この神が送り届けよう 番外編 ボケルト王国
「よし、では次の世界へ行くぞ」
そう言ったのは真っ白な肌に真っ白な髪、真っ白なコートを上裸に羽織った真っ白な排泄物を出す男。彼の名は城田保和糸。何も無い真っ白な世界、「白の世界」を支配する神である。
「わーい! 城田さん、次はどんな世界なの? 塩麹?」
「なんですかそのコク深そうな世界は!? 何を漬け込むんだよ!!」
「そりゃーあれだよ、京都水族館とか京都鉄道博物館とか!」
「梅小路塩麹!! ややこしすぎるでしょ!!」
彼らは城田が支配する白の世界に迷い込んで来た高校生の男女、野崎真美と瀬名川瞬。ボケが真美でツッコミが瞬だ。
城田が白いドアを開けると、そこは小さな小屋や畑が並ぶ村の中。時々木で出来た大きめの建物が見え、店らしきものもいくつかある。
「おお、なんかちゃんと異世界って感じですね。こんなに異世界っぽいの珍しいな」
「わお! 見て見て瞬くん! あんなところにマヨネーズ専門店があるよ! ケチャップ専門店と混ぜたいね!」
「オーロラソース専門店にしようとしてます!? 店と店を混ぜてもソースみたいには混ざらないですから!!」
「我はマヨネーズ専門店の総数が知りたいぞ」
「やかましいわ!! 1店舗ずつ数えてろよそんなもん!!」
「だがそれでは明確なソースにならないではないか」
「1回ソースって言葉から離れてもらえる!?」
3人が村を歩いていると、村人たちは奇異の目で彼らを見る。異世界人というのは見て分かるらしく、3人はかなり目立ってしまっていた。
「私たちめっちゃ見られてるね! 顔に6号車でも付いてるかな?」
「何のですか!! 6号車って単語が枕詞無しで出て来ることあります!?」
「そりゃもちろん、京浜東北線だよ!」
「何の『もちろん』なんですか!! なんで京浜東北線の6号車だけ顔に付けて来ちゃったんですか!?」
「それは我が京浜東北線でジェンガをしていたからだ」
「何やってんだよお前!! 横に連結してるからジェンガにならねえだろそんなもん!!」
「しかしかなり見られているな。我が自分の指名手配書をばらまいているからか?」
「まじで何してんのお前!? 何の罪で指名手配されたんだよ!!」
「京浜東北線の窃盗だ」
「そりゃされるわ!! 車両丸ごと盗むやつ見たことねえもん!! 世紀の大泥棒じゃねえか!!」
セルフ指名手配されている城田が注目される中、にわかに村人たちがざわつき始めた。3人が騒ぎの方に目を向けると、大人数が走って来ているようだ。
「わお! めっちゃ全力疾走だね! 世界一周マラソンかな?」
「だとしたらペース配分ミスりすぎでしょ!! 序盤でバテて終わりじゃないですか!!」
「我は犬を追いかけているのだと思うぞ」
「学校あるあるか!! そんなしょうもねえ理由で走ってなさそうだけど!?」
だんだん近付いて来る集団を見ると、先頭の2人が追いかけられているようだ。片方は普通の人間、もう片方は2メートルはあろうかという鬼の姿をしている。
「うむ。鬼とは珍しいな。醤油漬けにして食べたいものだ」
「お前鬼のこといくらだと思ってない!?」
「でもでも、鬼の醤油漬けってなんか美味しそうじゃない? 特に角の部分とかコリコリしてて食べ応えありそう!」
「リアルに想像できて気持ち悪いんでやめてもらえます!?」
呑気な3人に、走って来る村人たちが迫る。すると先頭で追いかけられている人間の方が、3人に声をかけてきた。
「おいお前ら! 助けてくれよ!」
「うむ。では選択肢を4つから2つに絞ろう」
「クイズやってんじゃねえよバカ! 何お前変なやつだな!?」
「玄司様、あの真っ白な人と私だとどっちが変だと思いますか? 多分あの白い人は目玉焼きにケチャップをかけるタイプだと思うので、マヨネーズ派の私の方がまともだと思います」
「知らねえし基準が意味不明だわ! なんでお前この状況でマヨネーズの話できんの!?」
「わお! なんかピンチっぽいね! 私が魔法で助けてあげるよ!」
真美がどこからか杖を取り出すと、5人を白い光が包む。光が収まると、5人は薄暗い洞窟の中にいた。
「ここは……。俺がボケルト王国に来た時にいたとこだな。高橋の家だっけか」
「玄司様、ここは私の家ではありません。元々ここに住んでいたミミズに頼み込んで居候させてもらっているので、ミミズの家です」
「お前ミミズに頭下げたの!? 律儀なのかバカなのかどっちなんだよ! ……ああどっちもだな多分! 律儀とバカは共存できるもんな!」
洞窟で騒ぐ鬼と人間に向かって、瞬が声をかけた。
「なああんたら、なんで追いかけられてたんだよ? なんか悪いことでもしたのか?」
「ああ、俺は関係ねえんだけど、こいつがちょっとな。村中のマヨネーズを盗んで回ってたんだよ」
「なんで!? さっきからちょいちょいマヨネーズって言葉が聞こえてきてるけど、なんでそんなにマヨネーズに拘ってるの!?」
「瞬くん、多分この村はみんなマヨラーなんだよ!」
