表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/21

第4章:銀髪の執行官(4)

 翌朝、俺たちは早々に準備を整え、アルカニアを出発した。

 街の上空の緑色の光はさらに強くなり、街の人々の間にも動揺が広がっていた。


「異変が加速しているわね」


 クロエが心配そうに空を見上げながら言った。

 彼女は昨夜の会話を忘れたかのように、普段通りの態度だった。

 その方が気が楽なのかもしれない。


「急ぐ必要があります」


 エリスがうなずいた。

 彼女は「施錠の書」から重要な情報を抜き出し、メモにまとめていた。


「『月光の塔』までは、北の街道を半日ほど進んだ場所です。森の境界近くの小さな丘の上に建っているはずです」

「あの塔なら知ってるよ!」


 ミーシャが楽しげに言った。

 リス族の彼女は不安も見せず、むしろ冒険に出かけるような高揚感を感じているようだった。


「ミーシャ、前に素材採りに行ったことがあるの。変な魔力を感じたから、遠くから見ただけだけどね」

「道案内をたのむぞ」


 シルフィアは真面目な表情で言った。

 彼女は昨夜から一段と引き締まった表情で、騎士としての覚悟が感じられる。


「気をつけて行きましょう」


 五人は北へと向かった。

 アルカニアを出た直後から、周囲の景色が少しずつ異変を見せ始めている。

 木々の葉が緑色に発光し、動物たちの行動も奇妙だった。

 鳥が逆方向に飛んだり、小動物が不自然に同じ方向に走り去ったりしていた。


「森の異変が森の外まで及んでるわ」


 クロエが指摘した。


「時間がないわね」


 道を急ぎながら、俺は作戦について最終確認をした。


「まず、塔の周囲を偵察する。警備の状況、入口の位置、施錠の状態などを確認する」

「私が偵察します」


 クロエが率先して言った。


「隠密行動には自信があるわ」

「私も手伝うよ!」


 ミーシャも手を挙げた。


「木に登って高いところから見られるし!」

「ありがとう。二人に偵察を任せる」

「塔内部の構造について、「施錠の書」に何か書かれていないか?」


 シルフィアがエリスに尋ねた。


「断片的な情報ですが、いくつか記述があります」


 エリスはメモを確認しながら答えた。


「塔は五層構造で、最上階に『封印の間』と呼ばれる部屋があります。おそらく『封印の欠片』はそこに保管されているでしょう」

「かなり厳重に守られているだろうな」

「間違いありません。施錠騎士団の『施錠』技術は相当なものです」

「だからこそ、俺の『万物解錠』が必要になるわけだ」

「ええ。しかし……」


 エリスは少し言葉を詰まらせた。


「トオルさんの力はまだ完全に回復していませんよね?」

「ああ、心配しているほど悪くはないが、全力ではない」

「うーん」


 ミーシャが考え込んだ様子で言った。


「トオルさん、これ使ってみる?」


 彼女はポケットから小さな青い石を取り出した。


「旅の途中で見つけたんだ。魔力が溜まってるみたいだよ」

「これは……」


 エリスが石を見て驚いた様子を見せた。


「『天空の雫』の結晶化したものです!  非常に希少な魔力源なのに、どうやって……」

「森で拾ったの!」


 ミーシャは天真爛漫に答えた。


「きれいだから取っておいたんだ〜」

「素晴らしい発見です」


 エリスは石を慎重に調べた。


「これを使えば、トオルさんの力を一時的に増強できるでしょう。まさに今回の作戦に打ってつけです」

「本当か?  ありがとう、ミーシャ」


 俺は感謝を伝えた。

 彼女は照れくさそうに耳をピクピクさせた。


「ミーシャ、トオルさんのお役に立てて嬉しいの!」


 半日ほど歩いた頃、前方に小さな丘が見えてきた。

 そして、その上に建つ古びた塔が目に入った。

 それは「月光の塔」……施錠騎士団の前哨基地だった。


「あれだな」


 シルフィアが低い声で言った。


「この先は慎重に進もう」


 塔に近づくにつれ、周囲の気配が変わってきた。

 まるで空気が凝固して重くなったような感覚だ。

 これは魔力の密度が高まっているということだろう。


「まずい雰囲気だわ……」


 クロエが違和感を察したように耳を動かした。


「塔から特殊な魔力が漏れています」


 エリスが説明した。


「施錠騎士団特有の『施錠』の波動です」


 丘のふもとの茂みに隠れ、塔を観察する。

 それは灰色の石で作られた古い塔で、高さは30メートルほど。

 窓は少なく、入口らしきものは一つしか見えない。

 塔の周囲には結界が張られているようで、かすかに空気が揺らめいていた。


「クロエ、ミーシャ、偵察を頼む」


 二人は頷き、それぞれ別方向から塔に近づいていった。

 クロエは地面を這うように進み、ミーシャは木々を伝って高い場所へと移動する。


