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おっさん元社長、また美女に転生してしまう~魔王のお家騒動収めて、勇者を誘惑する簡単なお仕事~

作者: 向井 界
掲載日:2026/03/12

転生したおっさんが主人公の「聖女の試練、元社長のカンで突破します ~神様、このおっさんで本当にええんですか?~」の続編です。

(前作と直接のつながりはありませんので、こちらだけでもお楽しみいただけます)

一章 またかい



目ぇ覚めたら、天井が黒かった。


神殿の天井は白や。ここは見たことない部屋やな。黒い石に赤い紋様が走っとる。ゴシックというか、悪趣味というか。


体を起こす。


「なんでやねん」


胸が。

えらい急成長しとる。


ワシはフィオナ……十六歳の清楚な美少女のはずや。

こんな立派なもんはついてへんかったぞ。


「……あれ、声ぇちゃうやん?」


フィオナの鈴みたいなソプラノやない。もうちょい低くて、艶のある声。スナックのママみたいな声や。


鏡。鏡はどこや。


壁にかかっとった。全身鏡。黒い枠に蛇の彫刻。趣味悪いな。


映っとるのは、銀髪に赤い目ぇの女やった。


フィオナは碧眼の美少女やった。こっちは赤目の妖艶な美女。人間やない。

人間にしたら年齢は二十代後半くらいや。切れ長の目ぇに、やたら色気のある唇。胸元の開いた黒いドレス。


超絶セクシーや。


超絶にセクシーやねんけど。誰やこれ?



記憶が追いついてくる。


ワシは田中 虎次郎。大阪の部品メーカーの元社長。享年六十歳。副社長の黒田に会社を乗っ取られて、心筋梗塞で死んだ。気づいたら異世界アルティシアで聖女フィオナになっとった。

嘘を見抜くカンで試練突破して、世界救うた。


ほんで死んだ。


死因は、祝賀パレードで花束に足を滑らせて石段から転落。首の骨を折って即死。


疫病から世界を救った聖女の最期が、階段で転んで死亡。

アルティシア中が泣いた。

ワシも泣きたかった。


ほんで、ここ。ここはどこ? ワシは誰?


