一撃から首を護ろうとした剣士は、カトリーヌより勇者を陥れた褒美として与えられた宝剣で攻撃を受け止めようとした。
しかし、甲高い音を響かせて宝剣は名も無き剣と同じ末路を辿り、叩き折れた切っ先はくるくると回りながら宙へと浮かぶ。
宝剣を叩き折ったセレナの一撃は、威力を落とすことなく剣士の首へと吸い込まれ、骨が折れて筋肉が引き千切られる鈍い音を響かせ、鮮血を撒き散らしながら紅い絨毯の上を首だけになった剣士が転がっていく。
再び数多の悲鳴と耐えきれなくなった貴族達の床に倒れる音が響きなか、クルクルと回転していた宝剣の切っ先は重力に従い、首を失って倒れ伏した剣士の心臓に突き刺さったのだった。
「さて……残るはてめえだけだな。」
話しにならないほどに弱すぎる、歯ごたえもない癖に己達へと実力も弁えずに噛みついてきた相手へと、面倒臭そうに何処からともなく取り出した煙管に火を付け、セレナは紫煙を漂わせる。
「あ……わ、私の父は王国の騎士団長で、公爵なんだ! だ、だから、お前達が望むならば、幾らでも金でも、宝飾品でも差し上げる!」
「……へえ……そうかい。 どんな物でも俺達が望めばくれるのかい?」
紫煙を吐き出しながら詰まらなそうに問いかけるセレナの言葉に公爵子息は、希望の光を見つけたかのように勢いよく首を縦に振り続ける。
「お前達が望むなら、地位も、名誉も、なんだって準備して見せ、がはっ……」
しかし、公爵子息が見つけた希望の光は幻でしかなかった。
何が起こったか最後まで理解することなど出来なかったであろう公爵子息は、いつの間にか目の前に広がっていた深紅だけを瞳に映し、支えを失った身体を地に横たえることとなった。
「いらねえよ、そんなもん。 俺達が欲してんのは……俺達の大切な仲間の慈しんでる餓鬼に手を出した糞共の命だけだからな。」
公爵子息と数歩しか空いていなかった距離を一気に詰めたセレナが、その胸元深くに拳を突き刺し、文字通り命の鼓動を握り潰して見せたのである。
紫煙を纏い、頬を鮮血で塗らし、凄絶な笑みを浮かべた“深紅の闘神”の前に魔王を倒したと持て囃された勇者の仲間だった者達は、抵抗することすら許されず次々に命を刈り取られていったのだった。