ラウンド63 復讐に宿る想い
「アルシード……」
自身も涙を流しながら、ノアは最愛の人に語りかける。
「もう一つ教えてくれ。どうしてその時に、その気持ちに蓋をしてしまったんだ? お前の周りにはきっと、信じられる味方がたくさんいただろう?」
彼女がそう問いかけた瞬間、アルシードの肩が大きく揺れる。
「信じられる…?」
ぽつりとその言葉を繰り返した彼は―――それを一笑に付す。
「ふざけたことを言わないでよ……一度裏切られた僕が、同じ過ちを犯して他人を信じるとでも?」
勢いよく顔を上げて、アルシードはノアを睨む。
「信じる必要なんてないだろ!? だって……裏切られたら、こんなにも痛いんだ!! もう二度と味わいたくないくらいに、痛くてたまらないんだ!! そして、この痛みを癒す術が、あの時の僕にはなかった!!」
その表情を彩るのは怒りではなく―――純粋な悲しみ。
「テロ組織の奴らに騙されて、ちょっと魔が差しただけ……それが真実なら、僕だって許した! だけど、真実を知る前にお兄ちゃんは殺されちゃったんだから、もう聞きようがないじゃん!!」
「―――っ!!」
兄が殺されたという事実に、先に事情を知っていたノアとキリハ以外の人々が青くなって息を飲んだ。
「それなら、僕の手元にある真実は……お兄ちゃんが僕を嫌ってたっていうあいつらの話と、怖がる僕を見て楽しそうに笑ったお兄ちゃんの顔しかないんだよっ!!」
血を吐くような、悲痛な叫び。
それが大きく空気を揺らした後には、対照的な静寂だけがそこを満たした。
「……それで、復讐の道に進んだのか。」
ノアが、静かに訊ねる。
「そうだよ。悪い?」
アルシードの瞳に、暗い炎が灯る。
「大好きだった道を絶たれて、やり返しもせずに泣き寝入りしろっての? そんなの、我慢できるかよ…っ」
その憎悪はすさまじく、見た者を凍えつかせるほどの威力を伴って燃え盛る。
「何が生き残り計画だ! そんなんじゃない! これはくそ兄貴と―――セレニアそのものに対する、僕からの復讐だ!!」
その言葉が放たれた瞬間、ノアとキリハが違和感に眉をひそめる。
彼が告げた言葉は、これまで二人が聞いていたものとは少しだけ違っていたからだ。
「セレニア、そのもの…?」
「ああ、そうさ!」
ノアの呟きを肯定するアルシード。
そして彼は、さらなる衝撃の真実を告げる。
「そもそも本当は〝九歳の天才科学者〟なんて、生まれるはずじゃなかったんだ!!」
「―――っ!?」
大きく目を見開くノアとキリハ。
しかし、そんな二人の反応は彼の意識に届いていないのだろう。
壊れた機械のように、アルシードは己が見てきた過去を述べ続ける。
「僕の父さんと母さんを、その辺の馬鹿と一緒にするなよ!? 僕が無自覚でとんでもない薬を作っちゃったあの時、父さんたちは〝薬の特許権も名誉も好きにしていいから、アルシードの存在だけは隠してくれ〟って、会社にそう頼んだんだ! 僕を守るために!! それなのに……どっかの馬鹿が、情報料欲しさにマスコミにネタを売っちゃったんだよ!!」
「そんな……むごいことが……」
「そうだろ!? むごいだろ!? おかげで散々だよ!!」
この想いを知ってくれと。
必死にそう訴えるように、アルシードはノアの二の腕を大きく揺さぶる。
「マスコミの奴らは話題性のためだけに、僕の名前を好き勝手に弄んだ! それを聞いた周りも、おもちゃみたいに僕を持ち上げた! その結果どうなったよ!? お兄ちゃんは歪んだ上に死んじゃって、僕は好きな道を絶たれて心が死んで、父さんと母さんは……二人いた子供の両方を失うことになったんだぞ!?」
ノアの顔が、大きく歪む。
「これで恨むなって言うの!? 悪意がなかったんだから、人を二人も殺したことでも許せって!? そんな……そんな神様みたいなこと、僕にはできないよ!!」
矢継ぎ早にそこまで吐き出したアルシードは、ふと肩を落としてうつむく。
「―――〝マスコミの報道と称賛の声が、天才を殺した〟」
ぽつり、と。
そう呟いたアルシードの肩が、笑みを伴って揺れる。
「お兄ちゃんに成り代わるための一年半、暇で仕方なくてさぁ……いくつかのSNSと掲示板で、そう煽ってみたんだ。」
涙を止めないまま、アルシードは嘲笑する。
「あっという間に、世間はマスコミ批判の嵐さ。同調したお前らも同罪だろって本音はあったけど、まあ気分はよかったよ。どうせ世間体のためだろうけど、謝罪の申し込みがすごかったね。僕のことをマスコミに売った奴も、行き場を失ったみたい。」
おそらくはそれが、彼の復讐心が初めて牙を向いた出来事。
しかし、復讐の鬼と化した天才はこの程度では終わらない。
「ざまあみろ。普段愉快に弄んでる情報に首を絞められた気分はどうだって……ハッキングで僕の情報を消すついでに、色んな奴の不正を掴んでは、頃合いを見て垂れ流してあげたんだよ。あの国を、天才の亡霊に操られるお人形にしてやろうってね。割と簡単だったよ? ウイルスにやられてデータ全滅なんてこともあったけど、最終的はバックアップは―――ココにあるからね。」
とんとん、と。
アルシードが示すのは、自身の頭。
一度得た情報は全て記憶している。
それはまさに、天才だからこそできることだろう。
「いつか殺されるその日まで、こうやって生きていくつもりだった。―――なのに、どこで狂っちゃったんだろうね……」
そうして、アルシードの話は次のフェーズに転じていった。




