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第4章(終章):銀髪の執行官(8)

 アルカニアを出て、迷いの大森林に向かう道は既に異変に包まれていた。

 地面から奇妙な形の草木が生え、空気は重く、呼吸するだけで喉が痛くなる。


「これが『混沌の力』の影響か……」


 シルフィアが顔をしかめながら言った。

 彼女は完全に回復しているわけではなく、時折体を庇う素振りを見せる。

 しかし、騎士としてのプライドがそれを隠させているようだった。


「まだ序章です」


 エリスが前方を指差した。

 森の入り口は黒い霧に完全に覆われていた。

 それは生命を拒絶するかのような、不気味な雰囲気を放っている。


「これより先は『霧の外套』なしでは進めません」


 彼女は杖を掲げ、詠唱を始めた。

 青白い光が三人を包み込み、薄い膜のようなものが形成された。


「これで一時的に守られます。しかし、効果は限られています。急いで進みましょう」


 三人は黒い霧に足を踏み入れた。

 外套のおかげで直接的な被害は避けられたが、それでも霧の重圧は感じられた。

 周囲の木々は歪み、地面からは奇妙な形の突起物が生えていた。


「これが……かつての森?」


 シルフィアが信じられない様子で周囲を見回した。

 美しかったはずの森は、今や悪夢のような光景に変わっていた。


「『混沌の力』は世界の法則そのものを歪める」


 エリスが説明した。


「だからこそ、古代の賢者たちは封印したのです」


 森の中を進むにつれ、霧はさらに濃くなり、視界は数メートル先も見えないほどになった。


「方向を見失わないように」


 シルフィアは「領界の鍵」を掲げた。

 ペンダントが微かに光り、進むべき道を示している。


「『森の心臓』との繋がりを感じる……あちらだ」


 三人は慎重に前進した。

 時折、霧の中から奇妙な音が聞こえてくる。

 まるで誰かが囁いているような、あるいは何かが這い回っているような……。


「気のせいじゃない……」


 エリスが緊張した声で言った。


「『混沌の力』には意識があるという説もあります。私たちを妨害しようとしているのかもしれません」

「気をつけろ!」


 シルフィアが突然叫んだ。

 前方の霧から何かが現れた。

 それは黒い霧が凝固したような姿をした生物……いや、生物と呼べるようなものではなかった。

 形のない黒い塊が、三人に向かって迫ってきた。


「これは……」

「『混沌体』です!  霧が実体化したもの!」


 エリスが杖を構えた。


「通常の攻撃は効きません。魔法で対抗するしかありません!」


 彼女は杖から青白い光を放った。

 光が黒い塊に当たると、それは一瞬後退したが、すぐに形を変えて再び迫ってきた。


「思ったより強い……」


 シルフィアは剣を抜いたが、エリスの言う通り、物理的な攻撃が効くとは思えない。


「俺に任せろ」


 右手の紋様を黒い塊に向け、「万物解錠」の力を解き放った。

 光が黒い塊を包み込むと、それは形を失い、霧のように散っていった。


「効いた!」

「『開く者』の力が『混沌の力』に対抗できるんだな」


 シルフィアが安堵の表情を見せた。

 しかし、その安堵も束の間、霧の中からさらに多くの黒い塊が現れ始めた。


「まずい……囲まれるぞ」

「急いで進みましょう!」


 三人は走り始めた。

 シルフィアのペンダントの光を頼りに、霧の中を突き進む。

 黒い塊が追いかけてくるが、俺の力でなんとか撃退しながら前進した。


「どれくらい続くんだ……」


 シルフィアの息が荒くなっていた。

 彼女はまだ完全には回復していない。


「もう少しです」


 エリスが励ました。


「『森の心臓』の光が強くなっています」


 確かに、前方に微かな緑色の光が見え始めていた。

 『森の心臓』の光だ。


「あれだ!」


 力を振り絞って走ると、突然霧が薄くなり、視界が開けた。

 そこには前回見た湖があり、中央には再び島が形成されていた。

 島の上には緑色に輝く『森の心臓』があり、黒い霧を押し返しているようだった。


「何とか……着いたな」


 シルフィアは膝に手をつき、息を整えている。


「『霧の外套』の効果も限界です」


 エリスの杖の光が弱まっていた。


「急いで島に渡りましょう」


 シルフィアは「領界の鍵」を掲げ、湖に向けた。


「領地に続く道よ、目の前に現れよ……」


 ペンダントが輝き、湖の上に水晶の道が現れた。

 前回よりも弱々しいが、渡れないことはない。


「行くぞ」


 三人は急いで道を渡り始めた。

 しかし、途中で道が揺れ、ひび割れが生じ始める。


「急げ!」


 最後の力を振り絞って走り、何とか島にたどり着いた。

 振り返ると、水晶の道は崩れ落ち、湖の水に溶けていった。


