表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/21

第4章:銀髪の執行官(5)

 夜の闇が辺りを包み込んだ頃、俺たちは塔の裏側に忍び寄った。

 月明かりが塔の輪郭を銀色に縁取り、その名の「月光の塔」という名にふさわしい神秘的な光景だった。

 しかし、その美しさの裏には危険が潜んでいる。


「結界が見えます」


 エリスが低い声で言った。

 彼女には魔力の流れが視えるらしい。


「塔全体を覆っていますが、屋上付近がわずかに薄くなっています」

「そこを突くしかないな」


 俺たちは、エリスの導きで塔の真後ろに位置を取った。

 ここなら、正面の見張りからは死角になる。


「まず結界に穴を開けます」


 エリスは杖を掲げ、静かに呪文を唱え始めた。

 魔法の波動が徐々に集まり、彼女の杖の先端が青白く輝く。


「次にミーシャの力を借ります」


 ミーシャは素早く木を登り、エリスの魔法の届く範囲で待機した。

 彼女の役目は、最初に侵入して内側から窓を開けることだ。


「準備ができました」


 エリスの杖から青い光が放たれ、塔の結界に向かって飛んでいった。

 光が結界に触れると、そこに小さな穴が開いた。


「今よ、ミーシャ!」


 ミーシャは木から飛び出し、エリスの魔法「風の梯子」を伝って塔の屋上へと向かった。

 彼女の身軽さは見事で、あっという間に屋上の窓に到達した。


「うまくいったわ!」


 クロエが小声で喜んだ。

 ミーシャは窓を調べ、何かの合図をした。

 どうやら窓は施錠されているようだ。


「ここからが難しい……」


 エリスが緊張した表情で呟いた。


「結界の穴を維持しながら、窓も開けなければ……」

「俺に任せて」


 右手の紋様を窓に向け、意識を集中させる。

 距離はあるが、『万物解錠』の力が届くはずだ。


「万物解錠」


 低く呟くと、紋様から光が放たれ、窓に届いた。

 カチリという小さな音とともに、窓の錠が外れる。

 ミーシャは素早く窓を開け、中に入った。


「成功したぞ」


 数秒後、窓からロープが下ろされた。

 ミーシャが中から固定してくれたのだ。


「次はクロエの番だ」


 クロエはロープを使って俊敏に登っていった。

 彼女も商人とは思えない身のこなしの持ち主だ。


「シルフィア、次はお前だ」


 シルフィアは少し重装備だが、騎士としての訓練のおかげか、難なくロープを登っていった。


「エリス、大丈夫か?」

「はい……」


 彼女は明らかに魔力の消耗が激しく、額に汗を滲ませていた。


「結界の穴を維持するのが……難しくなってきました……」

「急ごう」


 俺はエリスを支えながら、一緒にロープを登った。

 彼女は体力的に厳しそうだったが、何とか屋上まで到達した。

 全員が窓から中に入り、エリスは結界の穴を閉じる魔法を解いた。


「はぁ……はぁ……」


 彼女は激しく息を切らしていた。


「少し……休ませてください……」

「大丈夫か?」

「問題ありません。少し魔力を使いすぎただけです」


 屋上の部屋は、何かの観測室のようだった。

 星を観測するための道具が配置されているが、長い間使われていない様子だ。


「ここから下の階への入口は?」


 シルフィアが部屋を見回した。


「あった」


 クロエが床の一部を指差した。

 そこには小さな扉があり、下へと続く階段が見えた。


「静かに進もう。セラフィナは最上階の大広間にいるはずだ」


 俺たちは音を立てないように慎重に階段を降りていった。

 一階下はどうやら書庫のようで、古い本や巻物が並んでいた。

 誰もいない。


 さらに階段を降りると、今度は魔法の実験室らしき部屋だった。

 様々な器具や薬品が並び、中央には大きな魔法陣が描かれている。

 ここにも人の気配はなかった。


「変ね……」


 クロエが小声で言った。


「警備が薄すぎるわ」

「油断するな」


 シルフィアは手を剣の柄に置いたまま、神経を研ぎ澄ませていた。

 さらに下の階に降りると、突然空気が重くなった。

 強い魔力の波動を感じる。


「ここが『封印の間』だ」


 エリスが小声で言った。


「セラフィナはこの先にいるはずです」


 部屋の中央に大きな扉があり、そこからわずかに光が漏れていた。

 扉に近づくと、中から声が聞こえてきた。


「……儀式の準備は整った。あとは『森の心臓』の力が最高潮に達するのを待つだけだ」


 セラフィナの冷たい声だ。


「執行官様、このまま儀式を続行して良いのでしょうか?」


 別の声が答えた。どうやら騎士団の部下のようだ。


「あの『開く者』が邪魔をする可能性があります」

「心配無用だ」


 セラフィナの声には軽蔑が混じっていた。


「あの程度の力では、この塔の結界すら破れまい。それに……」


 一瞬、沈黙があった。


「奴らはすでに罠にはまっている」


 俺たちは顔を見合わせた。

 まずい、気づかれているのか?


