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Song.1 歌の世界


 ―――言葉や知識を覚える手段の一つに、歌がある。



 授業のどこかで、誰かがそう言った。



 キリハに(なか)ば強引に同行させられて訪れたルルア。

 そこで週に三回ほど学校に通いながらも、自分はなかなかその環境に馴染めずにいた。



 竜使いがいないこの国では、確かに嫌な目は向けられない。

 学校や研究所の人たちも、自分にとても優しくしてくれる。





 だけど……いつかぼくは、また捨てられてしまうんじゃないか。





 そう思うと、どうしても温かな手を取ることができなくて。

 その反面、皆があんまりにも優しいから、気を抜いたらそこに飛びついてしまいそうで。



 キリハを心配させたくないから学校には通い続けたけど、最低限の時間で家に帰って、暇を潰すようにネットサーフィンに明け暮れていた。



 そして、無音から迫り来る孤独感を紛らわしたくて、自然と歌を聴くようになった。



『シアノ君って、声も綺麗だし歌も上手いよね!』



 ああ言ったのは誰だっけ?

 ろくに顔は見ていなかったけど、その言葉だけは妙に頭に残った。



 それでなんとなく、動画サイトで歌声を発信してみた。



 もちろんすぐに何が変わるってわけではなかったけど、あれで少しだけ世界の色が変わったと思う。



〝待ってた!〟

〝早く次の歌を出してほしい!〟

〝毎日リピートが止まらない。マジで生きがい♪〟



 正直、自分の歌の上手さはよく分からないけど、そのコメントを読むと……ちょっとだけ心が躍った。



 こうして、自分の歌が求められている。



 受け止めるくらいなら捨てるのも簡単だけど、生きがいになるほど強く求めるものなら、捨てようとは思わないよね…?



 そんな風に、コメントの向こうにいる人々に期待している自分がいたのかもしれない。



(……ふぅ。こんなもんかな。)



 ヘッドホンを外して、シアノは一息。



 ドラゴン研究所にある、キリハ専用の実験室。

 学校に行かない日は、基本的にここにいる。



 別に自分は家で留守番をしていてもいいんだけど、心配性のキリハが泣きそうな顔をしちゃうから、仕方なく同伴している。



 でも自分はドラゴンの研究には興味がないので、たまに手伝いをする時以外はこうして実験室にこもっているのだ。



「―――あら。」



 その時、ふと誰かが後ろに立った。



 くるりと振り返ると、白くも見える銀髪に瑠璃色の双眸をした男性が、こちらに柔らかい笑顔を向けていた。



「あー……旦那さん。」



 彼をどう呼んだらいいのか分からなくて、頭に浮かんだ言葉を口にする。

 すると、彼はちょっとだけ複雑そうに眉を下げた。



「あはは。シアノ君にまでそう呼ばれるようになっちゃったか。まあ、いいんだけど。」



 苦笑したジョーは、両手に抱えていたケースをテーブルに置く。



 多分、キリハの代わりに実験道具を片付けに来たんだろうな。

 そんなことを思いながら、なんとなく片付け風景を眺める。



 実験器具を洗って。

 ケースを棚にしまって。



 最後に手を拭きながら―――ジョーは、何故か自分の隣に腰かけてきた。



「面白いことをやってるじゃない。ちょっと見せてごらん。」



 そう言った彼は、自分の許可を得る前にヘッドホンをつけて、編集が終わった音源を聴き始める。



 まあ、聴かせるために歌ってるわけだから、別にいいんだけど……



 そうは思いつつも、リアルで知っている人に歌を聴かせるのは初めてなものだから、ちょっとした緊張を(いだ)きながらジョーを見つめた。



 じっくりと。

 歌を三周も通して再生したジョーは、やがてゆっくりとヘッドホンを外す。



 そして……



「シアノ君、結構センスあるじゃないの。フリーソフトでここまでのクオリティを出すなんて、びっくりしちゃった。」



 とても好意的な笑顔で、自分の歌を褒めてくれた。



「ちょっと待ってて。」



 まだ何かあるのか、彼はノートパソコンを操作し始める。



 メール画面を開き、今の音源をどこかに送付。

 そして自分のノートパソコンを開き、届いたメールから音源をダウンロード。



 ヘッドホンを自分のノートパソコンに繋いだ彼は、当然のように音源編集ソフトを開いて、さくさくと音源に手を加え始めた。



「ほら、聴いてごらん。」



 そう言われたので、ヘッドホンを装着する。



「………っ!!」



 耳から広がった世界に、心底驚く。



 透明性を保ったまま、深みが加わった歌声。



 曲との調和がぐっと増して、細やかなビブラートやアクセントがメロディラインに華を添える。



「これが有料ソフトの力ってね。」



 言葉も出ない自分に、ジョーはくすりと笑った。



「なんで、有料ソフトなんて持ってるの?」



 ジョーと一緒にドラゴン研究に勤しんでいるキリハは、音源編集ソフトを使っていない。

 それなのに、彼はどうしてさも当然のようにソフトを使いこなしているのだろう。



 疑問に思って首を傾げたシアノに対し、ジョーの答えはというと……



「そりゃあもちろん、お馬鹿さんたちの内緒話をはっきりと聞くために決まってるじゃないのー♪」



 というものだった。



「お馬鹿さんの、内緒話…?」



 どういう意味だろう?

 音源編集ソフトって、歌を編集するものじゃないの?



 さらに首を傾げるシアノ。

 それを見て、ジョーが少しだけ気まずそうに咳払いをした。



「失礼。シアノ君くらいの子供には、まだ分からないよね。僕が無駄にすれてただけで。」

「………?」



「いいのいいの。気にしないで。それより、触ってみる?」

「………っ!! いいの…?」



「大丈夫だよ。どうぞ。」



 微笑んだジョーは、自分のノートパソコンをこちらの前にスライドさせてくる。



「………っ」



 ドキドキしながら、マウスに手を置く。



 編集ソフトの色んなメニューを開いて、ジョーが調整してくれた音源をさらに加工してみる。



 今の輝きに新たな輝きを添えて、もっと魅力的に。

 でも、本来の歌声と別物にならないように、絶妙な加減は保ちつつ。



 時おりジョーに手ほどきを頼みながら、試せるだけのことを試してみた。



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