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ラウンド60 ルルアの人々の反応

 逃げるノアを追いかけるように研究所に入ると、そこには所長たちを始め、職員たちが勢揃いしていた。



 このお出迎えは、初めてここに来た時以上ですね。

 まあ、気持ちは分かるけど。



 ジョーは―――アルシードは一呼吸を入れて、ジャケットの(えり)を正しながら背筋を伸ばした。



「お騒がせしていて、申し訳ないです。改めて自己紹介を。僕の本当の名前はアルシード・レイン。自分で言うのも複雑ですが、奇跡の難病治療薬の開発者です。」



 初めて自分から、この名前を名乗る。

 すると、研究所の皆の顔が瞬く間に感動で震え出して―――



「やっ……やったーっ!!」



 怒濤(どとう)の勢いでなだれ込んできた皆が、自分をもみくちゃにする勢いで飛びついてきた。



「なんてこった! 気付かぬうちに、今世紀最大の天才を抱えてたなんて!!」



「サインください、サイン!!」

「とりあえず、改めて握手させてください!!」



「論文! 論文!」

「文武両道の上にあそこまで奥さん思いなんて、どこまで完璧なんですか!!」



 感激と称賛であふれるロビー。

 正直、かなり戸惑っている。



「えっと……皆さん、少しも疑わないんですね…?」



 どういうこと?

 セレニアではともかく、ルルアでは僕の名前なんてそこまで有名じゃないよね。

 ちょっとくらい疑う人がいてもよくない?



「疑うって……」



 自分の問いかけに、研究所の人々は互いに顔を見合わせる。



「あそこまでハイペースで難解な研究を進めといて……」



「むしろ、納得しかできない。」



「新薬こそ開発してないですけど、いくつ新定義を作ってましたっけ。しかも、さも簡単に。」



「あなたがもしアルシード・レインじゃなかったとしても、天才と呼ぶには十分ですよ。」



「あー……あれぇ?」



 そう言われればそうか。



 ルルアじゃ特に何かを隠す必要もないから、完全にアルシードモードで研究を進めちゃってたな。



「まあ、薬学を専攻しているのがアルシードというのも、一つの思い込みですよねぇ。……道楽で作った未発表の薬なんて、ごまんと頭の中にありますけど。」



 主に睡眠薬とか自白剤とか、ダークな用途のものだけど。



「何ぃっ!?」

「さっさと論文にして発表しろーっ!!」



 これに興奮したのは、所長と副所長のお二人。

 パーソナルスペース無視で詰め寄ってくるもんで、少々暑苦しい。



「いや……発表するほどの薬じゃないんで。持ち合わせの薬品で、即席調合しただけのものですし。」



「そう思ってるのは君だけだーっ!!」



「おい! とりあえず、薬学会の会長に電話だ!! あのアルシードがここにいると知れば、今日中には飛んでくる!!」



「セレニアを出し抜くぞ!」



 大興奮の所長たち。



 セレニアでの面倒を回避するためにルルアに逃げてきたんだけど、ルルアは別の意味で面倒そうだ。



「旦那さん、旦那さん。」



 その時、職員の一人が(そで)を引いてきた。



「アルシードうんぬんより、気になることがあるんです。」

「はい、どうぞ?」



「ニュースのあれ……誰です?」



 問われたのはそんなこと。

 何を訊きたいのか分からなくて、周りを見渡してみる。



 訊いてきた彼女だけじゃなくて、全員がこの問いへの答えを待っているという、まさかの状況だった。



「誰って……僕ですけど。」



「嘘ですよ。別人ですよ。」

「旦那さんって、二重人格か何かですか?」

「それか、双子の兄弟が影武者をやってる説。」



「ええ…?」



 なんと答えればいいのか分からなくて、思わずヘルプ要請。



「そんなに違う?」



 訊ねた先で、ノアとキリハはくすくすと笑っている。



「まあ、ルルアでは悪魔モードもお休みだったもんね。」



「この国にはお前を慕う者こそいても、お前を煙たがって喧嘩を吹っかける者はおらんからな。」



 ああ、なるほど。



 眠れる獅子(しし)を刺激する人間がいなかったから、ルルアでの僕は猫並みに無害だったわけか。



「やられたらやり返す。それが僕の流儀です。僕を下手にイラッとさせると、ああなります★」



 とどめにウインクを一つ。

 すると、皆が揃って(つば)を飲み込んだ。



「絶対に怒らせないようにしよ……」



「っていうか、天才に喧嘩売るとか、セレニアの奴ら馬鹿だろ……」



「ええ、そうなんです。表面上の名前に踊らされるような、知能指数ゴミくそ以下の人間ばっかなんです。」



「こんなに分かりやすく、天才の能力を発揮してるのに……」



「気付かないのが逆にすげぇわ……」



 やっぱり、先入観の違いかな。

 セレニアの人たちよりは、まだまともな反応じゃないの。



 アルシードはくすりと笑う。



「まあ、僕が仕組んだことなので、当たり前の結果ですが。」



「確かに……あの天才劇場はすごかった。」



「普通に、ドラマか映画にできるよな。」



「その打診が即行来たので、ふざけるなと叩き返しておきました。人の不幸を面白おかしく映像にするなっての。」



「アル……まさかそれだけで、テレビ局の重役とかを吊るし上げてないよね?」



「吊るし上げてはいないよ。……そちらの執行役員の方に何もお心当たりがないなら、改めて打診してくださいって言っただけ。」



「やっぱり(おど)してる……」



(こえ)ぇ……」



「なるほど。これが情報の覇者(悪魔)ってことなのか……」



 苦笑いのキリハと、青筋を立てる職員たち。



 ―――そう。



 ルルアではその機会がなかっただけで、これが脚色なし、等身大のアルシードなのである。



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