ラウンド53 宮殿からのお祝い
「なんだよ、これ……」
ジョーは携帯電話を握り締める。
本当の心で、光の中へ飛び立ってほしいだって?
それとは真逆の闇に僕を叩き落としたのは、お前たちなのに?
「許せとは言わないよ。」
こちらの心情を察しているランドルフは、無理を強制してはこなかった。
「ただね、彼は罪を償いきった。だから……君の目に触れないところで細々と生きるくらい、見逃してやってくれ。」
「……ちっ。」
思わず舌を打つ。
どうせ僕が彼を殺そうとしたところで、あなたが隠すくせに。
もうどこかに高飛びさせた後なんでしょ?
「そして、アルシード……君はいい加減、君が受けるべき光を浴びなさい。本当の心で―――アルシード・レインとして。」
「―――っ!!」
電波を通して耳から響くのは、全身を揺さぶる言葉。
「まったくじゃ!」
動揺から立ち直る前に、別の声が飛び込んできた。
「ケンゼルさん…? どうしてそこに……」
「んあ? わしだけじゃなく、この場にはオークスやターニャ様たちもおるぞい?」
「は…?」
「お前さんの意地っ張りには、もはや感服するわ!」
ケンゼルは、ふんと鼻を鳴らす。
「初志貫徹というのは、誰もができることじゃない。それを実行し続けてきたお前さんは、十分に褒められた人間じゃ。しかしのう……その初志がそんなに残念じゃ、宝の持ち腐れではないか? ここは特別に、初志を改めるべき時じゃ。もう諦めんかい。」
「諦めるって……」
「お前さんはどう頑張ったところで、最低な人間にはなれんと言っとるのじゃ。」
「―――っ」
言葉につまるジョーに構わず、ケンゼルのお説教は続く。
「のう、天才科学者アルシード・レインよ。お前さんの根幹にあるのはいつだって、誰かを救うための知識を追い求める衝動じゃろう? 無意識にその本当の初志を貫いているお前さんは、これまでに誰を傷つけられたかのう?」
「は…?」
いや、おじいちゃん。
ボケでも始まっちゃったの?
「……腐るほど、数えきれないくらい傷つけまくってきたと思うんですが?」
「ああもちろん、お前さんに情報をばらされて自滅した奴らは抜きじゃぞ?」
「へ?」
「当たり前じゃろうがい。あれはただの因果応報じゃ。お前さんに突っかかる以前に、やましいことをしたそいつが悪い。やり返したのではなく、お前さんが自分の意志で、なおかつ悪意を持って先に傷つけた人間は誰だと聞いとるのじゃ。」
「………」
「おらんじゃろうな。やられたらやり返すが、やられない限りは大人しくしとるというのも、自発的に動いたらすぐに他人を助けてしまう自分を抑えるための、苦肉の策だったのじゃろう?」
「ちが…っ」
とっさに脳裏にひらめいたのは〝違う〟の二文字。
「僕は、そんな人間じゃ―――」
「そうじゃ。〝被り物を被っとるお前さん〟は、そんな人間じゃないんじゃろうな。じゃが……〝海の向こうで被り物を脱いだお前さん〟は、どうじゃ?」
「………っ」
「ほほほ。面白い話を、たくさん聞かせてもらったぞい? べったべたに甘やかしておるらしいのぅ?」
「あの話には寒気がした!」
次に、オークスの声が飛び込んでくる。
「おい、アルシード! 君がどんな人間かはともかく、いい加減こっちの研究室に溜まっている論文を公表させろ! というか、〈竜使い特有の瞳を元に戻す技術開発および、偶発性脳機能障害他、ドラゴン疾病の治療薬開発〉……なーんて、くそ善人テーマを専攻しておいて、よくもまあ〝自分は気まぐれで最低な人間ですから~〟と宣えたもんだよ。論文に人間性がぜーんぶ出てるっての。」
「そんなんじゃ……そんなつもりでやったんじゃ……」
「アルシード・レインさん。」
さらに割り込むのは、凛とした女性の声。
「私はあなたのことを、ちゃんとした意味で褒め称えたいですよ。セレニアにはこんなにも優秀で優しい方がいるのだと、胸を張って言いたいのです。そして、天才たるあなたがこんなにもすばらしい研究をしていると知ったら、竜使いの皆さんが……いえ、セレニアの全国民が、あなたに絶大な信頼と期待を寄せるでしょう。」
「ターニャ様……」
「じゃあ、オレも便乗しちゃお~♪」
奥さんとバトンタッチして、馬鹿みたいに明るい旦那が出しゃばってくる。
「なあ、アル! 嘘がすこぶる苦手なオレを、嘘をつかなきゃいけない状況から解放してよ~。そろそろオレ、うっかりと〝ジョー先輩はああ見えて、オレと同い年(ほぼ一個下)ですけど?〟とか言っちゃいそうなんだよぉ~。締められたらやばいから、頑張って口を閉じてるけどさぁ~。」
だめだ、こいつ。
発言に全然中身がない。
真正のバカって、こいつのことだよ。
「アルシード。」
そして仕上げに、またランドルフが電話に出てきた。
「新たな門出に、宮殿からのお祝いだ。なんのお祝いかは……言わなくても分かるよね?」
ドクン、と。
再び大きくなる鼓動。
だけどその鼓動は―――これまでのように、嫌な感情から来るものではなかったと思う。




