【第三夜‐孤独の揺らぎ】
夕暮れが街を染める頃、俺――鈴木大翔――は今日も一人で校門をくぐった。
教室ではまだ、陽気な笑い声が残響のように漂う。
いつもなら、あの騒音を避けるために早足で校門を出るだけだった。
だが、今日は違った。
――神無が待っているかもしれない。
昨日の帰り道、彼女の笑顔が頭から離れなかった。
あの自然な温かさは、どうして俺の心にこんなに刺さるのか。
「おはよう、大翔君」
校庭の端で手を振る神無。
その声と視線に、無意識に顔が緩む。
――まずい、と思う。
俺は孤独でいることに慣れすぎている。
誰かにこうして認識されること自体、心地良くもあり、恐ろしくもある。
一緒に歩きながら、ふと過去の記憶が浮かぶ。
小学校時代――好きな漫画や手芸、絵、ゲーム――全て馬鹿にされたこと。
「男のくせに」「女のくせに」
あの頃、俺は自分を否定される痛みに押し潰されそうになった。
そして、「男らしさ」「女らしさ」など考えることを諦め、孤独を盾にするしかなかった。
神無はそんな過去を知らない。
ただ、無垢に笑い、俺の横に立つ。
その存在が、俺の鎧を少しずつ削り取るようで、嬉しい気持ちと戸惑いが混ざる。
「大翔君、今日も元気ないね」
「ああ……いや、別に」
声は小さく、ぎこちない。
こんな風に自分の感情を見透かされるのが怖いのに、神無には隠せない。
なぜか、隠す気にもならなかった。
歩きながら、ふと彼女の視線が自分の腕に触れた手首に向かう。
無意識に引っ込めると、神無は軽く笑っただけだった。
――見られてしまったのか?
でも、怒られもしない。批判されもしない。
その安心感が、逆に胸の奥の冷たさを痛烈に感じさせる。
「ねえ、大翔君」
神無が少し声を潜めて言った。
「私、なんだか不思議なんだけど……大翔君って、誰にも見せない部分があるよね」
――見抜かれている。
心の奥底で押し殺していた感情、孤独の温度、傷つきやすい自分。
それを無言のうちに見透かされた感覚が、胸に重くのしかかる。
「……別に、何もない」
言った瞬間、自分の声の弱さに苛立つ。
言い訳も、強がりも、もう疲れている。
孤独は重く、体の奥にずっしり沈み込む。
その時、ふと思い出す。
――神無と俺は……家族の関係も知らない兄妹かもしれない、ということを。
まだ本人たちには分からない。
この距離感は、どこか危うく、そして運命的なものを含んでいるのかもしれない。
沈黙の中、二人で歩く夕暮れの道は、いつもより長く、温かく、そして少しだけ痛い。
孤独の温度が、少しずつ変わり始めている。
手首の冷たさはまだ消えないけれど、神無の存在が、わずかに凍りついた心を解かし始めていた。
「……また明日も、一緒に帰る?」
神無の問いに、俺は答えをすぐには返せなかった。
でも、頭の奥で、わずかに期待している自分に気づく。
――嫌いな世界も、陽キャも、まだ変わらない。
でも、神無だけは、違う。
その違いが、孤独の温度を少しだけ温める。