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第2章:開かれる旅路(5)

「トオル! 起きろ!」


 シルフィアの切迫した声で目を覚ました。

 まだ夜明け前の薄暗い森の中、何かが起きている様子だった。


「何だ?」

「周囲に気配がある。獣のようだが……普通の獣ではない」


 シルフィアは既に剣を抜き、警戒態勢に入っていた。

 エリスも杖を手に、周囲を警戒している。

 クロエは木の上に登り、周囲を見回していた。


「こっちから接近中よ!」


 クロエが北の方角を指差した。

 暗がりの中、複数の赤い光が見えた。

 それは獣の目の光だった。

 どうやら狼のような生き物が、キャンプを取り囲んでいるようだ。


森狼(もりおおかみ)です」


 エリスが静かに言った。


「通常は人を避けるはずですが……何か様子がおかしい」


 確かに、次第に姿を現した狼たちの様子はおかしかった。

 体からは緑色の煙のようなものが立ち上り、目は異常な赤さで光っている。

 動きも不自然で、まるで操られているかのようだった。


「魔力に侵食されています」


 エリスが分析した。


「森の魔力の乱れが、これらの生物にも影響を及ぼしているのでしょう」

「何匹いる?」


 シルフィアが冷静に尋ねた。


「少なくとも七、八匹……いや、もっといるかも」


 クロエが答えた。


「完全に包囲されてるわ」

「戦うしかないな」


 俺は腰の道具袋に手をやった。

 直接の戦闘力はないが、何か役に立つかもしれない。


「私が前衛を務める」


 シルフィアが剣を構えた。


「エリス、後方から魔法支援を頼む。クロエとトオルは側面を」


 彼女の指示は的確だった。

 さすが騎士の訓練を受けているだけある。


 森狼たちが唸り声を上げ、一斉に襲いかかってきた。

 その数は予想以上に多く、十匹以上はいるだろう。


 シルフィアが最初の一匹に斬りかかる。

 彼女の剣さばきは見事で、一撃で狼を倒した。

 

 しかし、倒れた狼の体からは緑色の煙が立ち上り、それが周囲の狼たちに吸収されていくのが見えた。

 吸収した狼たちは更に大きく、強くなっていく。


「これは厄介だ!」


 シルフィアが叫んだ。

 

 エリスが杖を振り、青白い光の矢を放った。

 それは正確に狼の群れを襲い、複数を倒した。

 

