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ラウンド68 天才の健全な復讐

 ルルアへと国籍を移す。

 それはつまり、生まれ故郷を捨てるということ。



 そのとんでもない宣言に、講堂にいた全員が驚愕した。



「先んじて、ルルア薬学会とは正式に契約書を締結しました。ルルア大統領御殿とも協議を行い、国籍の授与が快諾されたところです。そしてこの件は―――ターニャ大統領および、先進技術開発部オークス長官とも合意しております。」



 騒然とする周囲に構わず、アルシードは淡々と自分の進退を述べる。



「とはいえ、まだ数年はセレニアでも活動を続けるつもりです。ルルア国立ドラゴン研究所セレニア支部の所長も、キリハ君に任を渡すまでは全うします。ですが、ゆくゆくは……アルシード・レインは、この国から完全に消え去るでしょう。」



 しん、と静まる講堂。



「な、何故……」



 そう(うめ)いたのは、誰だっただろうか。



「何故、ね…。逆に何故、この僕がセレニアに骨を(うず)めると思っているのですか?」



 その口腔から、地を這うような声が漏れる。

 頭を上げた彼の顔は、極寒零度の無に塗りたくられていた。



「マスコミの報道と称賛の声が天才を殺した、と……二十年前の事件の折に、そんな風にマスコミ批判が横行したことがありましたね。今だから言いますが、あれを裏から扇動したのは僕です。」



「………っ!?」



「驚きですか? どうして? だって、事実でしょう?」



 ゆったりとした声で言いながら、アルシードはステージの上から人々を睥睨(へいげい)する。



「ねぇ、よく考えてくださいよ。そもそもどうして、僕がテロ組織に狙われることになったんです? ……お前らマスコミが、派手に僕を持て(はや)したからだろう?」



「―――っ!?」



「普通に考えて、分かりませんか? まだ剣の腕も未熟で、力では大人に到底敵わなくて、洗脳がしやすい純粋な幼い子供……犯罪者にとって、これほどに利用価値のある存在がいますか? そんな子供が住んでいる地区の風景も通っている学校も、当然のようにテレビで流れてるんです。……〝どうぞこの子をさらってください〟って、そう言ってるようなもんですよねぇ?」



「………っ」



「すばらしい功績を称えただけ……今の僕の発言を聞いた人のほとんどは、そう思うのでしょう。ですが、その結果を思い出してください。」



 アルシードの両目にぐっと力がこもり、その目尻に光るものが浮かぶ。



「テロ組織に襲われて兄は死に、僕は薬学を極める者としてのプライドをズタズタにされ、心が完全に死んだんですよ。両親だって、子供を守ろうとした親心を踏みにじられて苦しんだんだ。おかげで数年前までは、トラウマのせいで白衣を着ることもできなかった。」



「………」



「この結果があっても、僕がセレニアを捨てるのは不当だと思いますか? この気持ちは、筋違いな恨みとでも言うのですか? あのマスコミ批判に込められたメッセージは、他でもない僕自身からこの国の全てに向けた憎しみの叫びだったんですよ…っ」



 アルシードの全身から、憎悪が爆発する。





「ジョー・レインとアルシード・レインを殺したのはお前らマスコミと、それに少しでも同調して僕を称えたセレニア国民の全員だ! 僕はそのことを、死ぬまで許すつもりはない!!」





 全身全霊の怨嗟の叫び。

 それが講堂内と、映像と音声を通じて世界中に拡散される。



「しかし、この憎しみとは別に、ターニャ大統領をはじめ、これまでありのままの僕を支えてくださり、今回の選択を温かく受け入れてくださった方々には感謝しております。アルシードとして初めての論文をセレニアで発表したのは、そんな方々への敬意、そして国籍を変えたところで竜使いの皆さんを救いたい気持ちに変わりはないという、僕の意志表示です。」



 真摯(しんし)にそう告げた彼は、演説台に乗せていた論文をトントンと整えて脇に抱えた。



「では、天才科学者アルシード・レインによる、セレニアで最初で最後の論文発表はこれにて閉幕です。最後に一言。」



 発表の締めくくりとして彼が群衆に贈ったのは―――セレニアのアルシードを象徴する悪魔スマイル。





「ざまあみろ。これが僕からの復讐だ。ルルアでくそくらい活躍してやるから、海の向こうで指をくわえて(うらや)ましがってな。バァイ♪」





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