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とある青年の人類タンクトップ化計画(仮)

作者: 三四郎


 日本には四季が存在する。

 私の故郷は降雪地帯ではないものの、冬になると腹の底から冷えるような寒い地方都市である。その年の冬、私は大学の冬季休暇を利用し帰省中であった。

 夜半に車を走らせ私は友人kの家へと向かっていた。実に一年ぶりの再会である。幼いころより共に学び競い合った彼との再会は、私の心を躍らせるのであった。

 彼の家は周囲を鬱蒼とした樹木に囲まれ、森のお化けが出てきてもおかしくない佇まいである。車を敷地に乗り入れた私は、先ほどコンビニで購入したタバコと熱い缶コーヒーを持ち降車した。

「久しぶりだな。我が旧友よ」

 kは快く迎えてくれた。

「貴君。変わったな」

 私はkとは対照的に訝しげに言った。


 寒空の下、kは軒先で“上半身タンクトップ一枚”でニコニコしながらタバコを吸っていたので、いよいよ正気の沙汰ではないと私は思った。


「人は皆変わるもの。人の作りし物同様に、永遠の形をとどめることなどできない」

 kは哲学的なことを吐き始めたので、私は心の平穏を得るためにタバコに火をつけた。

「確かにそうかもしれない、しかしそれよりも気になることが私にはある」

 kは先を促した。血色の良い面構えで通常の三倍は男前である。

「貴君は風呂上りなのか。このような寒空の下で薄着でいるとは体に悪い。」

 私はすでに寒さで震え始めている。缶コーヒーを飲もうとしたが、手が悴んでうまく開けられない。kはそれを見かねて代わりに缶コーヒーの蓋を開けてくれた。冷え性の彼がこうも平然としていられるのは体温が異常に高いからに違いない。

「さすが我が旧友。凡人とは着目点が違うな」

 kは缶コーヒーを飲み干し新たなタバコに火をつけた。後で120円を返してもらおう。

「お前の考察は称賛に値するものだが、俺は風呂上りで涼んでいるわけではない。俺がこうしてタンクトップ姿でいるわけは、そうさな…」

 kはタバコの煙を夜空に吐きながら言った。


「俺はタンクトップの神に選ばれたからだ」


 冬の大三角形が煌めいていた。私はそのひとつが神の雷として地球に落下してこないかと心配した。




「悩みがあるなら金のこと以外で相談に乗ろう」

 私はkの部屋で彼と向き合った。物が氾濫している部屋には、持ち主も把握できていない正体不明な物も多く、小宇宙ならぬカオス空間を形成している。kは悠然と胡坐をかきタバコをふかしている。

「悩みはないが、この機会にお前に話しておこうと思う。俺の壮大な計画をな」

 私は身構えた。寒空の下でタンクトップ一枚で生存できる男である。何を言い出すのか見当もつかない。

 kはにんまりと笑みを浮かべると、

「人類を救う計画。そうだな『人類タンクトップ(補完)計画』とでも名付けようか」

 私は返還してもらったコーヒー代を落としてしまった。どう勘定しても100円足りなかった。

 kの話を解説するにあたり、いくつかの説明が必要である。

 まずは彼が信仰するタンクトップ神とは何者かを話そう。読者諸氏もご存知のことであろうが、日本には八百万の神がいる。自然界の森羅万象には神が宿るという宗教思想である。タンクトップ神ももれなく含まれているが新参者である。

 明治の維新が成った後、欧米文化とともにタンクトップ神も船に揺られて日本へやってきた。そこで徐々に頭角をあらわし、太平洋戦争終結までには旧来の神々よりも勢力を拡大するにいたる。しかし、時代が移るにつれ力は衰退し、最近はヒートテックなる旧来の神々が仕向けた刺客に押されつつある。

「これは嘆かわしいことだ!」

 kは拳を床に叩きつけ悔しがった。舞い上がった埃に鼻をやられたデリケートな私はティッシュで鼻をかんだ。

 タンクトップ神は勢力の復興を求め、選んだ人間たちを使い世界を統一しようと画策した。その中には時の大臣や財閥の総帥、巨大宗教の教祖など歴史の表舞台に登場する人物も多い。

