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08 波の独白①

 

 ざざん、ざざん。

 時たま、ざざーん。


 波の音が、少し遠くで聞こえる。


 目を閉じて、わたし(ルミナ)は、シーツの肌触りを感じながら、その音を味わっている。


 波の音以外に、響くものは、何もない。ルミナの胸を打つものも、同様に、何も無い。


 魔王討伐から、数日が経った。

 思い返せば、全てが夢のようにも思える。


 村で、のんびり暮らしていたのも、遠い夢のようだ。

 母は過労がたたって、幼い頃に死んでしまった。男爵のお手つきという母とその娘。ルミナたち母娘を積極的に助けようと思う者など、誰もいなかった。でも、それでよかった。


 期待しなければ、特に落胆を得ることはない。


 それが、母が死んだ時、ルミナが覚えた気持ちだった。最愛の母を失った後、何にも期待しないと決めた。代わりに、愛嬌だけは、うんと良くした。そうしたら、人はほんの少しだけ優しくなったけれど、ルミナはそれを、嘘くさいものを見るような気持ちで、日々を過ごしていた。


「……あぁ、でも……」


 薄く、ルミナは目を開けた。

 全部の荷物を、置いてきたはずだった。なのに。


 ベッドサイドテーブルに置いてある、リボンに手を伸ばした。上質なサテンでできたそれがルミナに与えられたのは、男爵の義務だ。制服という形だからこそ、ルミナには、こんな上質なリボンが与えられた。だから、それ自体には、特に思うことはない。


 薔薇の形をしたそれ。その花びらをなぞるように、ルミナは、指先を滑らせた。


「……嬉しかったなぁ、あれ。あれだけは、わたし、ほんとに嬉しかったんですよ」


 『お似合いですわよ』だなんて。


 くすりと今でも笑ってしまう。

 言葉だけ取ると、本当に、いじわるなセリフだ。


 あの人は、知らないのだろう。もしかしたら、自分が、本当にセリフ通りのいじわるな笑顔を浮かべていたと勘違いしているかもしれない。


 今しがた自分が結んだリボンの出来を確かめるように。目を少し細めて、満足そうに、ほんの少しだけ口角を上げて。


 そのエメラルドの瞳の奥にある光が、とても優しく見えたことなど、彼女(ロゼルフィーユ)は、知りもしないのだ。そして、ルミナが、その暖かさに、少しびっくりして、涙を無理矢理引っ込めて。公爵令嬢相手に不遜だと思いながらも、震えた手を後ろに引っ込めて、無礼な名乗りを上げたことも、彼女は知らない。


『ルミナ!(わたくし)と勝負なさい!』

『あら、ルミナ。あなた、髪が乱れていてよ。聖女様は、髪のお手入れもご存知ないのかしら?……ってちょっと、本当に知らないの?良くて?髪の美しさというのはね、一夜で成るものではないのです!』

『……た…たすけに…か、か、…感謝…し、し、しないこともな、クッ!礼節を欠くは恥、礼節を欠くは恥……!ありがとう、ルミナ。おかげで、助かりましたわ。………くっ、ぐ、ぐ、…お、覚えていなさい!この、怠惰女!』


「……ふふ」


 本当に、せわしがなくて、凛として、優しくて、それでいて、気高いひとだった。


 怠惰女、だなんて。まさか、ルミナは、自分の本質を見抜かれているとは思っていなかった。その言葉を言われた後はなぜか溢れでたような笑いが止まらなかった。


 ロゼルフィーユに真っ直ぐ見つめられるのは気分が良くて、つい、構い倒してしまった。彼女が言うように、自分は、性悪女なのだ。……いや、流石にそこまでは言っていないかも。


「お嬢様だから、罵倒の語彙があんまり、ないんだもんねえ」


 バカアホドジマヌケ怠惰上ツラ聖女。


 まあ、彼女が言うとしたら、このあたりだろう。なんてかわいい罵倒だろうか。ルミナは、もっと酷い罵倒を山のように知っているし、向けられたこともある。私が言われているのを見たら、彼女は、どうするだろうか。すぐに、答えは浮かんだ。


 きっと、ロゼルフィーユは、エメラルドの瞳を釣り上げて、ルミナの前に立って――――私、あなたより強いのに、バカだなぁ、と思いながら、ルミナはその華奢な背中を眺める。そうして、彼女が、


「この女の悪口を言っていいのは、この(わたくし)だけよ」


 と、きっと、そう言ってくれる。


 ルミナはそれを、彼女の背中で聴きながら、浮かんだ笑みを隠すのだ。ほんの少し、泣きそうになりながら。


「……ふふ、……っ……ぅ、…う……」


 ああ、なんで今も、わたし、泣いているんだろう。

 気付けば溢れ出した涙を、ルミナは、腕で隠すように覆う。


「、ロゼルフィーユさん……………」


 何ももう胸を打たない。打たないはずなのに。


「………、ごめんね…………………」


 ただ一人の、愛おしくて、眩しい友人だけは、まだ、ルミナの胸に、漣を立てる。

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