表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/21

第2章:開かれる旅路(4)

 午後、四人は村の入り口に集まった。

 それぞれが旅の装備を整え、森へ向かう準備は整っていた。


 エリスは研究機材と古代文献を詰めた特殊な鞄を背負い、魔力を集める銀の杖を手にしていた。

 彼女の表情は真剣そのもので、研究者としての決意が感じられる。


「これから向かう『迷いの大森林』は、その名の通り空間が歪んでいる特殊な場所です」


 エリスが出発前に説明した。


「通常の地図では道に迷うことになります。クロエさんの持つ古代の地図と、私の魔法知識を組み合わせれば、『聖域』へたどり着けるはずです」

「森の中では、不思議な現象が起きると聞いています」


 シルフィアが補足した。


「時間の流れが変わったり、同じ場所をぐるぐる回ったりすることもあるそうだ」

「その通りです」


 エリスが頷いた。


「森には古代から続く『結界』があり、それが空間を歪めています。おそらく『古代の封印』を守るための仕組みでしょう」

「心配しないで」


 クロエが自信満々に言った。


「この地図があれば大丈夫よ。それに、精霊石のおかげで、森の道も開けるはずよ」


 老人から貰った緑の果実の欠片が、クロエの言葉に呼応するように、袋の中で微かに光った。


「さあ、行こう」


 俺たちは村を後にし、迷いの大森林への道を歩き始めた。


 ◇

 

 前方に広がる鬱蒼とした森は、その名にふさわしく不気味で神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 木々は巨大で、枝葉が空を覆い尽くし、内部は薄暗い。

 風が木々を揺らし、まるで森全体が呼吸しているかのような錯覚を覚える。


「森の入口に到着しました」


 エリスが立ち止まった。

 彼女は杖を取り出し、何やら呪文を唱えた。

 杖の先端が青白く光り、森の方向に向かって光線が伸びていく。


「森の魔力の流れを確認しています」


 彼女は集中した表情で杖を操る。


「予想通り、かなり乱れています。中には強い魔力の渦も見受けられます。慎重に進む必要があります」

「さあ、いよいよ本格的な冒険の始まりね!」


 クロエは興奮した様子で言った。

 彼女の耳と尻尾が嬉しそうに動いている。


「油断するな」


 シルフィアが剣の柄に手をやりながら言った。


「森の中では、常に警戒を怠らないこと。特に夜間は交代で見張りを立てよう」


 俺たちは最後の確認を済ませ、いよいよ森の中へと足を踏み入れた。

 一歩踏み入れた瞬間、空気が変わったことを感じた。

 