「そうかそれはご苦労なことだ」

 私は鼻くそほじくりながら言った。

「その通りだ!俺はとっても苦労している。だがタンクトップ神に選ばれた以上、その責務を放棄するわけにはいかない」

 kは熱い男となっていた。

 もう一つの説明として彼が提唱する『人類タンクトップ(補完)計画』だが、とある社会現象にもなったアニメーション作品と大差はないので割愛する。

「それで、貴君はどのようにしてその壮大な計画を実施するつもりだ」

「その答えは古代ローマにある」

 kが何を言おうが私は驚かなくなっていた。私は存外肝が据わっていようだ。

「お前はどうしてキリスト教が世界を裏から支配するに至ったのか知っているか?」

「残念だが、私は神学を修めたわけではないので解答を持ち合わせていない」

 kはニヤリとした。

 キリスト教が強大な力を得るに至った理由は、時の権力者を洗脳しその支配下に置くことに成功したからである。強大なローマ帝国を乗っ取りその教えを各地に広げ、影響力を拡大させた結果、何世紀にもわたる宗教支配が確立されたのである。

「それを貴君は現代で再現しようというのか」

「その通りだ」

「だが、世界にはキリスト教の他にもイスラム教や仏教など、数多くの信者を獲得している宗教があるぞ。これをひとつの宗教に塗り替えるなど不可能に近い」

 私は大学生である。受験を勝ち抜いたエリートである。エリートの私がそういうのだ間違いない。

「お前は優秀だが、俺の真の目的を見抜けなかった時点で落第だ」

「なんだと!」

 私は気色ばんだ。kの勝ち誇った顔が癇に障ったのだ。けっしてほとんどの課目で単位を落としたことに腹を立てているわけではない。断じて無いのだ!

「改宗しなくて構わない。皆がタンクトップを着用してくれればそれでよい」

「そんなことでよいのか?それでタンクトップ神の復権は果たされるのか?」

「そうだ、神は復権し世界も平和になる」

 私は最初訝しんだが、彼の瞳が自信と確信を物語っていた。こんなキラキラした漫画の様な瞳を私は見たことがない。眼の中で星が輝いているのである。

 もしかしてこいつはやるかもしれない。認めたくはないが、私は心の隅でそう思わざるを得なかった。これほど覇気と英気に満ちている人物が大成しないわけがない。私は大学生である。受験を勝ち抜いたエリートである。エリートの私がそういうのだ間違いない。

「貴君がそこまで自信があるのならやるだけやってみるがよい。私も協力するに吝かではない」

「お前ならそういってくれると思っていた。共に戦おうじゃないか」

 私とkは力強く手を握りあった。

 今後どのような試練が来ようとも我々は誓いを破ることはないだろう。漢代の中国でも桃園で誓いあった義兄弟達は、最後まで裏切ることをしなかったように。

「友情というより、もはや愛だなこれは」

「よせや、気持ち悪い」

 kは立ち上がると窓を開け夜空を見上げた。

「星空よ!我に試練を与えよ!幾重に試練を重ねようとも、俺は大願を成就させてみせるぞ!」

 kの咆哮に私は震えた。彼の精神が感性が私の視界をグンと広がらせ、全世界を見渡しているような気分にさせるのだ。

 kは少し熱くなりすぎたと恥ているようだった。トイレへと向かった彼の背中を私は羨望の視線で見送った。

 我々には広大にな前途が開けている。この星空の様にどこまでも続く大星界がである。満ち足りた気持ちで窓の外へ視線を走らせた。


 そこにはkの所有物であろう“ヒートテック”が物干し竿に掛けられ、夜風に揺れていた。


 私はその日より神を信じなくなった。

 震える手で窓を閉めると私は部屋をそっと出た。まだ返還されていない缶コーヒー代100円分を取り返すために。


よろしくどうぞ。

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