「それあり得ます!? 全員!?」
「あ、そうですよ。この村の人は98パーセントマヨラーです」
「ほんとにそうだった!! あと2パーセントの人は何ラーなのか気になって仕方ないわ!!」
「2パーセントの人はセチャザーですね」
「聞いたこと無いワード!! 何セチャザーって!?」
「そうなるよなそりゃ。なんか知らねえけど、接着剤愛飲してるらしいぞ」
「死ぬだろそれ!? バカすぎない!?」
瞬は驚いた様子だが、城田は涼しい顔をして立っている。神らしく、堂々とした立ち振る舞いだ。
「おい城田、お前はなんでノーリアクションなんだよ? もっと驚くところあっただろ?」
「我は驚くことなど無い。何故なら、基本的に話を聞いていないからだ」
「聞いとけよ!! お前神だろ!?」
「なんか……お前らも大変そうだな」
「分かる? でもあんたもなんか苦労してそうだよな」
「俺は城金玄司。このボケルト王国には、ちょっと込み入った事情があって転生したんだけど、日本人だ」
「え、あんた日本人なのか!? 俺たちもそうなんだよ!」
「そーそー! 私たち日本出身! 見せる湿疹! レッツクッキン!」
「なんで韻踏んだんですか!? 湿疹料理するのやめてもらえます!?」
「うむ。我も日本人だぞ」
「当たり前みたいに嘘つくなよ!! お前白の世界の神だろ!?」
「だが我は群馬県前橋市出身だぞ」
「じゃあ十分日本人だわ!! ごめんな異世界人とか言って!!」
好き勝手喋る城田と真美に加え、鬼のようなバケモノもどうやらボケるようだ。瞬は頭を抱えそうになったが、玄司と名乗る青年も瞬と同じくツッコミ役らしく、その点は心強いものだ。
「俺は瀬名川瞬。で、こっちは高校の先輩で、野崎真美。あとそこの真っ白なやつは城田保和糸って言うんだ。一応城田は神なんだけど、まあアホだと思ってもらえたら」
「我をアホとは失礼なことを言うな瞬よ。我はアホではない。阿呆だ」
「どう違うんだよ!! 表記の問題じゃねえの!?」
「して、そこの鬼の醤油漬けは何と言うのだ?」
「まだ醤油漬けにはなってねえだろ!! ピンピンしてるぞあいつ!!」
「あ、高橋です」
「高橋って言うの!? その見た目で!?」
「お前だから何者か聞かれた時はちゃんと自分の情報を言えって何度言ったら分かんだよ! 毎回それじゃねえかお前!」
「パーソナルカラーはイエベ春です」
「知らねえよ! もっと自分が何者かを言えよ!」
「ベージュが似合ってどうするんだよ!! 嫌だわ鬼がそんな優しい色着てたら!!」
「ちょっと瞬くん! 鬼さんだって優しい色着たいかもしれないでしょ! 私だってたまに蛍光グリーンのナイロンジャケット着てるんだから!」
「もしかして朝小学生を見送ったりしてます!?」
「我は空に浮かぶ雲が流れていくのを見守っているぞ」
「暇か!! いいからお前は黙ってろ!!」
「おいおい、これ収拾つかねえだろ! お前のツレもめっちゃボケんじゃねえか!」
「俺に言われても困るわ!! あんたのとこの高橋とかいうのも好き勝手喋ってるだろ!!」
「ねえ瞬くん、こんなこと言っちゃあれなんだけど、玄司さんと瞬くんの話し方が似てて、文字だけだと判別が難しいんだけど……」
「メタすぎません!? いや確かにタイプ似てるなとは思ってましたけど!!」
「まあ確かにな。どうしたらいいんだこれは……」
「玄司様、とりあえずオネエ口調にするという案を思い付いたのですがどうですか?」
「したくねえよ! そんな案トイレにでも流しとけ!」
その時、瞬たち3人の前に白いドアが出現した。
「え? なんで今ドアが? 城田、お前何かしたか?」
「エラ呼吸はしたぞ」
「お前エラ呼吸なの!? 魚類とかだったりする!?」
「魚類ではない。神だ。しかしこのドアが現れたということは、我々がこの世界に来たのは間違いだったということだ。このドアは、我々が通るべきではない世界に来ると、自動的に出現して次の世界へ繋ぐようになっているのだ」
「別にいいけどそういう説明はもっと序盤にやって欲しかったな!!」
「おいちょっと待てよ、ならお前らはもう行っちゃうってことか? 俺たちを助ける話は?」
「ごめーん! 私たちも目的があるからさ! 今回は自力でなんとかしてね! さ、狂言見に行くよー!」
「そんな目的無かったでしょ!! ああこら城田と先輩は勝手にドア開けない!! 玄司、まじですまん。俺たち行かなきゃみたいだ」
「ええ……まじかよ……」
「玄司様、ここは我慢です。堪えるのです。忍耐が大事です。忍びという字に負けると書いて、忍負と読みます」
「知らねえよ! その情報今要った!?」
先に向かう城田と真美に続いて、瞬もドアの向こうに片足を出す。
「じゃあな玄司、高橋! 頑張ってな!」
「次の世界は豪華客船の世界だ。氷山に体当たりするのが楽しみだな」
「そんなポジティブな死亡フラグあるんだ!?」
こうして3人は、ボケルト王国を後にしたのだった。