 外界とは明らかに異なる、魔力に満ちた空気。

 木々が発する独特の匂い。

 そして、どこからともなく聞こえてくる生き物たちの気配。


「すごい……」


 思わず声が漏れた。

 ここは確かに普通の森ではない。

 木々は途方もなく巨大で、中には幹の直径が家一軒分ほどもあるものも見られる。

 地面には様々な色の苔や小さな花が咲き、足元を小さな生物たちが行き交っている。


「この森は太古の昔から存在し、独自の生態系を形成しています」


 エリスが解説した。


「多くの珍しい生物や植物が生息しており、中には他では見られない魔法的な種も……」


 彼女の言葉通り、木の幹を這う光る苔や、空中を漂う小さな光の球など、不思議な現象が至る所で見られる。


「地図によれば、まずこの小道を進み、大きな古木のある広場に出るのが最初の目印よ」


 クロエが地図を広げながら道案内した。

 森の中を進むにつれ、外界との違いがより一層際立ってきた。

 木々の間から差し込む光は緑色に濾過され、幻想的な雰囲気を作り出している。

 時折、誰かに見られているような気配を感じるが、振り返っても誰もいない。


「この森には、精霊や妖精が住んでいるという伝説があります」


 エリスが静かに言った。


「科学的に証明されたわけではありませんが、私自身、何度か不思議な存在を垣間見たことがあります」

「精霊か……」


 シルフィアも周囲を警戒しながら呟いた。


「故郷の森でも、似たような伝説があったな」

「森で暮らす獣人族は、精霊と交流があるって噂よ」


 クロエが付け加えた。


「でも、めったに姿を現さないって言われてるわ」


 俺は右手の紋様を見つめた。

 不思議なことに、森に入ってから紋様がより鮮明になった気がする。

 この『万物解錠』の力と、森の魔力には何か関係があるのだろうか。


 数時間歩き続けた後、クロエの言っていた「大きな古木のある広場」に到着した。

 中央には見上げるほど巨大な樹が一本、空へと伸びている。

 その幹は少なくとも家十軒分はある巨大さで、根元は複雑に絡み合い、小さな洞窟のようになっていた。


「ここで休憩しましょう」


 シルフィアが提案した。


「そうね。夕方になってきたわ。ここでキャンプを張って、明日また出発しましょう」


 クロエも同意した。森の中では時間感覚が狂いやすい。

 実際、外界よりも早く日が暮れてきたように感じられた。


 俺たちは古木の根元近くに簡易的なキャンプを設営した。

 シルフィアが周囲に警戒の魔法石を置き、エリスが保護の結界を張る。

 クロエは手際よく食料を準備し、俺は焚き火を起こした。


「これからの行程はどうなってる?」


 夕食を取りながら、俺はクロエに尋ねた。


「地図によれば、この古木から更に北西に進むと、『霧の谷』という場所に出るわ。そこを抜けると、森の中心部に近づいていくの」

「『霧の谷』……聞いたことがある」


 シルフィアが思い出したように言った。


「危険な場所だという噂だ。幻覚を見せる霧があるとか」

「その通りです」


 エリスが真剣な表情で頷いた。


「『霧の谷』は森の防衛機構の一部と考えられています。侵入者を惑わせ、森の外へ追い返す仕組みです」

「地図があれば大丈夫……だと思うけど」


 クロエの声に少し不安が混じった。


「念のため、私も防護の魔法を準備しておきます」


 エリスが言った。


「幻覚に対抗する精神安定の魔法があります。効果は完全ではありませんが、多少の助けにはなるでしょう」


 焚き火を囲みながら、四人はしばらく静かに食事を続けた。

 森の夜は想像以上に暗く、焚き火の光が届く範囲外は漆黒の闇に包まれている。

 時折、木々の間から奇妙な鳴き声や物音が聞こえてくる。


「ねえ、トオルくん」


 クロエが突然話しかけてきた。


「あなたの世界はどんなところなの?  話してみてよ」

「そうだな……」


 俺は少し考えてから、元の世界のことを語り始めた。

 高層ビル、電車、スマートフォン……この世界の人々にとっては想像もつかない光景だろう。


「すごーい!  空を飛ぶ乗り物があるなんて!」


 クロエは目を輝かせて聞いていた。

 シルフィアも興味深そうに耳を傾けている。

 エリスに至っては、まるで研究対象を観察するかのような真剣な眼差しだった。


「しかし、魔法は存在しないんだな」


 シルフィアが不思議そうに言った。


「ああ。その代わり、科学と技術が発達している」

「科学と技術で魔法の代わりをするなんて、興味深いですね」

 

 エリスの目が好奇心で輝いていた。


「ぜひそういった『技術』について、もっと詳しく教えていただきたいです」

「ねえ、トオルくんは鍵師だったんでしょ?」


 クロエが身を乗り出した。


「元の世界でも特殊な能力があったの?」

「いや、特殊な能力はなかったよ。ただの職人だった」


 俺は右手の紋様を見つめた。


「この『万物解錠』の力は、この世界に来てから授かったものなんだ」

「なぜトオルが選ばれたのか……」


 シルフィアが静かに呟いた。


「それが気になるところだ」

「きっと理由があるはずよ」


 クロエが笑顔で言った。


「村の祭りでも、老人はトオルくんのことを『開く者』と認めたわ。それって運命みたいなものじゃない?」

「『開く者』の伝説……」


 エリスが思索に耽るように言った。


「古代の文献によれば、世界の均衡が崩れかけた時、『開く者』が現れるとされています。しかし、その役割は諸説あり……」


 彼女はやや躊躇いがちに続けた。


「救世主という説もあれば、破壊者という説もあります」


 その言葉に、一瞬の沈黙が流れた。


「俺は破壊者になるつもりはない」


 キッパリと言い切った。


「この力は、人を助けるために使いたい」


「私もそう思います」


 エリスが真剣な表情で同意した。


「あなたの能力を見て、私は『開く者』は救世主だと確信しました。石板を解放したことで、重要な情報を得ることができた。あなたの力がなければ、私たちは今も暗闇の中にいたはずです」

「そうね!」


 クロエも元気よく同意した。


「トオルくんの力があったから、私たちはここまで来れたんだもの!」

「確かに」


 シルフィアも静かに頷いた。


「あなたの力のおかげで、私の『領界の鍵』も解放された。今はまだ全てが見えないが、きっとよい方向に進んでいると信じている」


 彼女の言葉には、珍しく素直な感謝の気持ちが込められていた。

 それは彼女らしくない素直さで、少し照れくさそうに視線を逸らしている。


「ありがとう、みんな」


 なぜか胸が熱くなった。

 異世界に来て孤独だった俺にとって、この三人の言葉は大きな支えになる。


 夜も更けてきたため、交代で見張りをすることに決めた。

 最初はシルフィア、次にエリス、それからクロエ、最後に俺という順番だ。


「では、おやすみなさい」


 それぞれが寝床に就いた。

 森の夜の静けさの中、葉の揺れる音と遠くからの生き物の鳴き声だけが聞こえる。


 俺は空を見上げた。

 木々の隙間から見える星空は、元の世界とは違う星座が輝いていた。

 本当に異世界なんだと、改めて実感する。


 そんな考えに耽りながら、いつしか眠りに落ちていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