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ラウンド56 この世は天才の人形劇場

 一応、がめついマスコミの皆さんも不法侵入まではしないみたい。



 門の前に張りつく奴らは、庭を通って姿を現した自分を見るなり、カメラのシャッターをうざいくらいに切った。



「ジョー・レインさん! あのニュースは本当なのですか!?」

「本当にあなたが、二十年前に他界したはずのアルシードさんなのですか!?」



「テロ組織に拉致(らち)監禁されたとは!?」

「少しでも構わないので、何かお話を―――」



 太陽の光並みにまぶしいフラッシュ。

 それを()けるように顔をうつむけて、ジョーは静かに門へと近付く。



 そして―――全力で門を蹴り上げた。



 派手な音と共に、門が大きく揺れる。

 思わぬ事態だったのか、マスコミの人々が口をつぐんで息を飲んだ。



「―――ふぅ…」



 静かになったその場に、小さな溜め息。

 誰もが大きな緊張を(いだ)いて、深く顔を下げる彼を見つめる。



 皆の視線が集まる中、ようやく顔を上げた彼は―――にっこりと笑った。



「とりあえず……近所迷惑だから、庭に入ってくんない?」



 そう言って、自ら門を開く。



「え…?」

「さっさと入る。三分で閉めるからね。」

「あ、はい……」



 有無を言わさぬ威圧感に押され、人々はぞろぞろと門の内側へ。



 よくもまあ、この短時間でここに集まったこと。



 というか、当然のように実家に押しかけてこられるんだから、この世に真のプライベートなんかないよねぇ。



 そんなことを思いながら、大量のカメラとマイクをお土産(みやげ)に庭の(すみ)へ。

 そこに()えられている椅子に優雅に腰かけ、ちらりと皆へと目を向ける。



 どうやら、皆は想定外の事態ばかりが続いてどうすればいいのか分からないご様子。

 出鼻を(くじ)かれたとは、まさにこのことだろう。



 ジョーはテーブルに頬杖をつき、(さげす)みの一笑を浮かべる。

 そして……





「さて……―――二十年も(だま)されていた気分はどう?」





 笑みに(あや)しさを交え、群がってきたアリたちに極上の砂糖をプレゼントしてやった。



「では、あなたはやはり……」



「はいはい、そうですよ。僕はアルシードですよ。時効ってめんどくさいねぇ。すーぐばれちゃうんだから。」



 別に信じようが信じまいがご自由にという感じなので、ジョーは携帯電話をいじりながらテキトーに答える。



 本人から取れた言質(げんち)

 それで、マスコミたちに再び追及の炎が宿った。



「アルシードさん! 何故このようなことを!?」



「何故って、あの記事読まなかった? あそこに書いてあることが全部だけど?」



「では、テロ組織に拉致監禁されていたというのも事実なのですか!?」



「馬鹿なの? それが嘘なら、僕が名前を変える理由がなくない? 被害者保護制度の適用条件、調べ直してきたら?」



 うざいうざい。

 一応ここには、エリートと言われているメディアの奴らもいるよね?

 もう少し知能指数の高い質問はできないの?



「何故このようなことを……―――じゃあ訊くよ。この中に、少しでもアルシード・レインが生きていると疑った人……それどころか、アルシードって名前を知っていた人、いる?」



 訊ねると、皆一様にぎくりと肩をすくませる。



 悪いね。

 早くも面倒になってきたから、主導権はもらうよ。

 写真と映像だけ勝手に撮ってな。



「二つの新薬を開発した九歳の天才科学者、アルシード・レイン。あの時、世間が知っていたのはこれだけ。なら……」



 足を組み、もったいつけた仕草で指を一本立てる。



「アルシードは科学者である。アルシードは九歳である。この二つの事実を棄却すれば、僕の存在を証明することは限りなく不可能。そして、それに加えて……アルシードが生きているという事実が棄却できれば、より完璧だよね?」



 話しながら三つ目の指を立てれば、マスコミ皆さんがまあ面白い顔で(つば)を飲み込むこと。



 皆の意識を一手に引き込みながら、天才の演説は続く。



「ちょうどよく死んでくれた人間がいるんだよ? 利用しない手はないじゃない。被害者保護制度で親戚でも血縁でもない、全くの他人にならなきゃいけないなんて……誰が決めたの?」



「………っ」



「ああ、そうさ。常識的にはありえない。近しい人間の名前を名乗って父さんや母さんの近くをうろつくなんて、自分の正体を隠す気がないも同義。なんのための保護制度だって話だもんね。でも残念。」



 指を振って、ジョーはその〝ありえない〟を否定する。



「天才であるこの僕に、そんなちゃっちい常識なんて通用しないのさ。第一、科学の世界においては常識なんてもの、くそくらえってくらい邪魔なんだよ。」



 痛烈に常識を切り捨て、ジョーはくすくすと肩を震わせる。



「あのくそ兄貴も、僕が新薬を開発するまでは、情報技術の天才としてちょっと名が知られてたみたいじゃん? だから、周りが想像するとおりの進路を辿ってやったさ。そしたらどう? だーれも僕がジョーじゃないなんて疑わない。まあ疑わないよね。アルシードは死んだんだから。でもさぁ……」



 種明かしを楽しむ瑠璃色の双眸に宿る光が、ここ一番の鋭さを見せる。



「いつ、誰が、〝アルシード・レインが死んだ〟なんて言ったんだろう? 過去の取材履歴を見れば分かるだろうけど、父さんも母さんも、アルシードが死んだなんて一言も言ってないよ?」



「………っ!?」



「ちなみにね、僕のお墓もないんだ。保護制度の一環でレイン家のお墓の場所もトップシークレットだったから、誰も知らないでしょ?」



「そ、そんな……」



「いやぁ~、馬鹿な凡人たちが勝手に憶測を並べてくれて、僕としてはありがたい限りだったよ。世間が騒げば騒ぐほどに、僕の計画は完璧になる。思い込みが激しくなるのも大歓迎。後になって僕が〝本当はアルシードなんだ〟って言ったところで、常識に(とら)われた凡人たちは信じないからね。おかげで僕はこれまで、誰にも注目されることなく、限りなく安全に、この世界を裏から好きなように操ることができたさ。」



 ゆっくりと、椅子から立ち上がるジョー。

 天才は凡人たちを高みから見下ろし、その才能を見せつけるように笑う。



「ありがとね。今まで、僕の便利な操り人形でいてくれて。」

「………っ」



 その瞳に込められた(すご)みに、皆が皆震え上がった。



 この世は天才によって支配された、滑稽(こっけい)な人形劇場であると。

 それを知るには十分な時間だった。



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