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4.辺境生活スタート!

「この子には人とは違う力が備わっている。そしてそれゆえに危険に会うかもしれない。……だから今すぐ、ここから遠い地へ行き、秘密裏に子育てをしてほしいのだ」


 私が二の句を告げずにポカンと口を開けていると、皇帝は雄弁に続ける。


「ここから馬車で北に向かって一日ほど行ったところに、ミルティス高原という場所がある。

 自然が豊かでのどかな場所だ。

 子供を育てるには良い環境だと思う。

 そこに、私名義の空き屋敷があるから、そこで時が来るまで育ててくれないか」


「それは、どのくらいの期間ですか?」


「……はっきりとは言えないが、数年単位だとは思う」


 メチャクチャな依頼だ。

 通りすがりの泣いている赤子をあやしただけの赤の他人にの私に、遠方の田舎で世話してほしいだなんて。


「この子は、あなたのお子さんなんですか?」


「……それは、言えない」


カルヴァン皇帝は初めてそこで視線を逸らし、唇を噛んで俯いた。


「言わないのではなく、言えないのだ。

 この子の未来に関わることだから」


苦々しそうに言い、腕の中のフィオのまんまるなほっぺを見つめるカルヴァン皇帝。


「理不尽なお願いなのはわかっている。その代わり、苦労させないだけの支援はする。

 取り急ぎ30万ジェス持参した、足りなければ言ってくれ」


馬車に乗せてきたと、入り口の停まっている馬車を振り向き指差す。


実際にいくらぐらいなのかピンとこないと思っていたら、再び視界に画面が開き、説明文が表示された。


『ジェスはこの国の通貨単位。1ジェスは約100円。

 30万ジェスは、令和の日本円にして、約3000万円です』


私はその文字を読み、思わず叫んでしまう。


「ささ、3000万円!?」


 私の年収の約10年分だ。

 そんなのをここでポンと渡せるのは、さすが皇帝ということか。


「定期的に支援することは約束する」


 どうやら、訳ありな男の子の赤ちゃんを、高額なシッター代をもらって田舎で育てる、ということらしい。


 なぜ絵本の世界に来たのかとか、最高権威者の皇帝が自ら秘密裏でお願いしにくるなんてどんな子供なんだろうとか、なぜ私が『神託の巫女』に選ばれたのかとか、聞きたいことは山ほどあるというのに。


「……ぶぅ、ばぁ」


 高額な金銭を渡されるからではない。

 にこにこと機嫌よく笑う腕の中の赤ちゃんを見つめ、この子を放っておくことなんてできない、と心から思ったのだ。


「わかりました。私が、この子のお世話をします」


 誰が抱っこしても、丸一日泣き叫んでいたという赤子が笑ってくれるなら、私にできることをしよう。

 そして、その辺境で子育てをしながら、元の世界に帰る方法を見つけよう。


「ーー助かる。エレナ・ハーリントン令嬢、君に神の御加護を」


 そう言って、カルヴァン殿下は恭しく胸に手を当てて挨拶をする。


 そして腕に抱かれたフィオの顔を見つめ、そこで彼は初めて、ふっ、と穏やかな顔で笑ったのだった。



* * *



 そして辺境に向かうこと、約一日。


 着の身着のままで馬車に乗った私は、3000万円相当のお金が入ったトランクと、可愛らしい赤子と共に目的地へと向かっていた。


 ガタガタと揺れる馬車はお世辞にも乗り心地がいいとは言えず、何時間も移動していると腰が痛くなってきた。


 節約のために、深夜高速バスや格安エアラインを乗った時、体がバキバキになったのを思い出す。


 フィオを抱きしめると、赤ちゃんの高い体温が伝わってきて眠くなってしまう。


 馬車の御者に声をかけられ目を覚ますと、外は一帯の草原。


 乾いた風が吹き、草木の自然の香りが鼻をくすぐる。


 草原の片隅にある二階建ての煉瓦造りの屋敷を見つけた。


 去っていく馬車の姿を眺めながら、屋敷の中に入ると、少し埃っぽいが広くて丈夫そうな家で、フィオと二人で過ごすには充分すぎるほどの広さがあった。


(どうしてこの世界に来たのか、なぜ私がこの子の世話係に選ばれたのかはわからないけど……自分にできることを、するしかないわね)


 都会で多忙な生活をしていたので、ベビーシッターとしてまったり過ごすのもいいかもしれない。


「これからよろしくね、フィオ!」

「あうぅ」


 金髪に青い目の赤ちゃんは、私を見上げてまだ少ない歯を見せて無邪気に笑う。


 天使のように可愛い子供と、見知らぬ辺境地での子育てスローライフが始まったのであった。


* * *


 日が傾き、ミルディス高原にオレンジ色の夕日が輝く夕方。


 暗くなる前に家へと戻ろうと、一人の青年が、片手に狩りで仕留めた鳥を持ったまま足早に歩いていた。

 特徴的な銀髪は風になびき、長い足で踏みだす一歩は大きい。


 ふと彼は、自分の小さな丸太小屋の隣に立つ、立派な屋敷に明かりがついていることに気が付く。


 空き巣じゃないかと身構え、狩猟用のナイフをそっと構えて屋敷の方に視線を送ると、


「……赤子の泣き声?」


 かすかに、子供の泣き声がするのが聞こえた。


「ほぎゃあ、ほぎゃあ……!」


 まだ生まれたばかりと思しきその泣き声とともに、


「おーよしよし。ある―ひ、森の中、くまさんに、であった♪ はなさくもーりーのーみーちー」


 聞いたことのない不思議な歌を口ずさみながら、ハニーブラウンの髪色の若い女性の姿が見えた。


 女性は胸に赤子を抱いており、子守唄を聞くとたちまち赤子は泣くのを止める。


 どうやら空き巣ではなく、屋敷の住人らしい。



「……こんな田舎に、若い女性と幼い子供が移り住むなんて、珍しいな」



 銀髪の青年は、自分の小さな家の隣に建ち、長らく空き家であった大きな屋敷に入っていくエレナの姿を見て、不思議そうに首を傾げるのだった。


毎日更新します!

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