ラウンド66 アルシードの居場所
「―――ああもう……ロイリアが余計な一言を言ったせいだ。僕は暴露本でも出すのかよ。また人生最大の汚点を更新じゃんか……」
真っ赤な目で鼻をすすりながら、アルシードはむすっと顔をしかめた。
あれから、どのくらい時間が経ったんだっけ?
泣きすぎて記憶が曖昧だ。
というか、いい大人が女の子の胸で号泣って……
「でも、すっきりしただろう?」
「……ん。」
そう訊かれると〝うん〟としか言いようがない。
ずっと胸の奥につかえていた何かが、綺麗に洗い流された気分だ。
やたらとにこやかなノア。
どうせ、あれでしょ?
可愛いとか思ってるんでしょ?
こっちはプライドをべきべきに折られて、どっかに穴を掘って入りたいってのに。
自分の醜態をなかったことにできるはずもなく、アルシードはしゅんとうなだれて意気消沈。
そんな彼を見る周囲は、そわそわと挙動不審だ。
―――抱き締めてあげたい。
皆の心は面白いくらいに一つなのだが、特等席最優先権を持つ奥様がいる手前、動くに動けない状況だった。
それを見て、キリハがくすりと微笑む。
「アル。」
ノアの隣にしゃがんだキリハは、アルシードを思いっきり抱き締めた。
「えっ……なに!?」
「これまで頑張ってきたアルにご褒美だよ。……ねっ?」
キリハは意味ありげに、周囲へウインクを一つ。
それで、皆のブレーキがオフとなった。
「アルシードさあぁぁぁんっ!!」
我先にと、皆がアルシードへと突撃する。
「えっ……えっ!? ってか、泣いてる!?」
「そりゃ泣きますよぉっ!」
「なんてひどい過去なんですかぁっ!!」
「お前、それでよく歪まずに大人になったよなぁっ!!」
「いや……めっちゃくちゃに歪んで―――」
「あんなの、歪んでるうちに入らん!!」
「むしろ神!!」
「っていうか、その過去に対して復讐がぬるすぎません!?」
「そうですよ! よくよく聞いてたら、旦那さんが叩き潰した相手、みーんな自業自得じゃないですか!!」
「もっとやってやれ! セレニアが暗黒時代に突入するくらいに!!」
「それはそうなんですけど……ターニャ様にはよくしていただいてるし、ノアの友達だし……」
「ほらなぁっ!!」
「やっぱり神様じゃんか!!」
「もう旦那さん、ルルアに移住してください!!」
「そうだぞ! なーんで未だにセレニアにいるんだよ!?」
「だって、父さんも母さんもセレニアにいるんで…。僕、セレニアじゃ敵だらけなんで、僕がついてないと守れないんですよ。」
「両親まるごと移住してこい!!」
「ご両親はどんな方ですか!? 研究所のみんなで、素敵な移住先をプレゼンしますよ!」
「というか、こんなに可哀想な人に、セレニアの人たちは何やってんですか!? 悪魔ですか!? 血も涙もないんですか!?」
「本っ当にそれな!? ルルアから国際裁判でも仕掛けて、慰謝料諸々ぶん取ってやるか!?」
「えーっと……悪魔って呼ばれてるのは僕の方―――」
「あなたが悪魔なわけあるかーっ!!」
おいおいと泣きながら、ルルアの皆様は怒り心頭。
「……ふふ。アル、よかったね。」
「え…? 何が…?」
混乱中のアルシードは、目を白黒させたまま。
そんな彼に、キリハはにこやかに笑いかけた。
「分からない? ここにいるみんなは、最初からアルシードしか知らないんだよ。アルシードが本当の名前だっていうのも疑うどころか納得してたし、アルが復讐のために生きてきたって知っても、すんなりと受け入れてくれてるよ?」
「………っ」
「ここはジョーの居場所じゃなくて―――ちゃんとした、アルシードの居場所になるんじゃない?」
「―――っ!!」
その言葉に驚いて、周囲を見回す。
自分と目が合うと、誰も彼もが深く頷く。
中には、指でグッドサインを作る人まで。
〝私たちは、あなたの味方です〟
全員から、ありったけの想いでそう伝えられているようだった。
「僕の……居場所…?」
そんなもの、あっていいの?
自分の才能は、あんなにも大切な人々を傷つけたのに?
信じられない気持ちで、視線を一番近くにいる人へ。
そこにいる彼女は優しげに、そして誇らしげに微笑んでいた。
〝私の国は、すばらしいだろう?〟
自信に満ちた瞳が、そう語りかけてくるよう。
(ああ、そうだね……―――最高だよ。)
そう思った瞬間、彼女はふふんと鼻を鳴らす。
どうやら、無意識にテレパシーでも送っちゃったみたい。
「あはは……あははははっ!!」
なんだかおかしくなってきて、大声をあげて笑う。
そんな自分を見たみんなは何故か余計に泣いちゃったけど、今はとにかく笑いたいから、突っ込むのは後でいいや。
散々泣いた後に散々笑うなんて、子供みたい。
でも、それができるのが〝居場所〟なんだと。
初めて、そう実感した気分だった。
「―――なぁ、アル。」
ようやく笑いが落ち着いてきた頃、ノアが名前を呼んできた。
「実はな、私からとっておきの復讐案があるのだ。」
「とっておきの復讐案…?」
首を傾げて続きを促す。
「天才科学者アルシード・レインだからできる、至って健全な復讐だ。存在を明示した上で取り上げる方がより魅力的……以前、アルもそう言っていただろう?」
「!!」
ピンときましたよ、ノアさん。
いつもの阿吽の呼吸でノアと通じ合ったアルシードは、ゆるりと口の端を吊り上げる。
「乗った。それ、本当に最高だね。」