どうやら虎次郎の記憶、フィオナの記憶も残っとるようや。

不思議なもんで、ありがたいんか迷惑なんか、ようわからん。


せやけど、なんでまた女やねん。



禍々しい音立てて、部屋の扉がゆっくり開いた。


「ルシエラ様、御前会議のお時間です」


入ってきたんは、角の生えた青年やった。肌が薄紫。目ぇが金色。こいつも人間やない。


「……ルシエラ?」


「四天王ルシエラ様。魔王ザンデオン様がお待ちです」


魔王。四天王。

ということは、魔王の部下かいな。




二章 四天王の日常



四天王。つまり、魔王直属の幹部四人。会社で言うたら取締役や。


ワシ ――ルシエラは、四天王の紅一点、第四席。つまり一番下や。

営業部長兼広報部長兼外交窓口といったところか。なんでもやらされるポジションや。


他の三人はこうや。


第一席レイス。寡黙な剣士。何を考えているかわからない。その強さは魔王と同等とも囁かれる。四天王の頂点にして親衛隊長。


第二席ゼノヴァ。銀縁眼鏡の細身の魔族。参謀タイプ。経理部長。頭脳明晰、数字に強い。


第三席バルガス。豪快な大男。兵站担当。物流部長。酒が好きで部下に慕われとる。



魔王ザンデオンは――まあ、社長やな。カリスマはある。声がでかい。方針がころころ変わる。思いつきで深夜に招集かける。部下の手柄を自分のものにする。


ワシが前の人生で、そのポジションやったんやけどな。




勇者が来る。週に二、三回は来よる。


四〜五人のパーティで魔王城に乗り込んでくるんや。

若い兄ちゃん姉ちゃんが剣振り回して「魔王を倒す!」言うて突っ込んでくる。就活生のOB訪問より多い。元気やな。


ワシの持ち場は魔王城の第一層「断罪の間」。勇者が最初にぶつかるのがワシや。

つまり受付嬢。セクシーな美人受付嬢。中身は大阪のおっさん。



最初の勇者パーティが来たんは、転生して三日目やった。


「魔王の手先め! 覚悟しろ!」


金髪の剣士が叫んどる。二十歳そこそこ。目ぇがキラキラしとる。正義感の塊。眩しいな。ワシの会社の新入社員もこんな目ぇしとったな。


ワシはルシエラの体で、椅子に座ったまま微笑んだ。


「あら、いらっしゃい。遠いところをご苦労様」


脚を組み替えただけで剣士の呼吸が止まった。このセクシーボディ、恐ろしいわ。


「な……惑わされないぞ!」


惑わされてるやないか。顔真っ赤やぞ。

前世の社長時代は、黙って座っとったら「圧が怖い」しか言われへんかったのに……同じ人間なんやけどな。もう人間でもないか。


「お兄さん、ちょっと聞いてええ? なんで魔王倒したいん?」


「それは……! 魔王は悪だからだ!」


「誰が言うたん、それ」


剣士が詰まった。


取引先の営業マンが「御社の製品は業界ナンバーワンです!」言うた時と同じ顔や。パンフレットに書いてあること丸暗記して喋っとるだけ。自分の言葉やない。


「もうお帰り。今日は見逃してあげる。ちょっと考えてから出直しておいで。ね?」


剣士のパーティは、一太刀も交えんと帰っていった。


後ろで部下の魔族がざわついとる。


「ルシエラ様、戦わずして勝利……」「すげぇ……」


ちゃう。営業トークで帰しただけや。


ええんよ。生かして帰す方が噂になる。

「第一層の四天王、めっちゃ強いらしいで」「いや、めっちゃ恐いらしいで」

こうなったら勝ちや。敵対する会社を潰すより、恩を売って味方にした方が得。

社長時代にワシが三十年かけて学んだ営業哲学や。



勇者と名乗る連中は大勢来る。


弓使いの姉ちゃん。話を聞いたら「魔王倒したら奨学金返せるって聞いて」。奨学金な。どこの世界も若者は金に困っとるんやな。帰した。


魔法使いの爺さん。「わしの研究の為、魔王城の書庫を見たいのじゃ」。研究目的かい。帰した。


盗賊上がりの双子。こいつらは本気で金庫を狙いにきた。泥棒やないか。帰した。


みんな必死で、みんなそれぞれの事情があった。


ワシは一人も殺さんかった。



ほんでハニートラップや。

これがまたえぐい。若い男の勇者にはほとんど効く。

ルシエラの体で髪をかき上げながら「ねぇ、そんな怖い顔せんといて?」言うたら、大体の男は剣を振るう手が止まる。

中身は六十歳のおっさんやけどな。


ある時、パーティの男四人が全員こっち見て固まったことがあった。

紅一点の女魔導士だけが「しっかりしなさいよ、あんたたち!」と叫んどったけど、もう手遅れや。


ウインクしたら、前衛の剣士が鼻血出してぶっ倒れた。


ワシ、何やっとんねん……

殺してへんぞ。鼻血で勝手に倒れただけや。

こんなんばっかり……まだ心底骨のある勇者には会うてへん。




三章 既視感



勇者はまあ、どうにかなる。追い返せばええだけや。


問題は身内や。


ザンデオンは強い。魔族の頂点に立つだけのことはある。カリスマもある。部下はみんな畏怖しとる。

せやけど、こいつの経営がめちゃくちゃや。


「ルシエラ! 明日までに西方の砦の防衛計画を出せ!」


深夜二時に呼び出された。明日まで。今から。

西方の砦? まだ何も知らん。


「魔王様、せめて三日いただけませんか。情報収集に——」


「三日? 敵は待ってくれんぞ」


お前が今まで放置しとったんやろ。


「……かしこまりました」


徹夜で計画を書いた。前世で取引先への見積もりを一晩で仕上げた経験が活きた。活きたというか、デジャヴや。



翌朝、御前会議でワシの計画を発表。ザンデオンはうんうんと頷いて、こう言った。


「うむ。余の構想通りだ。さすがはルシエラ、余の考えを理解しておるな」


お前の構想ちゃうやろ。ワシが徹夜で考えたんやろ。


せやけど、ここで怒ったらあかん。四天王クビになったら、行くとこないねん。



ザンデオンの隣で控えめに頷きながら、ワシは思った。


黒田。お前もこんな気持ちやったんか?