「今すぐ退くべきか?」


 シルフィアが小声で尋ねた。

 しかし、その時だった。

 突然、扉が勢いよく開き、中から強烈な魔力の波動が押し寄せてきた。


「来るのが遅いぞ、『開く者』よ」


 セラフィナが立っていた。

 長い銀髪を後頭部でまとめ、黒と白の制服に身を包んだ彼女の姿は、前回会った時と変わらない。

 しかし、その目には冷たい勝利の色が宿っていた。


「罠だったのか……」


 俺たちは一斉に戦闘態勢を取った。

 シルフィアは剣を抜き、クロエは投げナイフを手に取り、エリスは魔法の詠唱を始めた。

 ミーシャは少し後ろに下がり、投石の準備をしている。


「無駄だ」


 セラフィナは右手を軽く挙げ、「施錠」と呟いた。

 その瞬間、クロエとミーシャの体が突然動かなくなった。

 まるで空間そのものに閉じ込められたかのようだ。


「うっ……動けない!」


 クロエが苦しそうに呟いた。


「ミーシャ!」


 彼女も同様に動けなくなっていた。

 怯えた表情で目だけを動かしている。


「汝の魔法、封じる」


 セラフィナは次にエリスに向かって手を伸ばした。

 エリスの周りの空気が凍りつき、詠唱中だった魔法が突然途切れた。


「な……私の魔力が……」

「さて、残るは二人か」


 彼女の冷たい視線が、シルフィアと俺に向けられた。


「騎士の娘と『開く者』……いずれも排除すべき敵だ」

「お前の目的は何だ!」


 シルフィアが剣を構えながら問いただした。


「なぜ『森の心臓』の力を暴走させる?  多くの人々が危険にさらされているぞ!」

「それは意図したことではない」


 セラフィナは平然と答えた。


「お前たちが儀式を妨害したからだ。本来なら、世界に完全な『施錠』をかけ、混沌を永遠に封じるはずだった」

「世界に施錠だと?  そんなことをして何になる?」

「秩序だ」


 彼女の瞳に一瞬、感情の炎が宿った。


「無秩序な変化こそが世界の混沌の源。『施錠』によって、すべてを完璧に管理下に置くことこそが、真の平和への道なのだ」

「それは平和ではなく、停滞だ!」


 俺は反論した。


「世界から可能性を奪い、変化を止めるなど、生きることの否定ではないか!」

「黙れ、『開く者』」


 セラフィナの声が鋭くなった。


「お前のような存在こそ、最も危険だ。すべての『錠』を開き、無秩序と混沌をもたらす……」


 彼女は俺に向かって歩み寄ってきた。

 手には青白く光る小さな石切れを握っていた。

 おそらく『封印の欠片』だ。


「だが、今回は手遅れだ。見よ」


 彼女は窓の外を指差した。

 空全体が緑色に染まり、稲妻のような光が走っている。


「『森の心臓』の力は暴走を始めた。これを鎮めるには、新たな『施錠』をかけるしかない」

「それこそが、お前の狙いではないのか?」

「ふん、少しは頭があるようだな」


 セラフィナは冷笑した。


「そう、この混乱を利用して、より強力な『施錠』をかけるつもりだ。そのために『封印の欠片』を使う」


 彼女は手の石を掲げた。


「これさえあれば、『森の心臓』の力を我が物とし、世界に永遠の秩序をもたらすことができる」

「させるか!」


 シルフィアが一気に踏み込み、セラフィナに斬りかかった。

 しかし、彼女は軽く左手を挙げただけで、シルフィアの体が宙に浮いた。


「な……!」

「施錠」


 再び、あの呪文。

 シルフィアの体も動かなくなった。

 剣を振り上げたまま、空中に固定されている。


「無駄な抵抗だ」


 セラフィナは視線を俺に戻した。


「さて、『開く者』よ。お前の力、永遠に封じよう」


 彼女が右手を伸ばしてきた。

 前回のような施錠をかけようとしているのだ。

 しかし、今度は準備がある。


 俺はミーシャの青い石を強く握りしめ、右手の紋様に力を込めた。


「万物解錠!」


 光がセラフィナの「施錠」と衝突する。

 二つの力がぶつかり合い、部屋全体に魔力の波動が広がった。


「なに……!?」


 セラフィナの表情が初めて崩れた。

 彼女の「施錠」が効かないことに驚いているようだ。


「前回とは違うぞ」


 俺は一歩前に踏み出した。右手の光がさらに強くなる。


「万物解錠!」


 今度は攻撃的に紋様の力を放った。

 光がセラフィナを包み込む。

 彼女は咄嗟に防御の魔法を展開したが、完全には防ぎきれなかったようだ。


「くっ……」


 彼女がわずかに後退した。

 その隙に、仲間たちにかけられた「施錠」が弱まった。

 シルフィアが動けるようになり、床に降り立った。


「トオル、今だ!」