 彼女たちが戻ってくるまでの間、残りの三人は作戦の最終確認をした。


「『封印の欠片』を手に入れたら、どうやって『森の心臓』を安定させるんだ?」


 俺はエリスに尋ねた。


「『施錠の書』によれば、『究極ツール』を作り、『領界の鍵』と組み合わせて使う必要があります」


 彼女は指を折りながら説明した。


「『封印の欠片』の他に、高純度の魔力結晶と星屑鋼が必要です。魔力結晶はアルカニアで入手できますが、星屑鋼は既にトオルさんが所持していますね」

「ああ、前回の準備で用意してある」

「素材が揃えば、トオルさんの『万物解錠』の力と私の魔法知識を組み合わせて『究極ツール』を制作できるはずです」

「仕組みとしては?」

「『領界の鍵』が地脈と繋がる特性を持ち、『封印の欠片』が『森の心臓』と共鳴する。それを『究極ツール』で結びつけることで、暴走した力を元に戻すことができるというわけです」

「なるほど……」


 シルフィアがペンダントを握りしめた。


「私の鍵の役割は大きいようだな」

「はい。ヴァレンタイン家の『領界の鍵』が、この計画の要となります」


 しばらくして、クロエとミーシャが戻ってきた。

 二人とも緊張した面持ちだ。


「どうだった?」

「……まずいわね」


 クロエが小声で報告した。


「入口には二人の騎士団員が立っているわ。それに、塔全体が強力な結界で覆われている。普通の方法では近づけないわ」

「ミーシャは?」

「うん、屋上から覗いてみたんだ」


 彼女は少し震える声で続けた。


「最上階には大きな部屋があって、銀髪の怖い人がいたよ……」

「セラフィナ!?」


 全員が緊張した。

 まさか本人がここにいるとは。


「彼女が何をしていたんだ?」

「なんか……儀式みたいなことをしてたの。手には変な光る石みたいなものがあった」

「『封印の欠片』だ」


 エリスが確信したように言った。


「彼女が直接持っているなら、奪うのはさらに難しくなります」

「別の方法を考えるべきでは?」


 シルフィアが提案した。


「正攻法で挑めば、全滅は避けられない」

「いや……」


 俺は考え込んだ。

 確かに危険は大きいが、今更引き返すわけにはいかない。


「俺たちには、彼らにはない武器がある」

「何?」

「不意打ちと、万物解錠だ」


 俺は作戦を練り直した。


「エリス、塔の結界を一時的にでも弱められないか?」

「完全に解除するのは不可能ですが……」


 彼女は少し考えた後、頷いた。


「一点に集中して、一瞬だけ穴を開けることはできるかもしれません」

「それで十分だ。その隙に俺たちが侵入する」

「入口から入るの?」


 クロエが不安そうに尋ねた。


「さすがに無理があるわ」

「いや、屋上からだ」


 みんなが驚いた表情になる。


「ミーシャが見つけた屋上の窓から侵入する。エリスの魔法で上まで行けるだろう?」

「……可能です」


 エリスは少し考えた後、答えた。


「ただし、短時間しか維持できません」

「それでいい。一気に最上階に乗り込み、セラフィナから『封印の欠片』を奪う」

「無謀すぎる」


 シルフィアが眉をひそめた。


「セラフィナの力は尋常ではない。正面から挑んでも……」

「だからこそ、奇襲が必要なんだ」


 俺は真剣な表情で説明した。


「彼女は強いが、過信もしている。自分の結界と施錠を完璧だと思っているはずだ。その思い込みにつけ込む」

「理論上は可能ですが……」


 エリスも不安そうだった。


「確実に実行できる保証はありません」

「大丈夫だ」


 俺は右手の紋様を見せた。

 既に前よりも強く輝いている。


「ミーシャの石も使う。一瞬だけでも、セラフィナの『施錠』を破る力にはなる」


 みんなは迷いながらも、他に選択肢がないことを理解していた。


「……やるしかないわね」


 クロエが意を決したように頷いた。


「どうせなら、派手にやりましょ」

「ミーシャも頑張る!」


 ミーシャは不安と闘いながらも、元気よく手を挙げた。

 シルフィアは最後まで躊躇していたが、やがて決断した。


「分かった。だが、無理はするな。何かあれば即座に撤退だ」

「了解」


 作戦が決まり、俺たちは準備を始めた。

 エリスは魔法の詠唱の練習を、クロエは煙玉などの小道具を確認し、シルフィアは剣の手入れをしている。

 ミーシャは近くの木に登り、塔の様子を見張っていた。


 俺は、ミーシャからもらった青い石を握り、『万物解錠』の力を高めようと集中した。

 石から涼しげな力が流れ込み、右手の紋様がより鮮明になっていくのを感じる。


「そろそろ夕暮れだ」


 シルフィアが西に傾いた太陽を見上げた。


「日が沈んでから行動しよう」


 全員が同意し、最後の準備を整えた。

 緊張感が高まる中、太陽はゆっくりと地平線に沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