ラウンド67 最初で最後の論文発表
アルシード・レインとして、最初の論文を直接発表する。
その一報が知れ渡ると、セレニア中が大きく沸いた。
テレビカメラやマイクの同席を許可したら、たくさんのテレビやラジオで特別生中継の枠が組まれたほどだ。
ああ、期待しているがいいさ。
天才の世界は違うんだと、この才能を余りなく見せつけてやろうとも。
早急に準備が整えられる中、先んじて一部の人には、自分を意志を伝えておいた。
誰も、自分を止めなかった。
〝あなたが本当に幸せになれる道を選べばいい。〟
ターニャやランドルフ、ケンゼルにオークス。
常に国の利益のために動くはずの彼らは、自分の選択が国の損失になると分かっていて、それでもこの選択を尊重して応援してくれた。
この気持ちとは関係なく、あなた方のことは尊敬しています。
素直にそう告げると、彼らは天変地異を見たかのように驚いて―――心の底から喜んでくれた。
かくして、ノアと僕によるとっておきの復讐を見せつける舞台は整った。
そして僕は白衣で武装して、論文という武器を手に、無能な有象無象が集まるステージへと立ったのだった。
最初の論文として選んだのは、〈竜使い特有の瞳を戻す技術開発着手に至る序論〉。
能力持ちの竜使いとなったキリハの生体観察に始まり、偶発性脳機能障害に陥ったロイリアを完治させた薬の開発に至るまでの経緯を解説するものだ。
意味を理解していたのかはともかく、自分が論文を発表している間は、誰も彼もが全力で集中していた。
そして自分が発表を終えると……講堂内は、呆れるほどうるさい拍手喝采に満ちあふれた。
「なんとすばらしい論文だ!」
「竜使いの瞳を元に戻すなんて、こんなにも献身的な研究があるだろうか!!」
「過去の審問会で話題になった偶発性脳機能障害の特効薬は、彼の手で開発されたものだったんですね!!」
「固有性が高く応用は難しいとは言っていたものの、それを二週間足らずで開発してしまうなんて……」
「やはり彼は天才だ!!」
「これは、再び奇跡を見られる日も近いですよ!!」
矢継ぎ早に飛んでくる称賛や質問の嵐。
うざいフラッシュの中ですっと片手を上げると、その場はすぐに静かになった。
「この論文に対するご質問は、メールおよび書面でのみ受け付けます。一つだけ……どうして僕がこのテーマを専攻したかという質問にのみ、この場でお答えしましょう。」
アルシードは軽く視線を下に向け、両手を軽く握る。
「―――似ていたからです。」
彼は最初、そう告げた。
「望まない謂れによって、理不尽な目に遭ってしまう……そんな竜使いの皆さんが、望んでもいないのに天才と囃し立てられた僕と重なりました。とても、他人事にはできなかったんです。」
望んでもいないのに、天才と囃し立てられた。
アルシードの口から漏れたその本音に、講堂内がざわざわとざわめき出した。
「竜使いの人々に、明確な罪はない。それなのに理不尽を被る原因が、竜使いを示すその目にあるというなら、僕が天才の力を持ってその目を消し去ってやる。そのためなら、僕は―――」
アルシードは顔を伏せ、目元に手をやった。
何が起こるのか分からない人々の前で、用を済ませた彼はゆっくりと顔を上げる。
「このように、喜んで竜使いの一員となりましょう。」
その片目は、綺麗な深紅色。
指先には、瑠璃色のコンタクトレンズが乗っていた。
「なっ…!?」
「なんてことをしたんだ、なんて……ナンセンスなことは言わないでくださいね?」
一気にどよめく人々に、アルシードはわざとらしく肩をすくめた。
「天才に常識なんてないんですよ。竜使いの研究をするのに、竜使いの協力は必要不可欠。簡単に竜使いになれる方法があるなら、喜んでなるに決まってるじゃないですか。自分を実験台に使えるなんて、研究においてこんなに楽なことはありません♪」
ここでも天才節を炸裂させながら、アルシードは一気に声のトーンを下げる。
「さて、質問です。こうして竜使いの一員となった僕のことを、あなた方は蔑みますか?」
答えは沈黙。
「―――はっ、くだらない。あなた方凡人が作る世相や風潮なんざ、所詮はこの程度のものなんですよ。竜使いの方々も、お可哀想に。」
痛烈に吐き捨てたアルシードは、気まずげな静寂に満ちた空気を無視してコンタクトレンズをつけ直した。
「それでは、質問にはお答えしましたので……最後に僕の今後についてお伝えし、この場はお開きといたしましょう。」
白衣の襟を正し、アルシードは深呼吸を一つ。
再び瑠璃色に戻った双眸で群衆を睨んだ彼は、こう宣言した。
「僕は今後、両親と共にセレニアからルルアへと国籍を移します。研究者としての籍もルルアの薬学会に置き、今後の研究は基本的に全てルルアで行います。論文や特許の帰属権も、ルルアに与えるつもりです。セレニアで発表する論文は―――これが、最初で最後です。」