 しかし、同じ現象が起きる。

 倒れた狼から緑の煙が立ち上り、残りの狼がそれを吸収して強化されていく。


「普通の方法では倒せません!」


 エリスが警告した。


「これらの狼は魔力の異常によって繋がっています。一匹倒すたびに、残りが強くなる仕組みです!」


 クロエは木の上から小さなナイフを投げ、狼たちを牽制していた。

 しかし、それも一時的な効果しかない。


「トオル、何か方法は?」


 シルフィアが叫んだ。

 俺は必死で考えた。

 こういう時、『万物解錠』の力は役に立つのだろうか。


「魔力の異常……」


 そうだ、これはある種の「錠」かもしれない。

 狼たちは何かによって「閉じ込められ」、操られているのではないか。


「一か八か、試してみる!」


 俺は最も近くにいた狼に向かって走り出した。


「トオル、危険だ!」


 シルフィアの警告を背に、俺はその狼に右手を向けた。

 『万物解錠』の紋様が光り始める。


「万物解錠!」


 手から放たれた光が、狼を包み込んだ。

 狼は一瞬身をよじらせたかと思うと、体から緑の煙が一気に吹き出した。

 煙は上空へと消えていき、狼はそのまま地面に倒れた。

 しかし、今度は他の狼に吸収されることはなかった。


「それだ!」


 エリスが叫んだ。


「狼たちを操っている魔力の『鎖』を解いたのです!」


 俺は次々と狼たちに向かって『万物解錠』を使っていく。

 一匹、また一匹と魔力から解放された狼たちは、しばらく意識を失ったような状態になるが、命に別状はないようだった。


 クロエとシルフィアが狼たちを俺の方へ誘導し、エリスが魔法の障壁で逃げ道を防ぐ。

 完璧なチームワークだった。


 最後の一匹が解放されると、森に静けさが戻った。

 地面には気絶した狼たちが横たわっているが、緑の煙は完全に消え、彼らの目の異常な赤さも消えていた。


「やった……」


 息を切らしながら、俺は膝をついた。

 『万物解錠』を何度も使ったせいか、かなりの疲労を感じる。


「大丈夫か?」


 シルフィアが駆け寄ってきた。

 彼女の青い瞳には心配の色が浮かんでいた。


「ああ、少し疲れただけだ」

「見事な判断でした」


 エリスが感心したように言った。


「狼たちを操っていた魔力の『施錠』を解除したのですね。私では思いつかなかった方法です」

「さすがトオルくん!」


 クロエが木から飛び降り、近寄ってきた。


「本当に『開く者』だわ!」

「単なる偶然だよ」


 俺は照れくさそうに言った。

 しかし、この『万物解錠』の力が、単なる物理的な錠前だけでなく、魔力によって作られた「束縛」も解けることが分かったのは大きな収穫だった。


「狼たちはどうなる?」

「しばらくすれば目覚めるでしょう」


 エリスが狼たちを観察しながら言った。


「魔力の影響から解放されれば、本来の姿に戻るはずです。森の動物は人を避けますから、私たちに危害を加えることはないでしょう」

「いずれにせよ、ここにいるのは危険だ」


 シルフィアが周囲を見回した。


「夜明けも近い。このまま出発しよう」


 狼たちが目を覚ます前に、できるだけ距離を取っておきたかった。


「森の状態が思ったより深刻ね……」


 クロエが地図を確認しながら言った。


「魔力の乱れが、既に動物たちにまで影響を及ぼしているわ」

「急ぐ必要がありますね」


 エリスも同意した。


「森の魔力の乱れは、時間と共に悪化している可能性があります。『森の心臓』に到達する前に、より深刻な事態になるかもしれません」


 東の空が少しずつ明るくなり始める中、俺たちは『霧の谷』に向かって歩き始めた。

 朝の森は、夜とはまた違った美しさを持っていた。

 木々の間から差し込む朝日が、幻想的な光景を作り出している。


 しかし、その美しさの中にも、先ほどの狼たちのような異変が潜んでいることを忘れてはならない。

 森の魔力の乱れは、表面上は分からないが、確実に深刻化しているのだ。


「トオルくん、ちょっといい?」


 歩きながら、クロエが小声で話しかけてきた。

 他の二人は少し前を歩いている。


「何だ?」

「さっきの『万物解錠』、すごかったわ」


 彼女は真剣な表情で言った。

 珍しく冗談めかした様子はない。


「あの能力、単に錠前を開けるだけじゃないのね。もっと深い意味があるんじゃないかしら」

「どういう意味だ?」

「わからない……でもね」


 彼女は空を見上げた。


「伝説では、『開く者』は単なる鍵開けではなく、『道を開く者』、『可能性を開く者』とも言われてるの。あなたの役割は、もっと大きいのかもしれないわ」


 その言葉は、何となく胸に響いた。

 確かに、この能力には単なる物理的な錠を開ける以上の可能性がある。

 それが今回の旅で、少しずつ見えてきているようだ。


「何にせよ、今はシルフィアを助け、『森の心臓』を守ることが先決だ」

「そうね」


 クロエは笑顔を取り戻した。


「私たち、いいチームになってきたわ」


 確かにそうだ。

 初めは不器用だった四人の連携も、今回の戦いで一段と良くなった。

 シルフィアの戦闘力、エリスの魔法と知識、クロエの機転の良さ、そして俺の『万物解錠』。それぞれの能力が補い合っている。


「このチームなら、きっと大丈夫よ」


 クロエが元気よく言った。

 彼女の尻尾が楽しそうに揺れている。


「そうだな」


 俺も笑顔で答えた。


 森の中を進みながら、俺はこれからの旅に思いを馳せる。

 右手の紋様を見つめながら、俺は決意を新たにした。

 この『万物解錠』の力は、単なる偶然ではない。

 きっと何かの導きなのだ。


「よし、行こう」


 森の奥深くへ、そして新たな冒険へと。


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