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第二話。


 ……だが、そんな三人の再開の雰囲気を打ち壊すように耳障りな甲高い少女の声が聖堂に木霊した。

 

「いい加減、わたくし達を無視するんじゃ有りませんわっっ!!!」


 ビクリとその声に震えた養い子の身体に気が付き目を細め、その声の人物から護るようにシルヴィアとセシルはコンラッドを背に庇うために一歩前に出る。


「あぁ? うるっせえな。 ブヒブヒ鳴いてんじゃねえよ、惚れた男一人魔法で自由を奪わなければ物に出来ないケツの青い雌豚が。」


 冷え切った冷たい眼差しを喚き声を上げ続ける、セレナの容赦ない蹴りの威力を前に鼻骨が折れ、鼻血も出たであろう顔の中心を、回復魔法を使用してやっと回復したばかりのカトリーヌへと向け言い放つ。


「んなっっ?! 一国の王女たるこのわたくしに向かってなんたる侮辱っっ!!

 わたくしの勇者様っ、そのような無礼者の側にいてはなりません! さあ、お早く此方に、勇者様を誰よりも愛しているこのカトリーヌの元に来てくださいま、ひいっっ?!」


 コンラッドへと愛しているのだと叫ぶカトリーヌへと、絶対零度など生温いと思わせる凍て付いた双眸を向けたシルヴィアは、装備していた一振りの短剣を目にも留まらぬ速さでカトリーヌの顔面すれすれを狙って投げつけ、耳元を走った鋭い音と髪の一部を切り落とした正確無比の技の前に悲鳴を上げてしまう。


「くだらんな。 己の魅力に自信が有るならば、下手な小細工など必要あるまいに。……所詮はその程度のものだと主張しているに過ぎん。」


 堂々とその背に養い子を庇い立つ、シルヴィアの纏う気迫にその場に居る全ての人間達が怖じ気づき、気付かぬうちに一歩、二歩と後退していく。


「……コンラッドよ、貴様もだ。」

「シルヴィア様……?」


 背に庇うコンラッドへと視線を向けることなく、真っ直ぐに前を見詰めるシルヴィアは名を呼ばれたことに戸惑った声を上げる己の養い子へと言葉を掛ける。


「……手加減など知らぬ私の教えに耐え抜いたばかりか……戦場に死を求めていた愚か者に、生きる理由を与えた幼かったお前を、私は己の魂と信念に懸けて護ると誓ったのだ。」


 己の背後に立つコンラッドへと凪いだ漆黒の双眸を走らせたシルヴィアの言葉に、コンラッドの怯えて縮こまっていた心と魂が揺さ振られていく。


「この“双黒の鬼神”が側にあるというのに……何を恐れる必要がある?」


 子供だった己の首筋に白刃を添えたあの頃より変わらぬ……いや、あの頃よりも感情豊かな優しさと慈愛に溢れた双黒の眼差しに見詰められ、コンラッドの脳裏には走馬燈のようにシルヴィアと過ごした日々が色鮮やかに蘇っていく。



※※※※※※※※※※



「……その程度か?」


 大地に四肢を投げ出し、荒い息を吐くコンラッドへと厳しい声音を投げかける人がいた。


「ぐっっ……まだ、まだっ……やれます!」


 温かな幸せの象徴とも言える家族を突然巻き起こった嵐のような悪意の前に理不尽に奪われた子供。


 家族を護るために立ち塞がった父が斬り殺され、子供を護ろうとした母の身体の下に庇われるように押し倒され、柔らかな母の身体に冷たい刃物が容赦なく突き刺さる感触を感じ、恐怖に泣き出した幼い妹と弟を笑いながら殺された頑是無い子供、コンラッド。


 非日常の前に感情が凍り付き、気が付いた時には冷たくなった母の骸の下で全てが終わってしまっていた。


 家族を目の前で奪われておきながら一矢報いることすら出来ず、墓穴を掘ることしか出来ないコンラッドを拾ったのは抜き身の刃のような鋭い雰囲気を纏った双黒の傭兵。


 幼くとも生き残る術、理不尽な暴力に抗う術を幼い子供であることなど関係ないと容赦なく叩き込んでくる、己が手を取ることを選んだ養い親シルヴィア。


「……何度言わせる気だ? 脇がガラ空きだ。」


 痛む身体を気力だけで動かしてふらつきながらも立ち上がり、与えられた剣を構えるコンラッド。


「……やあっ!…………ぐふっ…………げほっ、はっ……かはっ……」

 

 剣を大きく振りかぶり、悠然と佇むシルヴィアへと何度目か分からない攻撃を仕掛けていくが、無情な一言共にコンラッドの隙だらけの腹部へと十二分に威力を弱めているつもりの鋭い蹴りがめり込んでいく。


 コンラッドの十歳そこそこの幼い身体は大小様々な傷を作りながら地面を何度も転がり、動きが止まれば蹴りを喰らった腹部の衝撃に吐き気を覚えてしまう。


 徐々に霞んでいく視界のなかでゆっくりと近付いてくる黒い影を碧い瞳が映し、コンラッドの意識は闇へと落ちていったのだった。


 容赦ない修行と、鋭い蹴りの衝撃により気絶したコンラッドは、頭を撫でるぎこちないながらも優しい手つきを感じて意識が少しだけ浮上する。


 夢と現実の境目で漂うコンラッドの意識は、頭を撫でる硬い手の平を持つ無骨な手の感触に穏やかで、寡黙な父の手を、身体を抱きしめる感触に優しく、慈しんでくれた母の温もりを思い出させていた。


