ラウンド70 北と南で同時に花開く分身
役所を出て、アルシードは一つ溜め息。
「これで……正真正銘、本当にアルシード・レインに戻ったんだな……」
手にしているのは戸籍謄本。
そこに記されている名前を見ると、感慨深い気分になる。
十分に急いでくれた方だとは思うけど、やっぱり戸籍の書き換えには時間がかかったな。
まあ、誕生日にギリギリ間に合っただけマシか。
「アルシード。」
ふと、前方から声をかけられる。
それに顔を上げると、つばの大きな帽子を被ったワンピース姿の女性が一人。
「ノア…っ!?」
まさか彼女がここにいるとは思わなくて、大慌てでそこに駆け寄った。
「ど、どうしてこんな所に…っ」
「今日戸籍の書き換えが終わると聞いていたから、ウルドたちに無理を言って来てしまったのだ。やはり、アルシードに戻ったお前を一番に出迎えるのは、私じゃなきゃと思ってな。」
「それは嬉しいけど! それなら一言言ってよ! こんな所に一人で来たら危ないでしょ!?」
「あはは! 大丈夫だ! こんな大人しい格好をしている女がルルアの大統領だとは、誰も思わんよ。こういう時には、男勝りな性格も得だな!」
無邪気な笑顔でピースサイン。
危ないとも悪いとも思っていないみたいだ。
「あなたって人は……相変わらず、豪胆な人だよ。」
アルシードは眉を下げて笑う。
「でも、ちょうどよかった。今日くらいは時間あるでしょ? ちょっと付き合って。」
「うむ、問題ないが……どこに行くのだ?」
「僕の実家。」
端的に答え、とりあえずノアを即行で車に押し込んだ。
やっぱりね、天下の大統領を護衛なしでふらつかせるわけにはいかないって。
それに、そんな可愛い格好は僕がいない所でしないでください。
セレニアの馬鹿どもにはもったいないんだよ。
「ご両親は、今日はいないのか?」
家に入って、やたらと静かなことに気付いたのだろう。
ノアが首を傾げながらそう訊ねてきた。
「うん。二人とも、今は仕事の引き継ぎで立て込んでるから。」
「そうか。」
それだけで事情を察して、ノアは嬉しそうにはにかんだ。
自分と一緒に、住む場所も国籍もルルアに変えてくれないか。
意を決して相談すると、二人は悩むことなく頷いてくれた。
数年はセレニアに留まる自分に先んじて二人にはルルアに移住してもらうことになり、今はその準備で忙しいのだ。
転職先も、ずっと取引があったルルアの製薬会社で全面的に合意。
家は一旦仮住まいになるけど、最終的に住む土地と家はゆっくり吟味したいと二人が言うので、逆にこれでよかったのかな。
「ところで、ここからどこに行くのだ?」
「温室。」
「おん、しつ…?」
こちらの返事に、ノアはパチパチと目をまたたく。
「アル……お前、やっぱりボンボンだろ。どうして個人の家に温室まであるんだ。」
「薬草とかを育ててたんだよ。外から仕入れるよりも、家で育てた方が安く済んだりするんだよ?」
想像どおりの反応に笑いながら、アルシードは温室へのドアを開く。
「………っ!!」
その中に足を踏み入れたノアが、大きく目を見開いた。
温室の至る所に置かれた大きな植木鉢。
そこには腰丈の木が植えられていて、淡いブルーの花を満開に咲かせていた。
「これは……パピラスの花……」
「ふふ、驚いた?」
アルシードは植木鉢の一つに近付き、愛しげな仕草で花びらをなでる。
「北半球のルルアでジェルクの花が咲く三月は……南半球のセレニアで、ちょうどパピラスの花が咲く頃なんだよ。」
「………っ!!」
「結構ロマンチックだよね。生まれた月もちょうど反対、生まれた場所も反対……だからこそ、同じ時にお互いの分身が花開くなんて。」
「だから、わざわざセレニアにパピラスを…?」
「うん。環境保護の観点から考えると植木鉢が限界だし、この温室から出すこともできないけど……セレニアにいたとしても、この運命の出逢いを全身で感じていたかったから。」
ノアから贈られた、パピラスのネックレス。
その花がセレニアでは自分の誕生月に咲くと思い至った瞬間、ウルドに手配を頼んでしまっていた。
月一でルルアに行く度に少しずつ運び込んで……今では、温室を埋め尽くすほどに。
「これを見た上で、受け取ってほしい物があります。」
そう告げたアルシードは、懐から一つの小箱を取り出した。