「これで……戻れなくなったな」


 シルフィアが呟いた。

 全員が同じことを考えていた。

 成功するか、ここで終わるか……二つに一つだ。


「儀式の準備をしましょう」


 エリスは島の中央に向かった。

 そこには緑色に輝く『森の心臓』があり、周囲を黒い霧が取り囲んでいるが、直接触れることはできないでいた。


「『森の心臓』が『混沌の力』と拮抗している……」


 エリスは地面に魔法陣を描き始めた。


「シルフィアさん、こちらに。トオルさん、あちらに」


 彼女の指示に従い、三人は魔法陣の特定の位置に立った。


「儀式を始めます」


 エリスが詠唱を始めると、魔法陣が淡く光り始めた。


「シルフィアさん、『領界の鍵』を中央に……」


 シルフィアはペンダントを外し、魔法陣の中央に置いた。


「トオルさん、右手を『森の心臓』に向けてください」


 俺は指示通りに右手を掲げた。

 『万物解錠』の紋様が強く輝き始める。


「そして私は……」


 エリスは杖を掲げ、詠唱を続けた。

 三人の力が共鳴し、魔法陣全体が強く輝き始めた。


 その時だった。


「無駄な抵抗だ」


 冷たい声が響き渡った。三人が驚いて振り返ると、そこにはセラフィナの姿があった。

 いや、完全なセラフィナではない。

 半透明の姿で、体の一部が霧のように揺らめいている。


「セラフィナ……!」


 シルフィアが剣を構えた。


「なぜここに……」

「私の存在が『封印』と一体化した。今や私は『混沌の力』の一部だ」


 彼女の姿はより明確になってきた。

 しかし、かつての冷静さはなく、目には狂気の色が宿っていた。


「お前たちの行為は無意味だ。世界は『混沌』に飲み込まれる……それが定めなのだ」

「違う!」


 俺は反論した。


「世界は変わり続けるものだ。『混沌』も『秩序』も、どちらか一方だけが支配すべきではない!」

「愚かな『開く者』よ……」


 セラフィナは手を伸ばした。

 黒い霧が彼女の意思に従うように動き、魔法陣に向かって襲いかかってきた。


「守りましょう!」


 エリスが防御魔法を展開した。

 青白い光の壁が霧を一時的に押し戻す。


「儀式を続けて!」


 シルフィアは剣を抜き、セラフィナに向かって突進した。


「お前は既に敗れている。もう一度倒してやる!」

「ふん、その体で私に挑むとは……」


 二人の戦いが始まる中、俺とエリスは儀式を続けた。

 魔法陣の輝きが強まり、『森の心臓』との共鳴が始まっている。


「もう少しです……」


 エリスの額から汗が流れ落ちる。

 彼女は限界まで魔力を使い、儀式を維持している。


 一方、シルフィアとセラフィナの戦いは苛烈を極めていた。

 シルフィアの剣はセラフィナの霧のような体を捉えきれず、一方セラフィナの攻撃はシルフィアの体力を奪っていく。


「くっ……」


 シルフィアが膝をついた。

 彼女の傷が再び開き、血が滲んでいる。


「弱すぎる……」


 セラフィナが冷笑した。


「お前の努力も、ここで終わりだ」


 彼女は決定的な一撃を放とうとした。


「シルフィア!」


 俺は思わず叫んだ。

 しかし、儀式の途中で動けば、全てが水の泡だ。


 その時、シルフィアは最後の力を振り絞って立ち上がった。


「まだ……終わっていない!」


 彼女は剣ではなく、自分の体でセラフィナの攻撃を受け止めた。


「シルフィア!?」


 彼女の体が宙に浮き、セラフィナの力に包まれていく。


「続けろ……トオル……!  これは……私の役目だ……!」


 彼女の決意に満ちた声に、迷いを捨てた。


「万物解錠!」


 右手から強烈な光が放たれ、『森の心臓』に向かった。

 魔法陣全体が眩い光に包まれ、シルフィアの「領界の鍵」が宙に浮かび上がる。


「創造への道を開け!」


 エリスが最後の呪文を唱えた。

 三つの力が完全に共鳴し、まばゆい光が島全体を包み込んだ。


「な……なんだこれは……!」


 セラフィナの叫び声が聞こえた。

 光の中で、彼女の姿が徐々に崩れていく。


「やめろ……!  秩序が……失われる……!」


 黒い霧が光に触れると、その色が変わり始めた。

 黒から灰色、そして銀色へと。

 霧の性質そのものが変化しているようだ。


「変換が……始まっています……!」


 エリスの声が遠くに聞こえる。

 光があまりにも強く、目を開けていられない。


 シルフィアの姿も光に包まれ、見えなくなった。

 彼女の最後の姿、覚悟を決めた青い瞳の輝きが脳裏に焼き付いている。


「シルフィア!」


 叫びながらも、俺はただ見守るしかなかった。

 儀式は完全に制御を超え、三人の力以上のものとなっていた。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。やがて光が収まり始め、視界が戻ってきた。

