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ラウンド64 狂った計画


「きっかけは、ディアの馬鹿が総督部に喧嘩を売って、ドラゴン部隊に飛ばされた時……いや、もしかしたらミゲルと友達になった時点で、僕の計画は崩れる予定だったのかもしれないね。」



 アルシードは(まぶた)を伏せる。



「無視できなかったんだよ。お母さんの期待を背負って、国防軍へのレールに従って歩くしかないミゲルが……世間の期待を背負って、天才科学者としての功績を収め続けなきゃいけない、〝生きていればのアルシード〟に見えた。」



 こじつけと言われればそれまで。



 だけど、一度でも自分と重なってしまったら、その親近感はもうなかったことにできなくて……



「高校こそ別れたけど……結局、ミゲルが気になって大学で合流しちゃった。情報技術と知恵を極めて国防軍の参謀局に入るってのも、ジョーの人生としてはありえるかって思えたのも大きいけど。でも……あれがいけなかったのかな。」



 一つ吐息をつき、アルシードは力なく笑う。



「ディアの辞令を見た時は、寝耳に水って感じで驚いたよ。それとなくマークはしていたはずなのに、なんであいつの情報は僕の包囲網をすり抜けていくんだって、ムカつきもした。その時点で面倒な予感しかしなかったのに……なんでか、ディアのとこに行けって、ミゲルの背中を押しちゃってたんだ。あれで一つ、歯車が狂った。」



 自分は何をやってるんだろうと。

 初めてそう思った瞬間だ。



「それでミゲルが開き直って、僕が言ったようにディアの味方について……ミゲル嫌いの馬鹿が、ミゲルをドラゴン部隊に飛ばす準備をしてるって分かって……気付いたら、ランドルフさんに異動願を叩きつけてたなぁ。あれでまた一つ、歯車が狂ったんだ。」



 今思えば、ミゲルが母親の期待をぶち壊して定められたレールから飛び出せたことが、自分は嬉しかったのかもしれない。



 同時にそれが(うらや)ましくて、自分もそうなりたいなんて幻想を(いだ)いてしまったのかも。



 そして、ランドルフはそんな自分の機微に気付いていたのかもしれない。



 自分を総督部のスパイとして利用するつもりだったのか。



 ディアラントの後ろについていたのがターニャだと知って怒りをぶつけに来た自分に、あんな契約を持ち込んでくるんだから。



 ディアラントやミゲルと一緒に、君もぶっ飛んでしまえ。

 そして、君が信頼できる彼らに、自分で入ったその(おり)を壊してもらえって。



 今なら、あの契約がそういう意味だったのだと分かる。



 しかし、当時の自分はそのメッセージには気付かず、復讐心を満たしてくれる契約内容だけに飛びついてしまったのだ。



「ランドルフさんも、僕の使い方が上手いよ。あんな最上級の(えさ)をもらったら、喜んで働くって。そこからは……なんだかんだと、復讐以外でも毎日を楽しんでたか。同じ天才仲間だからかな。ディアと話してると自然に価値観が合うことも多くて、気楽だった。そうして少しずつ狂っていった歯車は……―――キリハ君に会ったことで、一気に(きし)み出した。」



「………っ」



 自分の名前が出たことで、キリハが小さく肩を震わせる。



「誤算だったよ。助けてあげなきゃって、守ってあげなきゃって……今さらこの僕が、そんな衝動に駆られるなんてさ。でもね……それだけなら、まだよかったんだ。らしくないことをしてるとは思ったけど、それがどういう意味なのか、あの時の僕は分かってなかった。分かってなかったから、違和感なんて復讐心でいくらでも塗り潰せた。見ないふりができた。なのに…っ」



 そこまで告げたアルシードは、険しい表情で顔を上げた。





「僕の人生最大の誤算は……―――あなたに出逢ってしまったことだ!!」





 また激情がせり上がってきて、目の前のノアに掴みかかってしまう。



「あなたが、僕がアルシードだと気付いたのがいけないんだ!! あれで僕は、忘れていたはずの亡霊を思い出してしまった! キリハ君を助けたがっているのが、アルシードとしての心だと分かってしまった!! おかげで、綺麗に殺したはずの人間が生き返っちゃったじゃんかよ!!」





 それは、ジョーとしての人生―――復讐の人生において、一番あってはならないことだった。





「それだけならまだいいさ! 時間が経てば、亡霊なんてまた殺せるから!! だけどあなたは、僕を揺さぶり続けて……最終的に、僕にアルシードとしての一歩を踏み出させた!! もう二度と触れないって決めてたのに、僕に白衣を着せて、ロイリアを助ける薬を作らせた!! そのせいで僕は……やっぱり、薬の世界が好きだって……アルシードに戻りたいって、そう思ってしまったんだ…っ」



 歪んだ目元から、新たな涙が洪水のようにあふれ出る。



「どうしてくれるのさ!? あなたのせいで、僕の計画は台無しだよ!! どうしてあなたはいつも……僕をこんなに深く傷つけてまで、僕をアルシードに戻そうとするんだ!!」





「愛しているから。」





「―――っ」



 たった一言。

 それだけで、暗く(よど)んだ世界は色を変える。



「兄の虚像の裏で、傷だらけのまま消えていきそうなお前を見つけて、惹かれてしまった。お前が初めて見せてくれた、アルシードとしての仕草に惚れてしまった。私やキリハを介して、ルルアで徐々にアルシードを取り戻していくお前を、誰よりも深く愛してしまった。理由なんて、ただそれだけだ。」



「ノア……」



「アルシード。何故私が、付き合った後は結婚を急がなかったか分かるか?」



 涙目で微笑んで、ノアはアルシードの目頭をそっと拭う。



「お前は科学者だ。何かを断定するまでには、くどいくらいの実証実験と明確な根拠が必要だろう? 私はお前が納得できるまで、傍に寄り添って根拠を示し続けようと思ったんだ。」



 彼女が愛する人に根拠を示したかった事象とは―――





「アルシード。私は……―――お前が、心から信じられる人間か?」





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