三十年間、ワシの右腕やった副社長。昔、黒田が設計した新部品がヒットした時、業界紙の取材にワシだけ出て、ワシが作ったみたいに話したこともあったな。


ワシは気づいてへんかった。気づこうとせえへんかった。


社長の椅子から見える景色と、副社長の椅子から見える景色は、全然違う。


裏切りを肯定する気はない。

せやけど——理由は、気持ちは、少しわかった気がする。



わかってしもうたから、やろな。

ゼノヴァの動きが気になり出したんは。


ゼノヴァ。

完璧な副社長タイプ。完璧すぎるんよ。黒田もそうやった。


最初に気づいたんは、経理の帳簿やった。

魔王軍の軍費に、使途不明の支出がある。小さな額やけど、積み重なれば無視できへん。帳簿は辻褄が合うように書いてあるけど、元の数字から逆算したらかなりの誤差や。


粉飾決算の匂いがする。金は何に使われとるんや。


次に気づいたんは、ゼノヴァが第三席バルガスとだけ、やたら二人で話しとることやった。会議の後にこそこそ残って、ワシとレイスが出ていった後に何か話し込んどる。

社内派閥の作り方。根回しの順番。味方を増やして、最後に一気にひっくり返す。


知っとる。このパターン、知っとるぞ。

黒田が裏切る前も、こんな空気やった。あの時は気づけんかったけど。


確証が欲しい。カンだけでは動けへん。

前の人生では、カンがあったのに確認せえへんかった。信頼しとったからや。


今回は違う。



ある晩、ゼノヴァの執務室を訪ねた。


扉を開けたら、バルガスがおった。


二人とも、一瞬、表情が変わった。一瞬だけ。


「おや、ルシエラ。あなたが訪れるなんて珍しい。どうしました?」


ゼノヴァはすぐにいつもの穏やかな表情で話す。


「帳簿の件でちょっと……でも先客がいるようね」


ワシはバルガスに目を向けた。


ゼノヴァはワシの視線を遮るように言う。


「バルガスと西方の戦況について話していたところです。あなたも一緒にいかがです?」


嘘や。


胸の奥で、カンが鳴った。

聖女フィオナの時も発動したワシ——虎次郎の嘘を見抜くカン。

このカンは、体が変わっても消えへんようや。


ゼノヴァの声は穏やか。表情も完璧。せやけど、言葉の芯が濁っとる。嘘をつく人間特有の、ほんの僅かなズレ。

バルガスは酒を飲んどるフリしとったが、目ぇが泳いどる。こっちはわかりやすい。


ここは、引いたらあかんな。


「それならお言葉に甘えて」


ワシは椅子に座った。ゼノヴァが酒を注いでくれる。


「ルシエラはここ最近大変ですね。魔王様の命令は急務、かつバカな勇者どもの相手もある」


さりげない同情。こういう入り方を、ワシは知っとる。


「先日は、闘いもせず勇者を退けたという噂を聞きましたよ。あなたはとても優秀だ。魔王様にはぜひとも正当な評価をお願いしたい」


出た。正当な評価。これは不満を引き出す定番のフレーズや。「今は正当に評価されていない」と暗に言うとる。


「ありがとう。私はただ自分の仕事をしているだけよ」


「謙虚ですね。……ただ、このまま勇者を追い返し続けるだけで良いのかと、私は思うのです」


ゼノヴァの口調が、ほんの少し変わった。


「数字は正直です。このまま消耗を続ければ、魔王軍はいずれ立ち行かなくなる」


ゼノヴァの目ぇが一瞬だけ本気になった。こっちは嘘やない。本音が混じっとる。こいつ、本気で危機感を持っとるんや。


