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02 公爵令嬢の栄光と挫折


 ロゼルフィーユの17年の生涯を端的に表すのならば、「栄光」そして「挫折」の二文字で事足りる。


 さらに完璧を求めるのならば、そこに「二番手」という文字を入れれば、ほぼ察せてしまう。


 公爵令嬢として生まれたロゼルフィーユは、生まれついて聖女の素質である、光の魔法を示した。王国でも数人しか扱えない、極めて希少な魔法属性だ。光魔法は、この王国では尊いものと扱われる。


 そしてその尊さを示すように、彼女は、美しかった。


 ゆるくウェーブした銀色の髪は、妖精が紡いだ銀糸とまで夜会で称される。同じ色の睫毛を額縁にしたエメラルドの瞳は、どんな緑よりも深く、世界の神秘の宝石とまで言われたことがある。


「(当然。でも、(わたくし)は、そこらの者とは違うわ。絶対に、才能に驕ることも、腐らせる事もしない。宝石は磨いてこそ、光るものなのよ)」


 ロゼルフィーユが持つ最も美しい宝石(さいのう)は、その性質だった。


 彼女は、令嬢というよりも、鍛え抜かれた兵士のようなストイックさを持ち合わせていたのだ。


 驕らず、高ぶらず、慢心せず。


 そうして、ロゼルフィーユが磨き上げた己という宝石を見て、皆が賛美の声を漏らすと、「当然ね」と、心のうちで返す。


 いくら才覚があり、努力をしていようが、ひけらかす者は美しくないからだ。


 美しくない者に、人心は集まらない。


 ロゼルフィーユはそれを自覚していたので、口先では「とんでもございませんわ」などと言ってみせた。内心では、山のように高い自信を秘めながら、ロゼルフィーユという令嬢は、栄華と賛美をその身に集め続けたのだ。


「(まぁ、皆が(わたくし)を慕うのに、何も返さないのも良くないわね。お前たちを脅かす魔王、聖女として、この(わたくし)が倒して差し上げても良くてよ)」


 と、そんな風に思ったりもしていたのだ。

 彼女なりの、壮大な高貴なるものの努め(ノブレスオブリージュ)である。


 だから、努力して、怠らず、人の何倍も、寝る間を惜しんで。出来上がった隈は、化粧と完璧な笑顔で隠してみせて。


 ――――ここまでが、ロゼルフィーユの"栄光"。齢14のその時まで手にしていた、輝かしい王冠である。


✴︎

「あの……すみません……」


 光魔法の素養を磨くべく、入学した魔導学院。


 その異例の転入生は、訓練に使われる中庭で、飾り気のないミルクティー色の髪を指先で摘みながら、きょろきょろと、小動物のように辺りを見渡した。


「みなさん、どうしてそんな顔を…?あの、わたし…()()()()()()()()()()?」


 田舎者の男爵がメイドに孕ませた隠し子。


 一度捨てられた後、光魔法が"ほんの少しだけ"使えるからと、男爵に引き取られ、魔導学院への入学を許された転校生。


 パッとしない、地味な女だと思っていたのだ。


 セミロングの髪は、ろくに整えられてもいない。

 毛先は揃っていないざん切りだったので、大方、男爵が引き取りはしたものの、ロクに面倒を見させてこなかったのだろうとは察した。


 教室に入ってきた時のこの女は、制服のリボンすらもまともに結えず、斜めに傾かせていた。


 くすくすと笑う令嬢たちに横目で視線を送ったあと、ロゼルフィーユは、立ち上がって、教卓の前まで歩くと、そのリボンを、ロゼルフィーユにだけ許された特別なスタイル……"薔薇の花"に見立てて結ぶという、特別な結び方で直してやって、くすりと笑って、言ってやったのだ。


「こちらの方がお似合いですわよ」と。


 ――――そんな過去の記憶が、殴りかかってくるような気がした。


 ロゼルフィーユは、目の前の光景を信じられないものを見るように、俯瞰した。


 訓練用のカカシ全てに、無数の光の矢が、突き刺さっている。いや、正しくは、"地面全てに突き刺さっている"と言ったほうがいいだろうか。


 地面の隙間という隙間を無くすように、光の矢が立っている。薄金色に光っているので、遠目から見れば、まるで、光り輝く草原のように見えた。


「な、なに……?なんなの…?あれ、だって、あんな量の光の矢、ロゼルフィーユ様だって……」

「しっ、黙って…御前なのよ…!!」


 周囲の令嬢が何やら言っていた。


 普段であれば許さないであろうその侮りを、ロゼルフィーユの耳は受け入れなかった。耳に入らなかったのだ。


 転入生は、ただ一言も発さずに、天に手を掲げただけだった。


 なのに、天が彼女に答えるように、光の雨を降らせたのだ。ロゼルフィーユには、到底できない芸当。間違いのない規格外。神の御業のようにすら感じさせるその神秘さ。


「あ、あの…………」


 転入生が、首を傾げた。

 胸元の、薔薇の形をしたリボンも揺れた。


 ロゼルフィーユは、先ほど思い出したばかりの記憶を想起した。


 ロゼルフィーユが、「お似合いですわよ」と嫌味ったらしく言ってやった後。席に戻ってすぐ、こそこその、この、リスのような女は、ぱぁっと顔を輝かせて、隣の席のロゼルフィーユに言い放ったのだ。


『さっきは、ありがとう!わたし、ルミナって言います。すごく嬉しかった!』


 公爵の娘たる自分に、なんて不敬なと思いはしたが、怒りは目の前の女よりも、教育を施していない男爵に向いた。

 彼女に非が無かったので、ロゼルフィーユは、にこりと笑ってやった。嬉しそうに、にこにこと、彼女は笑っていた。


「――――ルミナ」


 口から漏れた声は、自分でもハッとするほどに、低かった。


 これが、ロゼルフィーユの挫折。


 ロゼルフィーユが14の時に味わった、後に"聖女ルミナ"となる少女との出会いである。

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