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03 殿下、タイミングを考えてくださいませ


「だから、言っているだろう、ローゼ。これは亡きルミナの意志なのだと」

「それで?それが、聖女が死んだと大々的に発表した後に、婚姻書類を(わたくし)に突きつけてきた理由ですの、セディリオ殿下」


 王宮の一室。


 刺々しい態度を隠すこともせずに、ロゼルフィーユは、目の前の男――――この国の第一王子であり、魔王討伐の英雄である、セディリオに言い放った。


 セディリオは苛立ったように、一度、席を立った。

 それから、少し部屋の中を歩いた後に、大きく息を吸い込んで、吐く。やがて席に座り直すと、真剣な表情で、ロゼルフィーユの顔を見つめ直した。


 ロゼルフィーユのエメラルドの瞳と、セディリオのブルーサファイアの瞳が交錯する。

 麗しの令嬢と、王子と。両者の瞳に宿る剣呑さが無ければ、ラブロマンスとして描けそうな絵面であった。


「ルミナは、よく言っていた。『わたしに万が一のことがあれば、ロゼルフィーユ嬢に後は任せたいのです』と」

「あなた達、噂通りやはりそういう仲でしたの?まぁ、聖女が王子と結ばれるのは、順当だと思いますけれど」

「違う!断じて、違う。ルミナのことは、なんというか、妹のように思っていたし、聖女として尊敬もしていたが、恋愛関係ではない。話を逸らすな、ローゼ」

「失礼致しました。逸らしたと分からないように逸らすべきでしたわね」

「君ってやつは…………」


 悪びれもせずにそう言ったロゼルフィーユに、セディリオは頭を抑えた。はあ、とため息を一つ吐く。


 いくら公爵令嬢とはいえ、一国の王子相手にこの態度が許されるかと言われれば、答えはノーだ。では、何故ロゼルフィーユの態度をセディリオが許しているかと言われれば、二人が幼馴染だからである。


 幼い頃から、ロゼルフィーユは、この王子をしばき倒し……もとい、高貴なる者の努めを、王子付きの家庭教師を失職させる程の勢いで説いていた。


 おかげで、ワガママが目立っていたこの王子も、年齢が二桁になる頃には王族として自覚的な言動が出てくるようになり、とうとう、魔王討伐の偉業までをも成し遂げた。


 ロゼルフィーユも、あのワガママ王子に、王子らしさが芽生えたのは何よりだと思っていたが。


「……まさか、政略結婚までもを持ちかけてくるとは思いませんでしたわ、セディリオ殿下。そういう駆け引き、お嫌いだったはずではなくて?」


 セディリオは、少しばつの悪そうな顔をした。


 視線を、先ほどロゼルフィーユに突きつけて、すぐさま突き返された書類に向ける。『セディリオ・フォン・アダルベルトと、ロゼルフィーユ・グレイシアの婚姻契約に関して』と、まあ、そういった内容だ。


 ロゼルフィーユは、紅茶を啜った。

 ローズマリーの香りが、苦々しい気分を清涼なものに変えてくれる。


「……ルミナは死んだんだ、ローゼ。私は、彼女が守ったこの国の未来を考えないと。君も、よく言っていただろう。この国に生きる民、全ての願いを汲むのが高貴なる物の努めなのだと。例え現実的には難しくとも、その姿勢だけは忘れてはならないのだと」

「仰る通りですわね、殿下」

「ああ。だから、私は、例え、ルミナの死の直後に常識だと言われようが、君にこうして頼み込んでいるんだ。魔王は死んだ、だが、聖女はいない。国も民も不安定だ。……ローゼ、私と結婚してくれ。君が、聖女の後を継いで、この国を私と共に守るんだ。その役ができるのは、君を置いて他にはいない」


 ロゼルフィーユは、にこりと笑った。

 滅多に見せない彼女のその微笑みは、色良い返事をセディリオに期待させる。


「確かに、(わたくし)も同感ですわ。魔王の討伐は悲願。しかし、その功労者である聖女がいないという現状は、民に混乱を招いています。喜ぶべきなのに、民は喜ぶことができない」

「……そう、そうなんだ、ローゼ、だから…!」


 腰を浮かしたセディリオを、ロゼルフィーユが見上げる。感情をあまり隠すことが上手くないのは、この王子の欠点でもあり、美徳でもあるなと、ロゼルフィーユは思った。


 それも無理もない。


 今の流れで考えれば、「ですので、(わたくし)がその努めを果たしますわ」と続いても、おかしくはないのだ。


 だが、ロゼルフィーユは違う。


 彼女の頭の中には、絶対の大前提として、「あのルミナが魔王に殺されるのは、天地がひっくり返ってもありえない」という前提がある。


 それは最早、宇宙の法則。

 絶対に、何があろうと覆らないのだ。


「――――ですから(わたくし)が、聖女ルミナを探してまいりますわ。自ら」


 ロゼルフィーユが発した言葉に、セディリオは、薄く口を開いたまま絶句した。


 やはりこの王子は、感情を隠すのが下手だなと、ロゼルフィーユは、カップに口を付けながら思う。まあ、やはり、これがこの幼馴染の欠点でもあり、何よりの美徳なのだろう。


「(よくこれで政敵を作らないわね)」


 まぁ、余程出来る部下でもいるのだろう。そう勝手に結論付けて、ロゼルフィーユはまた、優美に紅茶を啜るのだった。

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