「あなたほどの才能、もっと……ふさわしい立場があるかもしれません」


バルガスがちらっとゼノヴァを見た。ゼノヴァは微笑んだまま。


こいつ、ワシを引き込むつもりか。


この場で「魔王様に不満ある?」とは聞かへん。こっちから「実は……」と言い出すのを待っとる。営業の極意や。客に喋らせる。


三十年、部品を売ってきた虎次郎をナメたらあかんで。



「ありがとう、ゼノヴァ。あなたにそう言われるなんて嬉しいわ。魔王様のためにもっと精進しなければ」


アホなフリ。三十年間、取引先の接待で鍛えた演技力、ここで発揮するとは思わんかった。


「それは何よりです」


ゼノヴァの目ぇが一瞬曇ったが、笑顔は崩さなかった。


ワシは酒を飲み干して立ち上がる。


「話はまたにするわ。二人ともおやすみ」


部屋を出て、廊下を歩きながら考える。



やっぱりか。

カンは確信に変わった。




四章 四天王会議



四天王会議を招集した。

円卓に四つの椅子。ザンデオンの玉座は空。四天王だけの会議や。ワシが議題を出して、ワシが仕切る。


レイスが最初に口を開いた。


「……用件は」


バルガスが腕を組んで黙っとる。


ゼノヴァは銀縁眼鏡を押し上げて、穏やかに微笑んどった。


この笑顔や。ワシ、知っとる。優しすぎる笑顔。裏に何かある時の笑顔。

黒田もこうやった。


「単刀直入に言わせてもらうわ」


ワシはゼノヴァを見た。


「ゼノヴァ。あなた、魔王様を暗殺しようとしているわね?」


空気が変わった。


ゼノヴァの笑顔が、一瞬だけ固まった。一瞬だけ。すぐに戻した。さすが参謀、肝は据わっとる。


「……何のことでしょう。心外ですね」


嘘や。カンが鳴っとる。


「経理の数字、合わないの。軍費に使途不明の支出があるわ。誰かを買収するためのお金かしら」


ゼノヴァの指先が、ほんの僅かに動いた。眼鏡のフレームに触れようとして、やめた。


「計算の誤差ではありませんか?」


嘘。二回目。声の芯がまた濁った。


「それとバルガス」


ワシはバルガスに目を向けた。バルガスの肩が跳ねた。わかりやすいな、こいつ。


「あなた、最近ゼノヴァとよく二人で話し込んでいるわね」


バルガスが口を開きかけて、ゼノヴァをちらっと見た。


その一瞬で十分や。

部下が嘘をつく時、必ず「指示を出した上司」の方を見る。三十年の社長生活で何百回も見た反応や。


「ルシエラ、君は何を——」


「ゼノヴァ。あなたが頭で、バルガスが実行役。魔王様を排除して、バルガスを立て、あなたが裏から実権を握る。違うかしら」


円卓が静まり返った。



ゼノヴァが、ゆっくりと眼鏡を外した。

初めて見る、素の表情やった。冷静でも穏やかでもない。疲れ切った、中間管理職の顔。


「……証拠はあるのか」


「ないわよ。全部カン」


ゼノヴァが目を見開いた。


「カンだけでそこまで言うのか。君は——」


「カンだけ。でもね、このカンが鳴る時は……当たるのよ」


絶対とは言えない、せやけど、このカンは信じとる。



レイスが、低い声で割り込んだ。


「ゼノヴァ。本当か」


ゼノヴァは答えなかった。答えんかったことが、答えやった。


バルガスが、椅子に崩れるように座り直した。


「……すまん」


