禁断の青い果実(虹色幻想26)
それはとても深い海の色をした美しい宝石だった。
その宝石を手に入れるものは、幸福を手にすると言われ、多くの人々がその宝石を求めた。
しかし、高価な宝石を手に入れるために犯罪に手を染めた者や、全財産を叩いて手に入れた者達はやがて破滅への道を歩いていった。
そんなことが噂として流れたが、美しい宝石を手に入れたいと思う者がいなくなることはなかった。
それほどその宝石は美しかった。
一人の男がその宝石を手にいれた。
彼は若い妻のためにそれを買い、妻へプレゼントしたのだった。
「噂など、迷信だ」
その美しい宝石を見て妻は喜び、毎日身に付けた。
やがて、若い妻は事故にあい、死んだ。
悲しんだ夫はその宝石を手放した。
それから長い間、その宝石の行方は杳として知れなかった。
人々もその宝石の存在を忘れてしまった。
それほど長い間、その宝石は行方が分からなかった。
美しい輝きを秘めたまま、百年のときが流れた。
そうして一人の青年がその宝石を手に入れた。
小さな町の小さな店に、その宝石はひっそりと売られていた。
青年はその宝石を愛しい彼女へ送った。
愛の証として。
「これを私に?」
驚く彼女の顔が見たくて、青年は頷いた。
「ありがとう」
彼女はとても嬉しそうに笑った。
そうしてその宝石の美しさに魅せられた。
この宝石があれば、夢を叶えることができる。
彼女は宝石を売り、小さな町を出て行った。
捨てられた青年は悲しみ、生きる気力を無くした。
あの宝石を手に入れるために、青年は全てを捨てたのだ。
家も、宝物も、お金も。
それ程青年は彼女を愛していた。
しかし彼女はそうではなかった。
この小さな町を離れ、遠くに行ってしまった。
青年はやがてやせ細り、静かに亡くなった。
「なんだ、この話は」
出来上がったばかりの話を読んで、春樹は不満をもらした。
「何って、恐ろしい宝石の話よ。
よくあるでしょ?因縁のある宝石って」
可愛く小首をかしげて、智子は言った。
「そうじゃなくて、この死んだ青年って俺だろ?」
「あら、よく分かったわね!
どうやら自覚があるようね。
少しは悪いと思っているのかしら?」
そう言われて春樹は眉をひそめた。
「…悪かったとは思っている。
ちょっとした気の迷いだったんだ。もうしない」
「そう。今度浮気したら物語の中でなく殺してやるところよ」
智子は腕を組んで凄んだ。
春樹はたじろぎ、智子を見た。
仕方ない、惚れてしまった方が負けなのだから。
これで許してやるとしよう。
智子はにっこりと微笑んで、パソコンに向き直った。
話の続きを書かなければ。
もうすぐ、文化祭がある。
その文化祭に出展するための小説なのだ。
さあ、次はどうやって春樹を不幸にしようか。
智子は私立和泉高等学校の三年生だ。
今年が最後の文化祭。自然と力も入る。
智子は手を止めて考えた。
この話のように、私が死んだら春樹は悲しんでくれるだろうか?
それとも新しい彼女を見つけ私を忘れ、生きていくのだろうか?
そんな智子の前に春樹が拳を突き出した。
右手に何かを握っているようだ。
「何?」
「いいから、手を出せ」
少し照れたように言い、春樹は顔をそらした。
差し出した智子の手のひらに落ちてきたのは、小さな青い宝石がついたリングだった。
驚いた顔の智子を見て、春樹は言った。
「安心しろ。因縁なんかないやつだから」
そう言うと智子に背を向けて、ぼそりとつぶやいた。
ごめん、と。
智子はそのリングを指にはめてみた。
薬指にピッタリはまったそのリングは、夕日の差す部室でキラキラ輝いた。
「禁断の青い果実でも、私は春樹を恨まないわ。
宝石のせいで死んでも、きっと幸せよ」
そう言って智子は春樹の背中に抱きついた。