18.本物のお母さんに
「じゃあより一層、フィオの体調管理には気をつけて、ご機嫌でいさせてあげなくちゃいけませんね」
「そうだな。……だが子供は免疫力をつけるために、たくさん病気になるものだ。難しいだろう」
アーサーさんは銀髪を掻き上げ、肩をすくめる。
「アーサーさんも紅茶飲みますか? ……て、ティーポット割れちゃったんだ」
「大丈夫だ」
助けてくれたアーサーさんに紅茶を淹れようと思ったが、さっきの騒動で無惨にも割れてしまったことを思い出す。
フィオのお昼寝中に淹れた、テーブルの上の飲みかけのティーカップは、この騒動でも割れずに無事だったようだが、中身の紅茶は冷め切ってしまっていた。
私はそのぬるい紅茶を一口飲み、息を吐く。
「フィオがそんなに魔力を備えているなんて思わなかった」
私は乱れた髪の毛を直しながら、ふうとため息をつく。
そもそも転生してきた未知の世界で、魔力だのスキルだの知識もなため、適切な対処ができないのがどうにも歯がゆい。
「この子の父親と母親は、誰なんだ?
魔力の有無は両親から子供へ遺伝することが多い。父母が、魔力の強い人なら納得がいく」
アーサーさんは赤い目を細め私に問う。髪の毛や肌の色のように、魔力の量も親から遺伝するのだろう。
「……ご両親が誰なのかは知らないんです。
生活を保証する代わりに、この子を育ててほしいと言われ預かっただけで」
嘘は言っていない。カルヴァン皇帝に父母を聞いたが「言わないのではなく、言えない」と言葉を濁された。
何か、フィオの並々ならぬ出自を隠しているように感じ、それ以上詮索はできなかったのだ。
「こうなることがわかっていて、君にこの子を預けたのなら、なかなか酷な話だ」
「ううん……確かに」
確かに一言、フィオは魔力を備えているから、癇癪を起こした時は気を付けるようにと言って欲しかった。
『共鳴』なんて方法も、アーサーさんがいなければ思いつかず、屋敷は壊れ果て、途方に暮れてしまったかもしれない。
「でも、私にこの子を預けた人は、とても困っていて、断腸の思いで私に預けたようだったんですよ」
気高く、凛としたカルヴァン皇帝。
しかしフィオを私に預ける時、後ろ髪を引かれるような、未練のあるような表情を一瞬浮かべたのを思い出す。
頬が紅く、つらそうなフィオの熱い額を撫で、早く元気になるようにと祈ることしかできなかった。
「そうか。……早く熱が下がるといいな」
「ええ」
アーサーさんも顎に手を当て、フィオの横顔を見つめて何かを考えているようだった。
熱が出たフィオに、一晩中つきっきりの看病をした。
額に浮かぶ『不快』や『空腹』の文字を見逃さないよう、ベビーベッドの前に椅子を置き、胸をトントンと叩く。
(子供のころ、熱が出たときすごく不安だったな。お母さんが側にいてくれて、安心したのを思い出すな)
「ふぇぇ……ん……」
熱が下がるようにと思いを込めて、泣き声も弱々しいフィオを見つめる。
少しでも自分が、この子の「本当のお母さん」になれるようにと、願いを込めて。