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第4章:銀髪の執行官(3)

 宿に戻った俺たちは、すぐに部屋に集まり、今後の対策を協議し始めた。


「まず、証拠の件だが……」


 シルフィアが黒い箱を開け、中身を再度確認した。


「正規のルートで当局に提出する時間はなさそうだ。この状況では、『森の心臓』の問題を優先せざるを得ない」


「どうやって対処するの?」


 クロエが尋ねた。


「セラフィナの計画は止めたけど、『森の心臓』の力は制御不能になってるのよね?」

「そうです」


 エリスが説明した。

 彼女は「施錠の書」を開き、ページをめくりながら話し始めた。


「この本によれば、『森の心臓』は古代に作られた『封印の要』。本来は古代の混沌の力を封じ込めるためのものです」

「『混沌の力』?」

「詳細は不明ですが、太古の時代、世界を脅かした強大な力だそうです。それを抑えるために、賢者たちが『森の心臓』を作り出したのです」


 彼女はさらにページをめくった。


「しかし、『森の心臓』には両面性があります。封印を維持する力であると同時に、その力を別の形で使えば、封印を解くこともできるのです」

「セラフィナは封印を解こうとしていたのか?」


 シルフィアが眉をひそめた。


「いいえ、逆です」


 エリスは首を振った。


「彼女は封印をさらに強化しようとしていました。それも極端なまでに」

「どういうこと?」

「施錠騎士団の創設理念によれば、世界の『秩序』と『安定』こそが最高の価値とされています。彼らは変化や可能性を『混沌』と見なし、それを極度に恐れているのです」

「つまり、彼女は『森の心臓』の力を使って、世界そのものに『施錠』をかけようとしていたってこと?」


 クロエが理解したように言った。


「そう考えると筋が通るわね」

「ええ」


 エリスは重々しく頷いた。


「私たちがその儀式を中断したことで、『森の心臓』の力は暴走している状態です。このままでは周囲の自然が歪み、やがて人々にも影響が及ぶでしょう」

「どうすれば止められる?」


 ミーシャが不安そうに訊いた。

 彼女の大きな耳がピクピクと動いている。


「『森の心臓』の力を安定させる必要があります」


 エリスは本を参照しながら続けた。


「それには、『領界の鍵』で『森の心臓』にアクセスし、暴走している力を元に戻さなければなりません」

「つまり、もう一度聖域に行かなきゃならないの?」


 クロエが驚いた声で訊いた。


「あの危険な森を通って?」

「残念ながら、その通りです」


 エリスは厳しい表情で頷いた。


「しかし、今度は正しい儀式を行う必要があります。そのためには……」


 彼女は少し言葉を詰まらせた。


「より強力な道具が必要です。通常の装備では『森の心臓』の暴走した力には耐えられません」


 全員の視線が俺に集まった。


「『万物解錠』の力を最大限に活かせる道具……究極ツールを作るということか」

「はい」


 エリスが頷いた。


「トオルさんの力と、シルフィアさんの『領界の鍵』、そして私たちの協力があれば、可能かもしれません」

「必要な素材は?」

「いくつか特殊なものが必要です」


 エリスはリストを作り始めた。


「高純度の魔力結晶、星屑鋼、そして……」


 彼女はしばらく考え込んだ後、「施錠の書」の一節を指差した。


「『封印の欠片』。古代の封印の一部で、『森の心臓』と同調する力を持つとされています」

「そんなもの、どこにあるの?」

「『封印の欠片』は、セラフィナが持っている可能性が高いです」


 エリスの言葉に、部屋の空気が凍りついた。


「セラフィナから奪うだって?」


 クロエが声を震わせた。


「あの恐ろしい女から?  冗談じゃないわ!」

「彼女の力は尋常ではない」


 シルフィアも厳しい表情で言った。


「前回の対峙では、ほとんど敵わなかった」

「でも、他に選択肢はありません」


 エリスは決然と言った。


「『封印の欠片』がなければ、『森の心臓』の力を制御できません。このままでは、アルカニア全体が破壊されるでしょう」

「彼女はどこにいるの?」


 ミーシャが小声で訊いた。


「施錠騎士団の本拠地は不明ですが……」


 エリスが再び「施錠の書」を参照した。


「各地に前哨基地を持っているとされています。この地域には、『月光の塔』と呼ばれる場所があるようです」