 目の前には信じられない光景が広がっていた。


 黒い霧は完全に姿を消し、代わりに銀色の光の粒子が空中を漂っている。

 それは破壊的な力ではなく、生命を育むような優しい光を放っていた。


「成功した……」


 エリスは膝をつき、疲労困憊の様子だった。


「『混沌の力』が『創造の力』に変換された……」


 湖の水は透明さを取り戻し、島の周りに新しい植物が芽吹き始めていた。

 まるで自然そのものが再生しているようだ。


「シルフィアは……!?」


 俺は彼女がいた場所へと駆け寄った。

 そこには倒れたシルフィアの姿があった。

 彼女は目を閉じ、動かない。


「シルフィア!」


 彼女を抱き起こす。

 シルフィアの体は冷たく、息をしていない……。


「嘘だ……」


 俺の目から涙がこぼれ落ちた。


「こんなことのために……」


 エリスも近づき、シルフィアの様子を確認した。


「彼女は……自分の体を犠牲にして、セラフィナを抑え込んだのです。それが儀式の成功を導いた……」

「戻ってくるんだ、シルフィア!」


 俺は彼女の体を強く抱きしめた。


「約束したじゃないか……必ず戻ると……」


 その時、不思議なことが起こった。

 銀色の光の粒子が集まり始め、シルフィアの体を包み込んだ。

 光が彼女の中に吸収されていくようだ。


「これは……」


 エリスが驚いた様子で見守っている。

 光がすべて消えると、シルフィアの体が微かに動いた。


「シルフィア?」


 彼女の瞼がゆっくりと開いた。

 青い瞳が再び光を取り戻している。


「ト……オル……」


 彼女の声は弱々しかったが、確かに生きていた。


「生きてる!  シルフィア!」


 思わず強く抱きしめると、彼女は小さく呻いた。


「痛い……」

「す、すまない」


 慌てて力を緩めると、彼女は微かに笑った。


「私は……どうなった……?」

「『創造の力』が彼女を蘇らせたのです」


 エリスが不思議そうに言った。


「変換された力が、破壊ではなく創造と生命をもたらした……」


 シルフィアはゆっくりと起き上がろうとした。

 彼女の傷は完全に癒えていた。


「セラフィナは……?」

「消えた」


 エリスが答えた。


「『混沌の力』と共に、彼女も変換されたのでしょう」

「そうか……」


 シルフィアの表情には複雑なものがあった。

 敵ではあったが、同じ信念を持った者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。


「儀式は成功したようだな」


 彼女は周囲を見回した。

 森が急速に元の姿を取り戻しつつあった。

 銀色の粒子は光になり、空へと上昇していく。


「帰ろう」


 俺はシルフィアを支え、立ち上がった。


「みんなが待っている」

「ええ、急ぎましょう」


 エリスも頷いた。

 しかし、一つ問題があった。

 水晶の道は既に消えており、湖を渡る手段がない。


「どうやって戻る……?」


 エリスが困惑して湖を見つめた。

 その時、水面に優しい波紋が広がり始めた。

 やがて水面から何かが浮かび上がってきた。

 それは…… 銀色の光で形作られた小さなボートだった。


「これは……」


 シルフィアが不思議そうに見つめる。


「『創造の力』が私たちに道を示しているのでしょう」


 エリスが理解したように言った。


「森と『森の心臓』が、私たちの帰還を手助けしてくれているのです」

「せっかくの申し出だ。ありがたく使わせてもらおう」


 三人は銀色のボートに乗り込んだ。