バルガスの声が震えとった。


「先月の西方防衛戦で、俺の部下が十九人死んだ。先々月は八人。その前は十三人。全部、魔王様の無茶な命令のせいだ。『砦を死守せよ』の一言で、増援も補給もなしに突っ込まされた。……ゼノヴァに『このままでは部下が全滅する』と。金は死んだ部下の家族へ、ゼノヴァに工面してもらった」


部下思いの男が、部下を守るためにザンデオンを殺そうとした。動機が純粋や。


ワシはバルガスに頷いた。

こいつは黒幕やない。


レイスがゼノヴァの前に立った。静かな殺気が場を圧した。


「ゼノヴァ。俺はお前を友と、信じていた」


ゼノヴァがゆっくりと顔を上げた。いつもの穏やかな仮面はもうなかった。


「……私は帳簿を見ている。数字は嘘をつかない。このまま消耗を続ければ、魔王軍は後一年で戦力の半分を失う。二年持たずに壊滅するだろう。魔王様に何度も報告書を出し提言した。しかし『余に任せておけ』の一言だけだった」


ゼノヴァの声が、初めて震えた。


「滅びが見えているのに、何もできない。……それが、どれほど——」


「わかるわ」


ワシは言った。


「わかる。あなたの気持ちは、痛いほどわかる」


前世で、信頼した副社長に裏切られた。

なんで裏切ったのかわからんかった。三十年も一緒にやってきたのに。

今ならわかる。


「数字が見えるからこそ、誰よりも優秀な参謀だからこそ、未来が見える。……でも、聞いてもらえない」


ゼノヴァの目が揺れた。


「なぜ……そこまで」


「遠い昔、私が魔王様の立場だったの。部下の声を聞かなかったわ。……裏切られて初めて気づいた。でも、もう遅かった」


バルガスが呟いた。


「……ルシエラ。お前、何者だ」


「ただの元社長よ」


誰にも通じへん冗談やけど、ワシは笑った。


「でもね、ゼノヴァ。裏切りはダメ」


ワシは立ち上がった。


「あなたなら、きっと魔王様よりうまくやれると思う。……でも暗殺で王を変えたら、それが前例になる。次に誰かが不満を持った時、今度はあなたが暗殺されるわ」


ゼノヴァは黙っていた。


「……あなたほど賢い人なら、それもわかっているのではなくて?」


こいつはわかっとる。死も覚悟してる。


「問題の根っこは、魔王様のやり方。そこを変えなければ」


レイスが低い声で言った。


「つまり、魔王様に直言しろと? そんなことをすれば——」


「始末されるかもね。でも、同じ命をかけるなら、私なら暗殺よりそっちを選ぶわ」


「ゼノヴァ、あなた一人の提言は魔王様に届かなかったけど、四天王全員ならどうかしら?」


ゼノヴァが顔を上げた。

バルガスが拳を握った。

レイスは黙ったまま、小さく頷いた。


「みんなで行きましょう。魔王様のところへ」




五章 御前の間



御前の間——玉座のザンデオンは、ワシの話を黙って聞いとった。

ゼノヴァとバルガスの暗殺計画。


そしてワシは本題に入った。


「魔王様。裏切ろうとしたのは事実です。しかし原因は魔王様にあります」


空気が凍った。


レイスが青ざめとる。バルガスが目ぇを閉じた。ゼノヴァだけが、ワシを真っ直ぐ見とった。


「部下の手柄を横取りし、理不尽な命令を出し、使い捨てにする。それで部下がついてくると思いますか。ついてくるのは諦めと怨みだけです。諦めと怨みが積み上がれば、組織は必ず内から壊れます」


