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黒のアニマ

作者: 李夢 萬

原稿用紙4枚分の超々短編です。

 あなたが五十歳にして初婚を迎えることを自分で恥ずべき事とし

ていることは存じております。これまで恋というものをしなかった

あなたは、恋の我が侭を知らないのも同然です。好きな女性には常

に相手の幸せだけを願い自分の我を通すことはしなかったあなたで

すから。今度の結婚に対してあなたが怖がっているのは、十五歳離

れているあの御方のご両親との年齢差がほとんど無いことでしょう

か。あなたが御挨拶に伺えば「自分と年齢の変わらない中年男が大

切な娘の夫になる」ことへの父親としての無念さを慮ってのことだ

と思います。それでも今度だけはあなたの我が侭を通して頂きたく

思います。その決意が無ければあの御方にもそのご両親にもただ単

に頼りなく映るものでしょうから。


 あの御方が幼い頃、私と同じような者に爪で手の甲を傷つけられ

たということで私を嫌うことは仕方の無いことです。罪を犯した同

類の罰としてあの御方との結婚後にはどうか私を外に放り出して下

さいませ。それでも私はあなたにつかず離れず見守っております。

時折、お庭の片隅に缶詰でも置いて下さればそれで結構です。暗闇

ではこの黒い体を闇にして、長い髭はあなたの居場所を常に探知し

て見守っています。


 私は雌でありながらも女ではありません。それでもあなたから離

れることはきっとありません。だって私は恋人にもなれないあなた

の相棒なのですから。


 私たちが死ぬときには人様の目に触れないように身を隠すのは

「何者にも邪魔されずに静かに死を迎える為」とあなた方の世界で

は云われているようですが、私たちは単にご主人様の悲しむ顔を見

たくないだけなのです。私たちにとっての死は悲しいものではなく

昇華するための儀式なのでどうか悲しまないで下さい。私たちは何

度も昇華を繰り返し、いつか人々の理想とする愛される人間になる

ことが私たちの夢なのです。


 あなたは優しい方です。私がまだ幼い頃に何者かにダンボール箱

に入れて捨てられ、雨や飢えに震えていたときにあなたに助けられ

ました。小さな私を手のひらで包み抱きしめて頂いたあの時の暖か

さは決して忘れることはないでしょう。理由はわかりませんがあの

御方も震えて泣いているところをあなたに慰められ私と同じように

救われたのですね。あなたは御自分の優しさを「他人を傷つけるこ

とで自分が傷つきたくないから愛しているふりをしているだけ」と

言われました。


でもその優しさが逆に相手を結果的に傷つけることも理解して下さ

い。あの御方との時折の喧嘩もそれが災いしているのです。あの御

方があなたの愛するふりに過剰に期待してしまった分、その後の何

気ないあなたからの放置にも過剰に反応をして傷ついてしまうので

す。それでも私のような者の命に責任をもって愛してくださったあ

なたの愛はふりで無いことを私が一番理解しています。


 あなたは愛することを知っていても恋することを知りませんでし

た。いえ。正確には知る寸前であなたがそれを捨ててしまったから

です。恋は胸が痛くなると云われているように、ある時あなたの胸

は本当に痛みを覚え他人に対して嫉妬と憎悪を抱きかけた自分に気

づいてしまい、恋する行為そのものを捨ててしまいました。今はあ

の御方にてどきどきと胸を痛め高鳴らせているのでしょう。そして

今度こそは恋の我が侭を覚えて下さい。そして、あの御方のご両親

からあの御方を見事に勝ち取って頂きたく思います。


 私があなたの相棒として出来ることはあなたを癒し勇気づけるこ

とくらいです。それで宜しければいつまでもあなたの傍にいたいと

思います。


 私がもしも昇華を成すことが出来たならばきっとあなたの家のド

アをノックして寝ぼけ眼で出てきたあなたにこう言うでしょう。

 「よっ!相棒!」

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