 彼女の声に応え、俺はセラフィナに向かって突進した。

 目指すは彼女の手にある『封印の欠片』だ。


 セラフィナは素早く身をかわしたが、完全には避けられなかった。

 俺の右手が彼女の腕に触れ、『封印の欠片』にも接触した。


 その瞬間、予想外のことが起きた。


『封印の欠片』が強烈に反応し、まばゆい光を放ったのだ。

 その光が俺の右手の紋様と共鳴し、部屋全体を白い閃光で満たした。


「なっ……何をした!?」


 セラフィナの声には、初めて恐怖が混じっていた。

 光が収まると、彼女の手から『封印の欠片』が消えていた。

 代わりに、俺の右手に吸収されたようだ。

 紋様の中に、欠片のパターンが追加されているのが見える。


「貴様……欠片を奪ったな!?」

「これが『開く者』の力か……」


 俺自身も驚いていた。

 意図したわけではないが、『万物解錠』の力が『封印の欠片』を取り込んだようだ。


「絶対に許さん!」


 怒りに震えるセラフィナの姿は、もはや冷静な執行官のものではなかった。

 彼女は両手を広げ、強大な魔力を集め始めた。


「今度こそ、お前たちを永遠に封じる!」


 部屋全体が振動し、天井から塵が落ちてくる。

 セラフィナの力は尋常ではない。


「みんな、撤退だ!」


 俺は仲間たちに叫んだ。

 既にクロエとミーシャも動けるようになっていた。

 エリスの魔力も少しずつ戻ってきているようだ。


「逃がさん!」


 セラフィナが強力な魔法を放った。

 黒い光の束が俺たちに向かって飛んでくる。


「させるか!」


 シルフィアが剣を振るい、光を切り裂いた。

 彼女の剣が青く輝き、魔法を一時的に押し返す。


「トオル、みんなを連れて先に行け!」

「シルフィア!」

「心配するな!  すぐに追いつく!」


 彼女の決意に満ちた表情に、諦めざるを得なかった。


「分かった。必ず戻ってこい!」


 クロエとミーシャを促し、エリスを助けながら階段を駆け上がる。

 後ろでは、シルフィアとセラフィナの激しい戦いの音が聞こえていた。


「シルフィアは大丈夫?」


 ミーシャが震える声で訊いた。


「彼女なら……」


 言いかけた時、背後で巨大な爆発音がした。

 塔全体が揺れ、階段の一部が崩れ落ちる。


「シルフィア!」


 振り返ろうとした時、彼女の姿が見えた。

 全身に傷を負いながらも、必死に階段を駆け上がってくる。


「急げ! この塔が崩れる!」


 全員で急いで上階へと向かった。

 観測室まで戻り、来た時の窓から外を見ると、塔全体が揺れ、亀裂が走っている。


「どうやって降りる?」

「こっちよ!」


 クロエが反対側の窓を指差した。

 そこには、塔に繋がる大きな木があった。


「あの木を伝って降りられるわ!」


 みんなが次々と窓から木に移動していく。

 エリスはまだ魔力が弱く、ミーシャが手伝いながら移動させた。


「シルフィア、早く!」


 最後にシルフィアが窓に到達した時、塔の崩壊はさらに進んでいた。

 彼女が木に飛び移った瞬間、塔の上部が大きく崩れ始めた。


「間一髪だ……」


 全員が木を伝って地上に降り、塔から離れた。

 振り返ると、「月光の塔」は見る見るうちに崩れ落ちていった。

 最後に轟音と共に、塔は完全に崩壊した。


「セラフィナは?」

「分からない……」


 シルフィアは疲れ切った様子で答えた。


「最後の爆発で吹き飛ばされたが……あの女、簡単には死なないだろう」

「『封印の欠片』は無事?」


 エリスが俺の右手を見た。

 紋様はまだ強く輝いており、その中に『封印の欠片』のパターンが組み込まれていた。


「ああ、なんとか……」

「目的は果たせたわね……」


 クロエがひどく疲れた表情で言った。

 普段の余裕はなく、真剣な表情だ。


「でも、ぎりぎりだったわ……」

「早くアルカニアに戻るぞ」


 シルフィアが空を見上げた。

 緑の光はさらに強くなっており、時折稲妻のような光が走っている。


「『森の心臓』の暴走は加速している。時間がない」

「行こう」


 全員が疲労困憊だったが、急いでアルカニアへと向かい始めた。

 夜空を覆う緑の光の下、俺たちはセラフィナとの激闘を辛うじて生き延び、『封印の欠片』を手に入れることができた。

 しかし、これで全てが終わったわけではない。

 むしろ、本当の挑戦はこれからだ。


 アルカニアに戻り、『究極ツール』を作り、『森の心臓』の暴走を止めなければならない。

 その道のりは、決して平坦ではないだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