 乗った途端、ボートは自ら動き始め、湖を渡っていく。

 岸に着くと、ボートは光となって消えた。


「不思議な体験だな」


 シルフィアが感慨深げに言った。


 森を抜けると、想像以上の光景が広がっていた。

 銀色の光の粒子が森全体に広がり、枯れていた草木が一斉に芽吹き、新しい生命に満ちあふれていた。

 大地は活力を取り戻し、空は澄み渡っていた。


「世界が再生している……」


 エリスが感動した様子で周囲を見回した。


「『混沌の力』が『創造の力』に変わり、新たな命を生み出しているのです」

「森が美しくなった……」


 シルフィアはペンダントを取り出した。

 『領界の鍵』は儀式の間、魔法陣の中央にあったはずだが、いつの間にか彼女の元に戻っていた。

 不思議なことに、ペンダントの青い石は以前よりも鮮やかに輝いていた。


「鍵も変化したようだな」

「ええ、より強い力を宿しているように感じます」


 アルカニアに戻る道中、三人は黙々と歩き続けた。

 疲労困憊ではあったが、心は充実感に満ちていた。


 街に近づくと、まるで出迎えるかのように、クロエとミーシャが走ってきた。


「トオルさーん!  シルフィアさーん!  エリスさーん!」


 ミーシャが嬉しそうに手を振りながら駆けてきた。


「無事だったのね!」


 クロエも安堵の表情で近づいてきた。

 彼女の目には涙が光っている。


「もう……心配したんだから!」

「すまない、心配させて」


 ミーシャは躊躇なく俺に飛びついてきた。


「トオルさん、森がキレイになったよ!  空から黒い雲が消えて、銀色の光がきらきら降ってきたの!」

「うん、俺たちも見たよ」

「街の人たちも喜んでるわ!」


 クロエが報告した。


「黒い霧が消えて、みんな外に出てきたの。お祭りみたいになってるわよ」


 五人はようやく再会を喜び合った。

 ミーシャは興奮してぴょんぴょん跳ねながら話し続け、クロエはシルフィアの無事を確認して安心したようだった。

 エリスも疲れた表情ながらも、満足そうに微笑んでいた。


 『賢者の休息』に戻ると、宿主が大歓迎で迎えてくれた。

 街全体が祝祭ムードに包まれ、人々は復活した世界を祝っているようだった。


 部屋に戻り、全員でようやく休息を取ることができた。

 三人は冒険の詳細を語り、クロエとミーシャは街での様子を報告し合った。


「セラフィナは……本当に消えてしまったのね」


 クロエが静かに言った。


「ええ。しかし、単純に消滅したわけではありません」


 エリスが説明した。


「彼女も『混沌の力』と共に『創造の力』に変換されたのでしょう。その証拠に……」


 彼女は窓の外を指差した。

 銀色の光の粒子が風に乗って舞っている。


「あの銀色の光……それがかつてのセラフィナと『混沌の力』なのかもしれません」

「皮肉な結末だな」


 シルフィアが感慨深げに言った。


「彼女は世界に『施錠』をかけようとしたが、結果的に世界をより良く変える力となった」

「でも、これで一件落着ね?」


 クロエが尋ねた。

 エリスは少し考え込んだ後、首を振った。


「私はそうは思いません。今回の事件の背後には、もっと大きな力が働いているように感じます」

「施錠騎士団のことか?」

「ええ。セラフィナは一人の執行官に過ぎませんでした。組織全体はまだ存在しているはずです」

「それに……」


 シルフィアがペンダントを見つめながら言った。


「『森の心臓』の近くで見た黒い穴……あれは何だったのだろう」

「おそらく古代の封印の一部でしょう」


 エリスが推測した。


