ラウンド54 数は少なくても、強力すぎる味方
「………」
電話が切れて、すぐには言葉が出なかった。
ねえ…
今、何が起こってるの?
頭の中がぐちゃぐちゃで、まともな考えが何一つ浮かばない。
唐突に襲ってきた出来事に、理性も感情もついていけない。
「………?」
とりあえず携帯電話を下ろして、新着メッセージが一件入っていることに気付く。
ミゲルからだった。
明確な意思はなく、メッセージが届いているという現実に反応して、指が機械然とした動きでメッセージを開く。
お前がどんな名前を名乗ろうとも、おれの親友であることに変わりはない。
とりあえず今は、いつものお前らしくやり返してやれよ。
次に会う時は、堂々とお前のことをアルシードと呼ばせてくれ。
―――ノア様に、感謝しろよ?
「―――っ!?」
最後の一文を読んで、この事件を主導した犯人を知る。
思わず見た隣で、ノアは優しく微笑んでいた。
「驚かせてすまないな。籍を入れるならやはり……〝ジョー・レイン〟ではなく、〝アルシード・レイン〟じゃなきゃ嫌だったのだ。だから結婚のことは伏せて、ムカつくからいい加減化けの皮を剥いでやりたいという建前で……セレニア中に協力を頼んだ。もちろん、ご両親にもな。」
「―――っ!!」
まさか、やたらと仲がよかったのはそういうこと?
バッと、視線を前へ。
そこでは二人とも、ノアと同じような優しい表情でこちらを見ている。
「あなたのことだから、一度自分で決めたことを曲げたくない以上に、私たちが批判されることが嫌で踏ん切りがつかないんじゃないかって……想像どおりね。ノアさんから話を聞いた時は、笑っちゃったわ。」
「母さん……」
「あのね、アル。私たちは、君が私たちを守ろうと嘘をつき続けることよりも……やっぱり好きだからこの世界に戻りたいって、素直にそう言ってくれたことの方が何倍も嬉しいんだよ?」
「父さん……」
「人の噂も七十五日。時間が経てば、一時の批判なんて収まるさ。でも……」
そこで両親の目が、ノアに移る。
「ノアさんがたくさんの人に協力を仰いで、私たちが批判されずに済む建前を一生懸命考えてくれたよ。」
「………」
ゆっくりと。
視線を隣に戻す。
「なあ、アルシード。」
携帯電話を握り締めたまま動かなくなった冷たいジョーの手に、ノアが両手を重ねる。
「これまであえて敵を増やしてきたお前には、確かに味方が少ないな。だが、この一件でよく分かったぞ。」
誇らしげに、彼女は笑う。
「その分お前の味方は、一人ひとりがとんでもなく強い。そんなお前の味方が全員で手を組めば、過去をちょっと書き換えるくらい造作もないんだ。まさに少数精鋭だぞ!! こんなにも強力なジョーカーばかりの手札なんて、魔性の改革王たる私でも羨ましくなるほどだ!!」
「ノア……」
「まあ、その中で最も強力なジョーカーは、他でもないこの私だがな!」
「―――ふふっ」
無意識のうちに、噴き出してしまっていた。
ちょっと、ちょっと。
感動的な雰囲気の話を、そんなオチに持っていくの?
大統領選の演説、誰かが裏でカンペを作ってない?
「アルシード。」
名前を呼ばれる。
そちらに顔を向けると、両親が涙を浮かべていた。
「本当に素敵な、運命の女性と出逢ったのね。」
母のその言葉が、心を揺らす。
「ああ……そうだね……」
するりと、ごく自然に。
反感も異論も一切なくて、ただただその言葉を認めることしかできない。
「運命の人だよ。僕を〝アルシード〟に戻すことができる、たった一人の特別な女性さ。」
ジョーとして、これまでたくさんのものを得てきた。
だから、ある意味容赦なく得たものを切り捨てられた。
だって、これは〝アルシードのもの〟じゃないから。
でも、彼女だけはだめなんだ。
彼女だけは出逢った最初から、〝ジョーのもの〟じゃなかったんだもん。
ジョーのものという領域に入れておこうとしたのに、本人がそこから飛び出しちゃったんだ。
私は〝ジョーのもの〟ではなくて、〝アルシードのもの〟でありたいんだって……
呆れるくらいまっすぐに、驚くくらい圧倒的な力で〝ジョー〟の殻を突き破って、〝アルシード〟の元へと乗り込んできちゃったんだよ。
こんな人と出逢えるなんて、運命としか言いようがないじゃん……
「……む。」
その時、ノアがふと外を仰いだ。
「やれやれ…。どの国に行っても、マスコミというのはがめつい生き物だな……」
確かに、外が騒がしくなってきた。
あのネットニュースを見て、慌てて集まってきたみたいだ。
「行きなさい、アルシード。」
今度は父が口を開く。
「君はもう、その傷から解き放たれていいんだよ。」
解き放たれていい。
もしかしたら自分は、その言葉を強く求めていたのかもしれない。
「………っ」
遥か昔に忘れたはずの涙が、こんなにも簡単に浮かんでくるんだから……
(なるほどね…。ミゲルが言った〝やり返してこい〟って、このことか……)
そうだね。
このままやられっぱなしは、僕じゃないよね。
やられたらやり返す。
これはジョーじゃなくて、アルシードの流儀だ。
「行ってくる。」
「ああ、行ってこい。」
目尻に浮いた涙を拭って告げると、ノアが力強く肩を叩いてくれた。
「待っているぞ。お前らしく暴れて……―――戻ってきたら、アルシードとして私を抱き締めてくれ。」
その言葉に、強く背中を押される。
いつだってそう。
キリハとロイリアを助けた時だって。
ルルアではアルシードでいてやると譲歩した時だって。
そして今だって。
僕がアルシードとしての一歩を進める時、いつも傍にはあなたがいた。
あなたにしか、僕の背中は押せないんだよ。
「うん。期待して待ってて。」
晴れやかに笑い、彼は最後の大きな一歩を踏み出す―――




