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第一話。


「……こんな場所で……何をしている?」


 戦渦に巻き込まれた村の残骸の跡地を訪れた一人のまだ若い傭兵が漆黒の皮のコートを翻し、夕焼け色に染まった大地を黙々と掘っている少年に声を掛けた。


「……僕も殺すのか?」

「……否……理由が無い。」


 暗く絶望に染まった瞳で傭兵を見上げ、ぽつりと呟く少年に無表情な傭兵は静かに応えた。


「……だったら、あっちに行けよ。」


 全てを拒絶するように応えた少年の影には、側に近づかなければ見えることの無かった少年と同じ髪色の亡骸が数体倒れていた。


「……家族の墓穴か。」


 少年は何も応えずに黙々と作業を再開するが、遠くより馬のいななきと蹄の音が近づいてきた。


「ひゃっはーっっ!! 今日の獲物発見!」


 現れたのは、どう見てもそろいも揃って善人には決して見えない風体の男達だった。


「男の餓鬼かっ、まあ奴隷にでも売りゃあ多少の金にはなるなっ!」

「あの野郎の方は、身ぐるみ剥いで殺しちまおうっ!」


 絶望に染まっていた少年の瞳に恐怖心が浮かびあがり、傭兵は面倒臭そうにため息を付いた。


「ああっ?! 何だその態度はっ! 俺たちゃあ……」


 ひゅっと風を切る音が聞こえたと思えば、傭兵がいつの間にか抜刀した白刃が閃き、幾つかの頭部が宙を舞う。


「黙れ。」


 鮮血が吹き上がり、醜い野郎共の濁声が木霊し……数瞬の後に静けさを取り戻した。


「……頑是無い子供よ、己で選べ。……この私に拾われ生きるか……それとも……死せし家族の元へと逝くか……後者ならば、苦しまぬように一刀の元に終わらせる。」


 確かに命を奪ったはずの少年の首筋に添えられた白刃は一点の曇りも無く、残酷な選択を迫っているはずの傭兵の瞳は何処までも無感情に凪いでいた。


 だが、少年は傭兵の漆黒の眼差しの中に微かな優しさを見い出し、絶望に染まりかけていた瞳に再び生きる意思を燃え上がらせたのだった。



※※※※※※※※※※



 夜の闇に紛れるような漆黒の皮のコートに身を包んだ一人の人間が、崖の上より眼下に広がる王都を言葉を発すること無く無感動に見つめている姿が有った。


 その背後より一人の燃えるような赤毛の女が現れ、憎々しげに言葉を吐き捨てる。


「……ちっ……いつまで経っても世話の掛かる糞餓鬼が。」


 乱暴な言葉を吐きながらも、その女の黄金の瞳には何処か相手を心配するような色が確かに有った。


「……行くぞ……。」

「糞餓鬼はともかく、あんたのためならしょうが無いねっ!」


 その言葉を残して、まるで夜の闇夜に溶けるかのように二人は姿を眩まし、その後には漆黒の闇夜だけが広がっているのだった。



※※※※※※※※※※



 白亜の壁に何百と備え付けられた魔法の明かりが、聖堂の中を昼間でありながら更に明るく照らしだし、天井近くに設けられたステンドグラスからは七色の光が降り注ぐ中で、一組の婚儀の儀が上げられようとしていた。


「勇者様、カトリーヌはこの日を心よりお待ちしておりました。」


 黄金で出来た永遠の愛を誓い合う祭壇の前ではこの国の王女であり、聖女と誉れ高い可憐な姫君が頬を染め純白の衣装に身を包んでいた。


「……っ!……」


 その傍らには姫君の伴侶となる予定である魔王を討伐せし、女性であれば誰もが見とれるような端正な顔立ちの勇者と呼ばれた若者が、必死で何かに抵抗している様子で立っている。


 誰もが見とれ、似合いの夫婦だと祝福の言葉を贈る中で、勇者の表情や雰囲気が可笑しいことに気が付いていたとしても、王族であるだけで無く今をときめく魔王を退治した英雄の一人と持て囃される姫の機嫌を損ねることがないように、見て見ぬ振りをする者達が大半であった。


 ……そして、それは勇者の仲間であったはずの者達もまた例外では無かったのである。


 勇者が己の意思とは反して動き続ける身体を制止しようと足掻き、いっそ泣き出してしまいそうな心の中で幼い頃よりその背中を追い続けている敬愛と恋慕の情が複雑に絡み合う一人の人物の名を叫び続け、清楚な微笑を浮かべる目の前の女を叩き斬り、自害してしまいたいとまで思い詰めていく。


