表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/21

第3章:陰謀の輪郭(3)

「トオルくん、これはどう?」


 翌朝、俺はミーシャと共に鍛冶職人の区域を訪れていた。

 彼女は獣人特有の鋭い嗅覚で、良質な素材を次々と見つけ出す。

 今見せてくれたのは、銀色に輝く特殊な金属片だった。


「これは……すごいな」


 手に取ると、ミーシャが昨夜くれた緑の石が反応した。

 この金属には特別な性質があるようだ。


「これは『星屑鋼』って言うんだよ!  魔力をよく通すんだって!」

「いくらだ?」

「えっとね、結構高いんだけど……」


 値段を聞いて少し驚いたが、解錠ツールの性能を考えれば妥当だろう。

 シルフィアに借りた資金から支払いを済ませ、他にも必要な素材を集めていく。


 ミーシャの助けは本当に貴重だった。

 彼女は素材の名前だけでなく、その性質や最適な組み合わせまで知っている。

 森での採集経験が活きているのだろう。


「トオルさんは何を作るの?」

「最終的には、『森の心臓』にたどり着くための特殊なツールだ」


 俺はミーシャに簡単に説明した。


「既にある程度の構想はあるんだ。シルフィアの『領界の鍵』と組み合わせることで、聖域への道を開くツールになるはずだ」

「すごい! ミーシャも手伝う!」


 彼女は目を輝かせて言った。


「ミーシャ、素材集めの達人だよ!  何でも言ってね!」

「ありがとう、助かるよ」


 彼女の純粋な協力精神に、心から感謝した。

 素材を集め終わると、俺たちは職人区の工房を一つ借りた。

 ここで解錠ツールの製作を始める。

 ミーシャは俺の指示に従って素材を切ったり、磨いたりと、手際よく手伝ってくれる。


「トオルさん、すごいね!」


 彼女は俺の手さばきを見て感嘆の声を上げた。


「その動き、まるで魔法みたい!」

「魔法じゃなくて、ただの技術だよ」


 俺は微笑みながら答えた。

 元の世界での鍵師としての経験と、この世界で得た『万物解錠』の力が融合して、より精密な作業ができるようになっている。


 ミーシャから貰った緑の石も役立っていた。

 手に持つと、道具の使い心地が格段に良くなり、より複雑な細工も可能になる。


「これは……」

「何?」

「何かが見えるんだ」


 指先から伝わってくる感覚を頼りに、俺は金属を削っていく。

 まるで設計図が脳内に浮かんでいるかのように、次の工程が自然と分かる。

 これも『万物解錠』の一側面なのだろうか。


 半日ほど作業を続け、ようやく基本的なツールのセットが完成した。

 星屑鋼で作られたピック、テンションレンチ、そして魔力増幅器。

 これらを組み合わせることで、通常では解けない『錠』にもアプローチできるはずだ。


「できた……」

「わあ! きれい!」


 ミーシャは目を輝かせて完成品を見つめた。


「これで何でも開けられるの?」

「いや、まだこれは基本セットに過ぎない。本当の『究極ツール』を作るには、もっと特殊な素材と……」


 そのとき、工房のドアが勢いよく開いた。


「トオル! 大変だ!」


 シルフィアが息を切らせて飛び込んできた。

 彼女の表情には、明らかな焦りが浮かんでいる。


「どうした?」

「ロード・Xが動いた。彼は今夜、街を出るらしい」

「何?」

「クロエの情報によれば、彼は何か重要なものを手に入れ、『聖域』に向かうつもりらしい」


 これは予想外の展開だった。

 まだ準備が整っていないのに。


「エリスとクロエは?」

「エリスは図書館で重要な発見をしたと言っている。クロエは今、ロード・Xの宿を監視している」

「分かった、すぐに集合しよう」


 俺たちは急いで道具をまとめ、宿に戻った。

 エリスは既に戻っており、大量の書物を広げていた。

 彼女の表情には緊張感が漂っている。


「トオル、シルフィア、重大な発見がありました」


 彼女は古い羊皮紙を広げた。

 そこには複雑な図と古代文字が描かれている。


「これは『森の心臓』の本当の目的を示す古文書です。それによれば、『森の心臓』は単なる力の結晶ではなく、世界の根幹に関わる『封印の鍵』なのです」

「封印の鍵?」

「はい。太古の昔、『混沌の力』と呼ばれる危険な存在を封じるために、賢者たちが作り出したものです。『森の心臓』は封印を維持する力であると同時に、その封印を解く鍵にもなりうるのです」