「今回は『混沌の力』を変換することに成功しましたが、封印の中にはまだ未知の力が眠っているかもしれません」

「つまり、まだ終わっていないということか」

「ええ。しかし今は……休息も必要です」


 確かにそうだ。

 ロード・Xの件もあれば、施錠騎士団の謎もある。

 そして、「開く者」としての使命も明らかになってきた。

 だが、一度立ち止まり、これまでの成果を確認する時間も必要だ。


「シルフィア、お前はどうするつもりだ?」


 彼女は窓の外を見つめながら答えた。


「ロード・Xの証拠を王都に持っていき、家の名誉を回復させる。そして……」


 彼女は少し迷った様子だったが、決意を固めたように続けた。


「私もまだやるべきことがある。『領界の鍵』の真の目的と、ヴァレンタイン家の使命を探るつもりだ」

「エリスは?」

「私はもっと『施錠の書』を研究したいです」


 彼女は眼鏡を直しながら答えた。


「そして……トオルさんの『万物解錠』の力についても、もっと調査したいと思います」

「そう、研究材料として見られているのね、トオルくん」


 クロエがクスクスと笑った。


「だったら私も一緒に行くわ。アルカニアでの情報収集はもう十分。もっと面白いところに行きたいの」

「ミーシャも行く!」


 リス耳の少女が元気よく手を挙げた。


「みんなと一緒にいたいの!」


 俺は笑顔で頷いた。


「ありがとう、みんな。俺もまだやるべきことがある。この『万物解錠』の力の本当の意味を知りたい」


 この冒険は終わったが、新たな旅の始まりでもある。

 セラフィナとの対決は、氷山の一角に過ぎないのかもしれない。


「まずは王都に向かうか」


 シルフィアの提案に、全員が同意した。


「少し休息を取ってから」


 クロエが付け加えた。


「特にあなた、シルフィア。死にかけたんでしょ?」

「そ、そんなことはない! 騎士としての修練が……」

「はいはい、強がりさんね」


 クロエが茶化すと、シルフィアは珍しく言葉に詰まった。

 彼女の頬が赤く染まっている。


「貴様!  いちいち……」

「ふふ、恥ずかしがりやさんなのね」


 クロエがますますからかうと、シルフィアはさらに動揺した。


「なっ……!  トオル、こいつを何とかしろ!」

「え?  俺が?」


 突然振られて困惑する俺を見て、部屋中に笑い声が広がった。


「みんな、本当に……ありがとう」


 俺は心からそう思った。

 異世界に来て、『万物解錠』という力を得て、そして何より大切な仲間たちと出会えた。

 彼女たちがいなければ、ここまで来ることはできなかった。


 夕暮れが近づき、窓の外には銀色の光が舞っていた。

 それは『創造の力』となった『混沌の力』の名残り。

 かつての敵が、今は世界を彩る美しい光となっている。


 これからの旅は、さらなる困難が待ち受けているだろう。

 しかし、この仲間たちと共にならば、どんな錠も開けられるはずだ。


 俺は右手の紋様を見つめた。

 『万物解錠』の力……それは単に物理的な錠を開けるだけではなく、世界の可能性を開く力なのかもしれない。


 そして何より、人々の心の扉を開き、新たな絆を作り出す力でもある。


 シルフィアとクロエの口喧嘩、エリスの冷静な分析、ミーシャの無邪気な笑顔……この光景こそが、俺にとっての宝物だった。


「さあ、明日からまた新しい旅だ」


 窓の外を見つめながら、そう呟いた。

 銀色の光が舞う空の彼方には、まだ見ぬ冒険が待っている。



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