3.君にお願いがある
聖堂の鐘の音が鳴り、小一時間ほど経った時、入り口付近に馬車が停まる音が響いた。
扉を開けて、外出していた神父様が息を切らせながら入ってきた。
「お待たせいたしました!」
額の汗を拭う神父様が会釈をすると、その後ろを、真っ黒な外套を着た男性が歩いてきた。
コツコツと革靴の足音が響き、赤子を抱く私の前で足を止めると、その背の高い男性は顔を隠すように頭に深く被っていた外套のフードを、バサリと外す。
現れたのは、黒髪で凛とした顔立ちの、息を呑むほどかっこいい顔。
(か、かっこいい……! イケメンなだけじゃなくて威厳? カリスマ? もあるし)
迫力のあるイケメンを間近で見て、赤面した私が声を失っていると、
「この女性か」
「ええ間違いありません、『慈しみの抱擁』を使い、フィオ様を落ち着かせてました」
「……そうか」
と、男性は横に立つ神父様に尋ねている。
「おそらく彼女がーー『神託の巫女』に違いないかと」
胸に手を当てた神父様がその単語を恭しく唱えると、男性は整った眉を厳しそうに寄せ、私を見つめてきた。
「その、『慈しみの抱擁』とか『神託の巫女』とかって、なんですか?」
私が聞き馴染みのない単語の意味を尋ねると、黒髪の男性が口を開いた。
「君が生まれながらにして持っている能力だ。
新しく生まれた命を守り、守り抜く力ーー神から授かった『育児』の卓越した特性」
ゆっくりと、私の目をまっすぐに見つめながら語る男性。
「選ばれた者だけが使える、稀有な力。我々の国では、それを授かった者を『神託の巫女』と呼んでいる」
丸一日泣き続けていた子供を抱き上げたら、たちまち泣き止んで笑顔になった。
それは私が保育士で子供に慣れているからと言う理由ではなく、特別な「スキル」らしい。
そしてそのスキルを持つ人を、「神託の巫女」と呼ぶのだという。
急に言われたことを頭の中で整理していると、私の怪訝そうな顔を見て、
「ーー自己紹介が遅れた。
私はカルヴァン・フェルディライトという。
この国の皇帝をしている」
黒髪の男性は外套を脱ぎ、腕にかける。下に来ていたのは、金ボタンや刺繍がされ、胸に勲章がついている、まさに皇族といった服装だったのだ。
「ここ、皇帝……!?」
「ハーリントン令嬢とはお初お目にかかるな」
私が目の前の男性の肩書きに驚いて素っ頓狂な声をあげると、腕の中のフィオも驚いたのか、ぶうぅ、と口を尖らした。
すると、視界の端にゲームのウィンドウのようなものが開き、そこに文字が映し出された。
『カルヴァン・フェルディライト殿下。
このフェルディ国の皇帝であり、最高権威者。
主に宮廷におり滅多に人の前には姿を現さない。
不敬な態度を取らぬよう要注意』
(なな、なにこの説明文みたいなのは……)
異世界にきて戸惑う私に、この世界の常識を教えてくれるためのものだろうか。
事実、皇帝を呼びに行った神父も、シスターも、皆頭を下げて彼を直視しないようにしている。
それだけ、位が高い存在ということだろう。
カルヴァン皇帝は、一歩私に近づき、高い背をかがめ目線を合わせると、信じられない言葉を放った。
「君にお願いがある。この子、フィオをーー育ててくれないか」
胸に手を当て、最高権威者が私に頭を下げている。
それがどれだけ異例なことなのか、親父やシスターが息を呑む沈黙でわかった。