「ロード・Xはそれを解放しようとしているのか?」

「そう考えられます。しかし、それには『領界の鍵』が必要です。古文書によれば、『森の心臓』を操るには、地脈と繋がった特殊な鍵が必要とされています」


 シルフィアはペンダントを握りしめた。


「だから私の鍵を狙っていたのか……」

「ええ。しかし、まだ分からないのは、なぜ彼らが封印を解こうとしているのかということです。『混沌の力』を解放することは、世界に大きな災いをもたらすはずなのに……」


 ドアが開き、クロエが戻ってきた。

 彼女は明らかに走ってきたようで、息を切らしている。


「大変よ!  ロード・Xが出発するわ!  しかも……」


 彼女は一瞬言葉を詰まらせた。


「銀髪の女性が一緒にいたの。彼女の名前は『セラフィナ』。施錠騎士団の執行官だって!」


 セラフィナ……初めて敵の名前が明らかになった。

 

「それだけじゃないわ。彼らは『偽りの領界の鍵』を持っているの」

「偽物?」


 シルフィアが驚いて問い返した。


「ええ。でも何かの改造を施したみたいで、本物に近い反応を示すらしいわ。それを使って『聖域』に向かうつもりよ」

「急がなければ」


 シルフィアが立ち上がった。


「彼らより先に『森の心臓』に到達しなければ、取り返しのつかないことになる」

「でも、準備はまだ……」


 俺は困惑した。

 究極ツールは完成していないし、戦闘の準備も整っていない。


「時間がない」


 エリスも真剣な表情で言った。


「古文書によれば、明日は『月蝕の夜』。封印が最も弱まる時です。彼らはその時を狙っているのでしょう」

「じゃあ、今すぐ出発するしかないわね」


 クロエも覚悟を決めたように言った。


「準備が整わないまま敵に立ち向かうのは危険だが……」


 シルフィアは一瞬考え込んだ後、決意の表情を見せた。


「しかし、それ以上に世界が危険にさらされることの方が問題だ」

「出発します!」


 ミーシャが元気よく言った。

 それまで状況を理解しようと必死だった彼女も、決意を固めたようだった。


「森のことは任せてね!  ミーシャが案内するよ!」


 五人は急いで荷物をまとめ、アルカニアを後にした。

 シルフィアが準備していた馬を使い、できるだけ早く森へと向かう。

 時間との戦いが始まった。


 ◇


 夕暮れ時、俺たちは再び迷いの大森林の入り口に立っていた。

 ここからが本当の挑戦の始まりだ。


「ロード・Xたちはどのルートで向かうと思う?」


 俺がシルフィアに尋ねた。


「おそらく、最短ルートを行くだろう。彼らは地図を持っているはずだ」

「でも、最短ルートは危険ですよ」


 ミーシャが心配そうに言った。


「あの道には『影の沼』があるの。普通の人は通れないよ」

「施錠騎士団の執行官がいる限り、彼らには関係ないだろう」


 エリスが冷静に分析した。


「彼女なら、沼の魔力を操作して安全に通れるはずです」

「じゃあ、私たちはどうするの?」


 クロエが不安げに尋ねた。


「別のルートを行くべきでしょうか?」

「いや」


 俺は頭を振った。


「時間がない。俺たちも最短ルートで行く」

「でも、『影の沼』は……」

「私なら魔法で対抗策を用意できます」


 エリスが言った。


「それに、トオルさんの『万物解錠』も役立つでしょう」


 みんなの視線が俺に集まった。

 確かに未完成とはいえ、新しい解錠ツールは力になるはずだ。


「分かった。では最短ルートで進もう」


 俺たちは森の中へと足を踏み入れた。

 太陽が沈み始め、森はより一層暗く、神秘的な雰囲気を帯びてきた。


 ミーシャが先導し、エリスの魔法の光が道を照らす。

 クロエは常に周囲を警戒し、シルフィアは剣を抜いたまま後方を守っていた。


「彼らの痕跡があります」


 エリスが地面を指差した。

 草が踏みしだかれ、木々の枝が折られている。


「多分、一時間前くらいに通ったのでしょう」

「急ごう」


 シルフィアが促した。


 森の奥へと進むにつれ、周囲の雰囲気がさらに変わっていく。

 木々はより大きく、より古くなり、空気も重く湿っている。

 何かを警戒するように、森全体が緊張しているかのようだった。


「あれが『影の沼』……」


 ミーシャが先方を指差した。


 そこには、漆黒の水面が広がっていた。

 しかし、それは単なる沼ではない。

 水面が時折揺らぎ、その下から何かが動いているかのように見える。

 周囲の木々も、沼に近づくほど歪んで曲がっていた。


「怖いところね……」


 クロエが身震いした。


「あの沼を通るの?」

「はい。正面突破は避けましょう」


 エリスが言った。


「周りを迂回しつつ、橋でつながった小島を伝って進みます」


 確かに、沼の中には小さな島が点在し、細い橋のようなものでつながれていた。

 しかし、その橋は安定したものには見えない。


「あれは……足跡?」


 シルフィアが沼の縁を指差した。

 確かに、そこには何者かが通った跡がある。

 泥の上に複数の足跡が残っていた。


「ロード・Xたちの足跡ね」


