Song.4 利用させて?
それからまた一年半。
ぼくは、さらに飛躍の道を進んでいた。
モデル業もそこそこ順調。
まあ、注文どおりにポーズを取ってればいいんだから、歌よりも楽なもんさ。
歌は半年くらい前から、自分で作詞作曲をするようになったよ。
ちなみに、歌手活動はネット限定にしてる。
だって、テレビでもネットでも同じ姿を見られるってなったら、特別感がなくなっちゃうじゃん?
それにしても……表舞台で活動を始めて他人と接することが多くなってから、うざいくらいに人が寄ってくるね。
高みまで上り詰めれば、誰もが強くぼくを求めるようになる。
それって、つまりはこういうことなのかな?
まあ、この程度で頂点まで上り詰めたなんて思わないけどね。
そうそう。
ぼくがモデルもやるって決まってから、あの人がまた別のことを教えてくれるようになったんだ。
その名も〝他人のテンションを上げつつも、自分はちゃっかりと逃げる対応術講座〟。
最初はなんでこんな講座が必要なんだろうって思ったけど、モデルを初めて三ヶ月で講座のありがたみを痛感したよ。
あの講座とあの人特製の睡眠薬がなかったら、今頃誰かに美味しくいただかれちゃってたな。
今までとは別の意味でえげつない。
なるほどね。
とまあ、ぼくのことはいいのさ。
今の世間は、それどころじゃない。
―――二十年前に死んだと思われていた天才科学者〝アルシード・レイン〟の返り咲き。
セレニアやルルアだけじゃなく、世界中がこの衝撃に揺れている。
いやー、さすがはぼくの師匠とも呼べる人。
話題性はもちろんのこと、その後の行動が型破りすぎる。
全世界を騙し、裏から世界を操り続けてきた天才劇場の暴露。
憎い祖国を捨てると宣言した伝説の論文発表。
復讐を見せつけるかのようにルルアで繰り出した、三ヶ月連続の新薬発表。
あの人、この短期間でいくつの武勇伝を打ち立てたのさ?
さすがに勝てませんって。
まあでも、これはちょうどいい。
今ほどあの人を利用できるタイミングもないからね。
―――そんなわけで、ぼくはとある家のチャイムを鳴らしたわけです。
「あら、シアノ君。」
「どうもー、入れてー。」
ドアが開くや否や、答えを待たずに中に入る。
ここは安全って分かってはいるんだけど、カメラやファンから逃げる習性が身についちゃったってやつかな。
あんまり、外にいたくないんだよね。
「そういや、聞いてよー。あんたがぼくに流したガセ情報をあえてモデル連中に横流ししたら、みーんな馬鹿みたいに自滅したよ。SNSが炎上祭り。」
「あー、見た見た。ガセに引っかからずに敵を蹴散らすことに使うなんて、やるなぁって思ってたんだよ。この二年ばかりで、よくここまで情報の使い方をマスターしたもんだね。」
「そりゃ、先生がいいからね。」
「当たり前♪ で、今は何やってんの?」
「ああ。どうせなら、もう少し爆発させてやろうかなって。ぼくの衣装をめちゃくちゃにした仕返しは、このくらいで勘弁してあげるよ。」
「さっすが。あちらさんもお馬鹿だよねー。くだらない嫉妬で手を出さなきゃ、もう少し生き残れただろうに。」
「まあ、あいつらはぼくとあんたが裏を掌握してるなんて知らないからねー。」
「確かにねー。ちょっとは察しないもんかと思わないでもないけど、君は本当に上手く隠れてるからなぁ。クララも君のことを褒めてたよ。いい後釜になりそうだって。」
「あの人の後釜ー? どうせなら、あんたの後釜がいい。」
「どっちの後釜になっても、行き着く先が一緒なんだけどね。」
「それでも。」
いつもの話をしながら、長い廊下を抜けてリビングへ。
「おお、シアノじゃないか! お前も私と同じで、アルにべったべただな!!」
底抜けに明るい声が出迎えてくる。