「……では、誓いの口づけを。」


 枢機卿の一言に反応した勇者の身体は無情にも、潤んだ熱い眼差しで己を見詰める女のベールを持ち上げる。


「……っ……!」


 口づけを交わし、偽りであったとしても愛を誓ってしまった己など、二度と心に想い続けた人の隣りに立つことなど許されないと、悲痛な覚悟と絶望に心が覆われていく勇者。


 しかし、一筋の涙を流した勇者と姫の唇が重なりそうになったその瞬間、天井より七色の光を降り注がせていたステンドグラスの一つが大きな音を立てて割れ砕け、漆黒と深紅の影が七色の硝子の雨と共に現れた。


「よぉ……久しぶりしゃねえか、糞餓鬼。相も変わらず、泣き虫は変わってねえみたいだな!」

「…………。」


 現れた深紅の影は婚儀の儀を警護していた兵達が驚いている隙に一気に祭壇の前に立つ勇者達との距離を詰め、悲鳴を上げる姫の顔面を情け容赦なく蹴り飛ばす。


「手間を掛けさせるんじゃねえよ、糞餓鬼……コンラッド。」


 祭壇の前に一人残された勇者を取り巻き、意思に反した動きを強要していた魔力を見切り、深紅の影に続くように音も無く駆け寄った漆黒の影が、魔剣を用いて文字通り魔力を切り裂きカチリと音を立てながら剣を鞘へと戻す。


「……大事ないか、コンラッド。」

「……シル……ヴィア……様…………シルヴィア様っっ?!」


 闇夜を集めて織り上げたかのような黒革の長いコートをたなびかせ、神秘的な淡い光を纏った片刃の真剣を手に持つ、己がその背中を追い続け恋い焦がれる只一人の人物。


 勇者コンラッドの目の前に立つのは、漆黒の髪と瞳を合わせ持つ、一見すれば美丈夫と見間違いそうな抜き身の刃の如き雰囲気を纏う女傭兵、シルヴィアその人であった。


「……おい、こら……俺を無視すんじゃねえよ、糞餓鬼の分際で。 つーかよぉ、一人の漢として見て欲しいだとか、何とか訳の分からんことをシルヴィアに言い残して飛び出しておいて……なんだこのザマは?」


 シルヴィアしか見えていない様子のコンラッドへと、不服そうな表情を浮かべて皮肉混じりの声を掛けたのは、シルヴィアと似たような意匠の少しだけ丈の短い紅い革のコートを纏った獰猛な雰囲気を持つ人物。 


「……それと、シルヴィアのことは餓鬼の分際で名前で呼ぶんじぇねえ。 心の底からの敬意を込めてお師匠様と呼べと、いつも言ってるだろうが、糞餓鬼。」


 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべ言い放つ、久方ぶりに会っても変わらぬ、燃えるような深紅の髪に、黄金の瞳を持つ、魔力を集めた拳を輝かせる女傭兵、セレナの言葉にコンラッドはバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。


「……僕だってもう餓鬼ではありませんよ。」

「はっ! 初っぱなから質のワリイのに当たったとは言え、くだらねえ色ボケ女一人満足に捌けねえようじゃ、漢とは言えねえな。 まだまだ、餓鬼で十分じゃねえか。」


 夕焼け色に染まった大地に墓穴を掘っていた己を拾ってくれた養い親であり、剣術や生きる術を叩き込んでくれた師匠であり、何時しか恋心を寄せるようになった相手である只一人の女性の相棒とも言える人物の厳しい言葉に、コンラッドは涙眼になってしまう。


「でもまあ、禁術に指定されているはずの他者の心身ともに操る魔法を受けて、てめえの意思を失うことなく抗い続けたことは褒めてやる。……流石はシルヴィアの養い子だ。」

「セレナ様……」


 幼い頃にしてくれていたように、くしゃりと背丈は既に超えてしまった己の黄金の髪を背伸びして撫でてくれる温かな手の感触に再びコンラッドの瞳に熱いものが込み上げそうになる。


「……コンラッド……」

「……はいっ!」


 セレナの言葉に涙を浮かべる養い子の表情に、幼かった頃の己の背中をヒヨコのように付いて回っていた姿を思い出し、眼を細めたシルヴィアは滅多に浮かべることのない微笑を浮かべた。


「……そなたが無事で安堵した。」

「シルヴィア様……シルヴィアさまあぁぁぁぁっっ!!」


 シルヴィアの優しい言葉に涙を流すコンラッドは、思わず己の身体よりも小さくなってしまったシルヴィアに抱きついてしまう。


 変わらず泣き虫な養い子の姿にやれやれといった表情を浮かべるシルヴィアと、そんな二人の姿を見る羽目になったセレナは一瞬ムスッとした表情を浮かべるが、今回ばかりは大目に見てやると鼻を鳴らすのだった。



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