表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/84

ラウンド62 キラキラのお薬




「アル!?」





 異変を察知してアルシードに顔を向けたキリハは、そこにあった光景に目を剥いた。



 ぽろぽろと。

 茫然と見開かれた瑠璃色の双眸から、透明な雫がいくつも滴り落ちていたのだ。



「ちが……これは…っ」



 必死に取り繕おうとするアルシード。

 しかし、止めようとすればするほど、涙はさらにあふれてくるようで―――



「―――っ」



 嗚咽(おえつ)を殺すためか、両手で口を塞いだ彼は、きつく目を閉じてその場に崩れ落ちてしまった。



(止まんない……止まんないよ……)



 僕の馬鹿。

 急に何やってんの。

 動揺から早く立ち直れって。





 こんな衝動、さっさと箱の中に戻して―――……





「アル―――」



 慌てて手を伸ばそうとしたキリハの隣を、圧倒的な速さで別の影が横切ったのはその時。



「―――っ!!」



 大きく目を見開くアルシード。

 彼の頭を自分の胸の中に閉じ込め、きつく抱き締めたノアは……





「―――おかえり。アルシード。」





 優しく。

 本当に優しく、彼に語りかけた。



「急に目が覚めてしまって、びっくりしたな。久しぶりに光を浴びて、混乱しているだろう?」



「あ……あ……」



「ほら、怯えなくても大丈夫だ。ここには、お前を傷つける者はいない。見てほしくないなら、私が顔を隠しておいてやる。」



「うっ……うう…っ」



「そうだ。もう、我慢しなくていい。」



「う……ああ……」



 ノアが語りかける度。

 ふわふわとした髪を丁寧に()く度。



 涙の塊があふれて、顔が大きく歪んで。

 そして―――





「うああああっ! あああああっ!!」





 ノアにしがみついて、彼女の服をしわくちゃに握ったアルシードの口腔から、魂を揺さぶるような慟哭(どうこく)(ほとばし)った。



 開いてしまった、パンドラの箱。

 そこからあふれた激情が何もかもを壊して、心を蹂躙(じゅうりん)していく。

 血が流れて止まらなくて、激しい痛みでおかしくなりそうだった。



「アルシード……何を思い出してしまったのか、私に教えてくれないか?」



 差し出された甘い絆創膏(ばんそうこう)

 それが欲しくて、必死に手を伸ばす。



「僕は……僕は…っ。………病気を治す薬を作ったんじゃない…っ」



 遠い昔に殺した自分が、全身全霊でそう叫んでいた。



「そうだったのか…。では、アルシードは……どんな魔法のお薬を作りたかったんだ?」



 自分の想いを否定せずに、ノアが先を(うなが)してくれる。

 だから余計に、この想いは止まらなくて―――



「キラキラ……」



 過去の純粋な気持ちが詰まった単語が、自分の口から零れていく。



「キラキラのお薬……おじいちゃんやおばあちゃんに、今よりもっとキラキラしてもらうお薬だったの。」





〝キラキラのお薬〟―――それが、奇跡の難病治療薬の本当の名前。





「そうか…。アルは、キラキラが大好きだったんだな。」

「うん……うん…っ」



 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、九歳のアルシードが一生懸命に語る。



「あのね……おじいちゃんたちから、キラキラが消えてっちゃうの。あのキラキラがなくなっちゃうと、みんな眠って起きなくなるの。だから、キラキラを増やしてあげなきゃって…。そしたらね、妖精さんが〝こうしたらいいんだよ〟って、僕に教えてくれたの…っ」



 そうだよ。

 あの薬は、正確には僕が作ったんじゃないんだ。



 僕は妖精さんの言うとおりに論文や薬の成分表を読んで、妖精さんの言うとおりに計算して、意味も分からずに薬を混ぜ合わせただけなんだもん。



「おじいちゃんたちが薬を飲んだ後も、妖精さんが〝ここを(さわ)れば悪い所が分かる〟〝この数字がよくなれば、キラキラがもっと増える〟って……」



「そうか……そうだったのか……。自分の才能の声が、アルには妖精さんの声に聞こえていたんだな。」



 優しく相づちを打つノアの表情が、深い悲しみで歪む。

 キリハも他の職員たちも、涙と共に幼い叫びに耳を傾けた。



「嬉しかった…っ。僕がお薬をあげたら、キラキラがどんどん増えてくの。おじいちゃんもおばあちゃんも、にこにこ笑ってくれるの…。でも……でも…っ。―――そしたら、お兄ちゃんのキラキラが消えちゃった!!」



 一際大声で、アルシードが一番の傷を吐露する。



「知らないよ、質量保存の法則なんて! キラキラを増やしたらどこかでその分減るなんて、分かるわけないじゃん!! そんなに、キラキラのお薬を作ったのがいけなかった!? そのプラスと整合性を取るためには、お兄ちゃんのキラキラだけじゃ足りなかった!? だから悪魔がお兄ちゃんに言って……僕のキラキラまで奪っていったの!?」



 止まらない雫が赤く見えるのは、きっと気のせいではなくて……



「毒を作れって? ああ、作ってやったさ! だって怖かったんだ! 死にたくなかったもん!! その代わり、あいつらを実験台にしてやったけどね!! でも、そのせいで僕のキラキラは死んだんだ! どんな理由であれ、一度でも人を傷つけるような薬を作った僕には…………もう、この道に進む資格なんてない……」



 がっくりとうなだれるアルシード。



 薬を作るなら当然、それは人を救うものでなくてはならない。



 それは天才科学者としてではなく、アルシード・レイン個人として守らなければならない、最大の矜持(きょうじ)だったのだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