そちらに目を向けると、ノアがリラックスモードでソファーに腰かけて手を振っていた。
「ごめんねー。毎度のごとく、新婚さんの家に押しかけちゃって。用が済んだらすぐ帰るから、ちょっとだけ時間をちょうだい。」
「あっはっは! 気にするな! もはや、お前はこの家の一員みたいなもんだからな!! ほとんどは私がアルを独占しているのだし、たかだか数時間くらいで文句は言わんよ。」
相変わらず豪快な人だな。
絶対に馬鹿の分類に入る人だと思うんだけど、アルシードはなんでこの人と結婚したんだろう。
「ってか、まだ結婚の発表しないの?」
「うん。もう少し黙ってる。」
訊ねると、アルシードはこくりと頷いた。
「ディアのやつ、シアノ君も見てたでしょ? さすがにあんな公開結婚式は嫌だから、その辺りを内々に済ませてから発表する。」
「セレニアに幸せを見せつける、いい機会なのに?」
「綺麗なノアを、あんな腐った奴らの目に触れさせてたまるか。」
「あー、そういうことね。」
付き合ってから二年半。
人知れずに入籍してから三ヶ月。
もうこの関係も長いくせに、相変わらずラブラブなことで。
「そういえば、さっき用があるっぽい言い方してたけど?」
「うん。一個お願いがあって。」
「お願いって?」
「利用させてほしいなーって。」
「利用?」
その単語に、アルシードがきょとんと首を傾げる。
「だってさー、ちょうどいいじゃん?」
携帯電話をいじってSNSを操作しながら、ぼくは考えていたことを淡々と告げる。
「馬鹿売れしてるアルシード・レインの名前、今こそ使い時だと思うんだ。だから、利用させてもらいたい。―――――〝父さん〟って呼ばせてよ。」
別に、嘘じゃないじゃん。
当然のように物も知恵も与えて、ぼくをここまで育てたのは、他でもないあんたなんだし。
それに、利用させてとは言ったけど、シアノの名前にちょっと華を添えるくらいだもん。
別にあんたの名前を使って悪事を働こうなんて思ってないし、モデルと歌の世界くらいは自力でのし上がっていくさ。
ねぇ……ずっとこう呼びたかったのを我慢してたんだから、もうそろそろ許してよ……
「………」
アルシードはパチパチと目をまたたかせて、半ば放心状態だった。
その後ろで、ノアも似たような反応をしている。
しばらくして……
「―――ふっ…」
アルシードの肩が、小さく震えた。
「あははははっ!! すっごい! この僕に真正面から〝利用させて?〟なんて言ってきたのは、シアノ君が初めてだよ!! いい度胸しってる~♪」
腹を抱えて大笑いするアルシード。
目尻に浮いた涙を拭った彼は、ぽんとぼくの頭に手を置いた。
「明け透けないのが気に入った♪ ―――いいよ。好きなように呼びなさい?」
「―――っ!!」
本当にいいの?
許してほしいと切に思っていた反面信じられなくて、アルシードを間近から見つめる。
「いいじゃなーい。この最強のカードをどう利用するのか、お手並み拝見といかせてもらうよ。」
嘘じゃないよって。
そう言ってくれるような発言と、挑戦的だけど優しげな笑顔。
「うんっ!!」
あまりにも嬉しくて、つい素の自分が出てしまった。
「ふおぉ…っ。アルが父ということは、私が母になるのか…?」
ノアがちょっと嬉しそうにそう言う。
でも、ごめん。
「それはちょっと…。なんか、馬鹿が移りそう。」
「何をぉっ!?」
「うん、やめときな。馬鹿が移るから。」
「アルッ!? お前まで同意してどうする!?」
「だって単純バカなんだもん。」
「異口同音に言うな!! お前ら、親子モードになるのが早すぎるぞ!?」
「あははははっ!!」
膨れっ面のノアに、アルシードと二人で大笑い。
やっと、長年の悩みが解消したよ。
ありがとう、アルシード。