ザンデオンの赤い目ぇが、ワシを射抜いた。


「……余に非があると申すか」


低い声やった。怒鳴るんやない。静かに、底の方から絞り出すような声。

ワンマン社長の本気の怒りは、怒鳴り声やない。静かになった時や。


玉座の間に、魔王の威圧が膨れ上がる。


「三百年。余は三百年、魔族を率いてきた。小娘一人に何がわかる」


殺されるかもしれん。


せやけど。


前の人生では、誰もワシに言ってくれへんかった。

黒田も、社員も、取引先も。みんな黙って笑顔で頷いとった。ほんで、ある日突然ひっくり返された。


「三百年のことは存じません。ですが——ゼノヴァの帳簿は、あと二年で滅びるといっています。バルガスの部下は、毎月死んでいます。それでも誰も魔王様に申し上げられなかった。畏れ多いからです」


ザンデオンの目ぇが細くなった。


「お前は畏れていないのか」


「畏れております。でも——畏れているから黙る。その結果が、今回の暗殺計画です」


ザンデオンが黙った。


ワシは続けた。


「バルガスは部下の犠牲に耐えられなかった。ゼノヴァは数字で滅びが見えていた。二人とも魔王軍のためを思ってのこと」


長い沈黙が落ちた。



ザンデオンが、ゆっくりと口を開いた。


「……面白い女だ」



殺されへんかった。


ザンデオンは処分について何も言わなかった。暗殺未遂を不問にしたわけや。


代わりに、翌日から少しだけ変わった。

深夜の招集が減った。

会議で部下の意見に耳を傾けるようになった。

ゼノヴァの報告に「よくやった」と一言添えるようになった。


そして、少し——部下の命を考えるようになった。



劇的な改革やない。

せやけど、組織ってのは、こういう小さな一歩で変わっていくもんや。


ワシは前世でそれができんかった。

部下の声に気づくことも、耳を傾けることも。


今回は、できた。それが嬉しい。




六章 エピローグ



ある日、ゼノヴァがワシの部屋に来た。


「一つ聞いていいか、ルシエラ」


「何かしら?」


「お前の言った『元社長』とは、何のことだ」


「……気にしないで。独り言よ」


ゼノヴァは銀縁眼鏡の奥で、少しだけ笑った。


「お前のおかげで、私はまだここにいる。礼を言う」


「礼はいいわ。それより、報告書の誤差、全部見えてるわよ? 数字ごまかすの、もうやめましょ」


ゼノヴァの笑顔が引きつった。



その日の夕方、斥候が飛び込んできた。


「報告します! 南方街道より、勇者パーティ接近! 規模——五名! しかし、先頭の戦士のレベルが測定不能です!」


測定不能。


四天王が全員、顔を見合わせた。

レイスが黙って剣の柄に手を置いた。ゼノヴァが眼鏡を押し上げた。バルガスが酒瓶を置いた。


ワシは窓際に立って、遠くの街道を見下ろした。

砂煙を上げて近づいてくる五つの影。先頭の一人から放たれる圧が、ここまで届いとる。


ラスボスが来るんちゃう、ワシらがラスボスや。


「やっと強そうなのが来たわね」


レイスが右に立った。

「楽しそうだな、お前」


ゼノヴァが左に立った。

「防衛戦略は既にある。ルシエラ、お前の案でいくぞ」


バルガスが後ろから来て、四人並んだ。

「四天王が揃い踏みだ。派手にいこうぜ」


ワシはルシエラの顔で、田中 虎次郎の笑い方で、笑った。


社長の時は、一人で抱え込んで全部失った。

せやけど三度目の正直、今度は仲間がおる。えぇもんやな。


よっしゃ!

人間ども、かかってこんかい!

今回は初めて続編を書いてみました。少し難産でした。

田中 虎次郎の活躍をお楽しみいただければ嬉しいです!


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