 クロエが少し身を屈めて観察した。


「少なくとも五、六人いるわ」

「急ごう」


 シルフィアが促し、俺たちは沼の周りを進み始めた。

 足場は不安定で、時折黒い水面から気泡が立ち上る。

 その度に、生臭い匂いが漂ってくる。


「気をつけて」


 エリスが警告した。


「この沼の水は触れてはいけません。魔力を吸い取る性質があります」


 全員が慎重に足を運ぶ。

 ミーシャは驚くほど軽やかに前を進み、クロエも猫のように静かに身をこなす。

 シルフィアは重厚な鎧を身につけているにも関わらず、安定した足取りで進んでいた。


「あそこが最初の島よ」


 ミーシャが指差した先に、小さな土地が見えた。

 そこへ続く橋は、細い木の幹を組み合わせたもので、決して安心できる代物ではない。


「一人ずつ渡ろう」


 俺が提案し、まず自分が橋に足を踏み入れた。

 木の幹がキシキシと音を立て、不安定に揺れる。

 慎重に一歩一歩進み、なんとか島にたどり着いた。


「次、ミーシャ」


 彼女は軽々と橋を渡ってきた。

 獣人としての身軽さは、こういう場面で本当に役立つ。


 続いてクロエ、エリス、最後にシルフィアが渡ってきた。

 全員無事に最初の島に集まった。


「ここからは?」

「あの島を目指します」


 エリスが地図を確認しながら、次の目標を指差した。

 島から島へと進むにつれ、沼の雰囲気はさらに不気味さを増していく。

 水面から立ち上る黒い霧が、視界を悪くしていた。


「何か……気配を感じる」


 シルフィアが剣を構えた。

 彼女の騎士としての直感が何かを察知したようだ。


「私も感じます」


 エリスも杖を握りしめた。


「魔力の乱れが……」


 その時、沼の中から突然、巨大な黒い触手が現れた。

 それは島めがけて襲いかかってきた。


「避けろ!」


 シルフィアの警告で全員が散らばる。

 触手は島を強打し、土砂を巻き上げた。


「なんだこれは!?」

「沼の守護者です!」


 エリスが叫んだ。


「通常は眠っているはずなのに……誰かが意図的に目覚めさせたのでしょう!」


 触手は再び襲いかかってきた。

 シルフィアが剣を振るい、それを切り裂く。

 しかし、傷口からは黒い液体が噴き出し、すぐに傷が塞がっていった。


「効かない!」


 クロエが小さなナイフを投げつけたが、それも同様に無効だった。


「エリス、何か対策は?」

「浄化の魔法が効くかもしれません!」


 彼女は詠唱を始めた。

 青白い光が彼女の杖から放たれ、触手に命中する。

 

 しかし、効果は限定的なようだった。

 触手はさらに暴れ始め、今度は複数の触手が現れた。


「これは厄介だ……」


 俺は右手の紋様を見つめた。

 『万物解錠』が使えないか。

 この守護者も何かに「縛られて」いるのかもしれない。


 島の中央に向かい、紋様を発動させる。

 右手から放たれた光が、島全体に広がっていく。

 すると、地面に刻まれた古代の文字が浮かび上がった。


「これは……結界の印!」


 エリスが驚いた声を上げた。


「この島自体が守護者を操る鍵になっているのです!」

「つまり、ここを解錠すれば……」

「守護者を元の眠りに戻せるかもしれません!」


 俺は地面の文字に手を当てた。

 右手の紋様が強く反応する。

 

 これは単なる物理的な錠ではなく、魔法と物質が融合した複雑な「鍵」だ。

 しかし、新しいツールを使えば……。


「万物解錠!」


 地面が震え始め、島全体が淡い光に包まれた。

 沼から現れた触手が、徐々に静まっていく。

 そして、水面に沈んでいった。


「成功したのか?」


 クロエが恐る恐る沼を覗き込んだ。


「ええ、守護者は再び眠りについたようです」


 エリスが安堵の表情を浮かべた。


「見事でした、トオルさん」

「シルフィア、大丈夫か?」


 彼女は腕に触手の跡を残していたが、頷いた。


「問題ない。先を急ごう」


 俺たちは残りの島々を渡り、ようやく沼の向こう岸にたどり着いた。

 ここからは、森がさらに暗く、より密になっていく。


「ここからが『深き森』と呼ばれる区域です」


 エリスが説明した。


「『聖域』への入り口はこの先にあります」

「敵の痕跡も新しくなってるわ」


 クロエが地面を調べながら言った。


「かなり急いでるみたい」

「我々も急ごう」


 シルフィアが前に立った。


 森の奥へと進むにつれ、木々はより巨大になり、その幹は家ほどの太さになっていた。

 根は地面から飛び出し、複雑に絡み合って歩きにくい道を作っている。


 エリスの魔法の光だけが、この暗闇の中での頼りだった。


「あっ!」


 突然、ミーシャが立ち止まった。

 彼女の耳がピクピクと動き、何かを警戒している。


「何かいる……」


 全員が緊張し、武器を構えた。


 森の中から、何かが近づいてくる音がした。

 枝が折れる音、葉が揺れる音……そして、重い足音が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