「月光の塔?」

「アルカニアの北、約半日の距離にある古代の遺跡です。かつては魔術研究所でしたが、今は放棄されています。正確には……放棄されたように見せかけているのでしょう」

「そこに行くべきか……」


 シルフィアが考え込んだ。


「危険は承知だが、他に方法はなさそうだな」

「でも、どうやって『封印の欠片』を手に入れるの?」


 クロエが不安そうに尋ねた。


「セラフィナと正面から戦っても勝ち目はないわ」

「潜入作戦だな」


 俺は決断した。

 みんなの視線が集まる。


「正面突破ではなく、隠密に侵入し、『封印の欠片』だけを狙う。闇討ちのようだが、今は手段を選んでいられない」


 俺はみんなに向かって続けた。


「ミーシャの身軽さとクロエの隠密能力、エリスの魔法、シルフィアの戦闘力、そして俺の『万物解錠』。それぞれの力を組み合わせれば、成功の可能性はある」

「……そうだな」


 シルフィアが徐々に頷いた。


「正攻法では勝てないなら、知恵と工夫で勝負するしかない」

「ミーシャも頑張る!」


 ミーシャが元気よく手を挙げた。


「森のことならミーシャにお任せ!」

「ま、やるしかないわね」


 クロエもため息混じりに同意した。


「それに、あの気味の悪い女に一泡吹かせたいという気持ちはあるわ」

「では、明日にでも『月光の塔』に向かいましょう」


 エリスが提案した。


「その前に、可能な限りの準備をしておくべきです」

「そうだな」


 俺は頷いた。


「今日は休息して、明日の作戦を練ろう。時間が限られているが、万全の準備をしたい」


 こうして、俺たちは新たな危険な任務に向けて準備を始めることになった。

 明日は施錠騎士団の拠点に乗り込み、セラフィナから『封印の欠片』を奪うという無謀とも思える作戦だ。

 

 成功すれば、『森の心臓』を安定させる究極ツールを作れるかもしれない。

 失敗すれば……考えたくもない。


 夜、他のみんなが休んでいる間、俺は一人、星空の下で考え事をしていた。

 宿の屋上に上り、空を見上げると、緑色の光が波のように揺らめいていた。


「眠れないの?」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、クロエが立っていた。

 彼女は普段のからかうような表情ではなく、少し心配そうな顔をしていた。


「ああ、少し考え事を」

「明日のこと?」

「ああ」


 彼女は俺の隣に腰を下ろした。


「怖いわよね。正直言って」


 その言葉には、普段のクロエからは想像できないような素直さがあった。


「怖いさ。だけど、みんなを守るためには行かなきゃならない」

「トオルくんって……すごいわ」


 クロエが小さな声で言った。


「どうして?」

「だって、この世界に来たばかりなのに、こんな危険なことに立ち向かって。しかも、自分のことより仲間のことを考えて」

「そんなこと……」

「いいの、謙遜しなくて」


 彼女は真剣な表情で俺を見つめた。

 獣人特有の大きな瞳が、月明かりを反射して輝いている。


「私、正直に言うわ。トオルくんのことが好き」

「え……?」


 予想外の告白に、言葉が出なかった。


「最初は面白そうな男だなって思っただけだったけど、一緒に旅をするうちに……」


 彼女は恥ずかしそうに尻尾をもじもじさせた。


「こんなこと、初めて言うから恥ずかしいんだけど……明日、何があるか分からないから、言っておこうと思って」

「クロエ……」


 どう応えればいいのか分からず、言葉に詰まっていると、彼女は急に普段の調子を取り戻したように笑った。


「あ、返事はいいわよ! ただの独り言だと思って」


 彼女はひらりと立ち上がった。


「それじゃ、おやすみなさい。明日、無事に帰ってきましょうね」


 そう言って、クロエは階段へと向かった。


「クロエ」


 彼女が振り返ると、俺は真剣な表情で言った。


「必ず全員で帰ろう!」


 彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。


「ええ!」


 クロエが去った後も、俺はしばらく空を見上げていた。

 明日の作戦は危険極まりないが、どうしても成功させなければならない。

 仲間たちのため、そしてこの世界のために。


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