「……おとうさん……おかあさん…………ぼくをおいていかないで……」


 夢うつつのコンラッドが微かに瞳を開けて、震える手を伸ばせば、暫し逡巡し頭を撫でていた手がコンラッドの手を握り替えす。


「……眠れ……私が側にいる。」


 父とも、母とも違う男にしては高く、女にしては低いけれど、穏やかな声音と手の温もりにコンラッドは微笑み、深い眠りへと落ちていく。


 そんな経験を何度となく繰り返し、伸ばした手を何時だって握り返してくれていたのがシルヴィアだと気が付いたコンラッドは養い子として、弟子として、一人の異性としての複雑な感情を抱いて成長していくこととなる。


 十代後半となったコンラッドは、シルヴィアに認めて欲しくて何度となくぶつかっていくこととなり、その背に追いつき、追い越すためにその側から飛び出していくこととなったのだった。


 自身の心の赴くままに身勝手なことだとは思いながらも気付かない振りをして、乗り越えたいと願い、その側を飛び出して旅に出たコンラッド。

 

 シルヴィアを筆頭にした“リベルテ傭兵団”の傭兵達に鍛え上げられたコンラッドの強さは、魔王を倒す勇者を募集していた王国の者達の目に留まり、祭り上げられていくこととなった。


 その他大勢が相手であっても誰かに認められることに最初は嬉しさを感じていたコンラッドだったが、魔王を倒した頃にはそれが間違いであった事に気がついてしまうこととなる。


 何故ならば、コンラッドが認めて欲しかったのはその他大勢ではなく、“リベルテ傭兵団”の面々であり、そして誰よりも慕うシルヴィアというたった一人の存在であったのだと言うことを痛感したのだ。


 そして、再び旅に出ることを己を見出した王国の王や姫へと申し出たコンラッドを待っていたのは、信じていた仲間の裏切りと、意思を自由を奪われた末の姫との望まぬ婚儀だったのである。



※※※※※※※※※※



 己から手を振り払っておきながら、それでも愚かなコンラッドを助けるために王国へと躊躇うことなく乗り込んでくれたシルヴィアの頼もしい背中と、再び差し出してくれた変わらぬ手の温もりに勇気づけられ、後悔と感謝の念に唇を噛みしめながら、己の意思をはっきりと示すためにコンラッドはしっかりと大地を踏みしめる。


「僕はお前の物になどなった覚えは無いっっ! 僕が心に想い続ける女性は、僕の意思を無視して魔法で縛り付けるような人では断じて無い!! 第一、僕は欠片でもお前のような輩を愛したことなど有りはしないっっ!!!」


 己の意思を奪われ、強制的に想いを遂げられようとしたことに怯えと嫌悪感、心を覆い尽くそうとした絶望感を思い出しながらも、心に這い寄っていた恐怖に打ち勝ち、はっきりと拒否の意思を示すコンラッド。


 そんなコンラッドを励ますように、愚かな行動さえもしょうが無い子だと、許すようにセレナとシルヴィアはチラリと背後へ視線を向け、優しい笑みを浮かべた。


 その二人の笑みを向けられたコンラッドは心底嬉しくて堪らないという表情を浮かべて、カトリーヌ達に高らかに宣言する。


「僕は、僕の意思を無視するようなこの国の姫とは結婚などしないし、今後一切関わるつもりもない!!」


 コンラッドは各国の勇者の婚儀の儀へと参列した貴族達の前で、しっかりと自身の意思を高らかに示して見せた。


「そんなことは認めませんわ! 勇者様はあの見るからに怪しい侵入者どもに操られているのです!! 皆の者っ、勇者様を至急保護し、あの侵入者どもを殺しなさいっっ!! 賊の首級を上げた者には一兵卒であろうとも、富と地位をわたくしの名の下に約束いたしますわ!!!」


 勇者を取り戻すため、セレナとシルヴィアを討つよう周囲の騎士や兵達へと金切り声上げ続け、醜態を晒すカトリーヌと、仲間であったはずのコンラッドを裏切った元仲間達へとセレナとシルヴィアは静かな怒りの籠もった眼差しを向ける。


「気に入らねえな……てめえの恋心のためならば相手の意思も奪うやり方も、旅路を共にした仲間を権力者へと売り渡すご大層なお仲間とやらも……全てが俺の癪に障るぜ。」


 セレナとシルヴィアへと剣を向け、カトリーヌの宣言した褒美に眼が眩み、我先にと駆け寄ってくる騎士や兵達を退けるために前に出ようとしたコンラッドを制し、セレナは黄金に輝く魔力を纏った己の拳を構える。


「……三つだ。 三つ数える内に、死にたくねえ奴は武器を捨てな。」


 幾ら勇者が側にいようとも丸腰であり、女と分かる外見のセレナを侮っている騎士や兵達は、一つ、二つと数えるセレナを鼻で嗤う。


 どんどん距離が詰まり、先頭に立った一人の騎士の剣がセレナに振り下ろされそうになった時、セレナは三つ数え終えた。


「……三つ!……そうか、てめえらは俺の敵か。

 ならば良し! リベルテ傭兵団所属、セレナ!! 押して参るっ!!!」


 目にも留まらぬ速さでセレナの魔力で威力を増した拳が唸り、セレナの身体は深紅の風となって敵と定めた者達の間を駆け抜けるのだった。



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