ラウンド50 嫌な予感
結婚の報告をした時、両親は特に驚くこともなく、ただ優しく笑って祝福してくれた。
『会ってもないくせに、もうお祝いしちゃうの?』
ちょっと予想外の反応だったので、そう言うと……
『あなたほどの子が隣を認める相手なら、とても素敵な方なんでしょう?』
そう言われてしまった。
どうしようもなく子供っぽい、単純バカだよ?
その上に破天荒だから、常識にはまった行動なんてしてくれないんだ。
あの人と一緒に暮らしたら、心臓がいくつあっても足りないよ。
―――まあ、とんでもなく素敵な人なのは事実だけどね。
そんなこんなでノアや両親と挨拶の日取りを相談しながら、その傍らで例の約束のことを考えているうちに、あっという間に年が明けた。
「おお…っ! ここが、アルの家…っ!!」
フィロア近郊にある、閑静な住宅街の一角。
並び立つ家々からは少し距離が離れた位置にある、広い庭を持った少しだけ豪華な家。
身長を越えるほど高い両開きの門を前に、ノアはふるふると身を震わせていた。
「アル……お前、金持ちのボンボンだったのか…?」
「言い方。」
ノアのダイレクトな物言いに、ジョーは溜め息をついた。
「まあ、小金はあったんじゃないかな?」
「いやいや! この家を見て小金と言うか!? 昔の私の実家がいくつ入ると思ってる!?」
「そんなことを僕に言われても、僕が建てた家じゃないし。」
騒ぐノアは置いておいて、ジョーは門を開けて彼女の腰を引きながら中に入る。
「多分、広くするしかなかったんだと思うよ。家にお互いの実験室を置いたり、万が一薬品が漏れた時に周囲の安全を確保したりって考えるとね。」
「家に実験室があるのか…?」
「うん。二人揃って大の研究バカだから。」
「アルは確実に、そのご両親の息子だな。」
「そうだね。物心ついた時には、論文の真似っこをして薬品を混ぜ合わせてたような感じだったし。いつから実験器具を持ってたかなんて、覚えてないもん。」
「科学者のサラブレッドか。」
「ま、そういうこと。」
他愛ない話をしながら、ジョーはちらりとノアの様子を窺う。
(家にこそ驚いてるけど、僕の親に会うこと自体には緊張してないみたいだな……)
くるくると周囲を興味深げに見回すノアは、普段と特に何も変わらずリラックスした様子。
さすがは一国を治める大統領。
誰に会うにしても、その精神は揺らがないか。
可愛い姿が見られなくて残念に思う一方、ちょっとばかり嬉しい。
だって彼女を動揺させられるのは、本当に自分一人だけということだから。
「アルシード。おかえりなさい。」
広い庭を抜けると、玄関の前で待っていた両親が自分たちを出迎えてくれた。
「ただいま。わざわざ外で待ってなくてもよかったのに。」
「あなたがお嫁さんを連れてくると思うと、わくわくしちゃって。」
おっとりと笑った母は、とても好意的な目でノアを見た。
「あれ…?」
そこで声をあげたのは父の方。
「恐れ入りますが、あなたはもしかして……」
「おお、そうか! お父上とは、六年前にしれっと一度お会いしたことがあったな!!」
「あ、そういえば……」
そうだ、そうだ。
そうだった。
自分とノアで互いの国から製薬会社を見繕って手を組ませた約六年前、ルルアで行われた引き継ぎ会議で、この二人は挨拶程度に顔を合わせていた。
「……アル?」
お嫁さんの正体を察した父が、〝嘘でしょ?〟って言いたげな顔をしてこちらを見てくる。
驚かせてごめんね。
でも、嘘じゃないんだな、これが。
こほんと一つ咳払い。
そして、堂々と胸を張るノアを手で示す。
「こちらはノア・セントオールさん。ルルア出身の方で……去年の大統領選を勝ち抜いて、通算十期目に突入した大統領様です。」
「………」
両親の反応は、フリーズ。
そりゃ、そうなるよね。
科学者で国際結婚はまあ珍しくないけど、よりによって大統領を引き当ててくるんかいって話だもん。
「……ふふ。」
ふと耳朶を打つ笑い声。
そちらを見ると、刹那の空白から戻ってきた二人が肩を震わせて笑っていた。
「さすがはアル…。お嫁さんに求めるレベルも高かったとは……」
「本当ですね。どんな方だからアルが認めたんだろうって思ってましたけど、これは納得ですね。」
あれ、納得されちゃったよ。
というか、二人の中で僕はどんな人間なのさ。
「さあ、立ち話もなんだから入りなさい。」
「そうそう。心ばかりだけど、お茶とお菓子を用意してますよ。」
二人は優しく自分たちを招き入れてくれる。
どうやら、実物のお嫁さんを見ても歓迎の意思は変わらないようだ。
「とりあえず、入ろっか。」
「ああ! ご両親、暖かな対応に感謝する。」
いつもの豪胆スマイルをたたえるノアに、自分も両親も釣られて笑うしかなかった。
それから四人でテーブルを囲んで、お菓子をつまみながらあれやこれやと話していたわけだが……
「………」
時間が過ぎるにつれ、ジョーの表情は固く、そしてぎこちなくなっていくことになる。
(なんか……仲良すぎないかな…?)
穏やかに談笑するノアと両親。
互いに好意的な彼らは、自分が間を取り持たなくても勝手に盛り上がっている。
会った瞬間から気が合ったという可能性もあるが、それにしては何もかもが自然すぎる。
同じ科学者である両親なら、もっと根掘り葉掘り質問をしてきそうなのに、それもかなり控えめだ。
自分の性格を考慮して遠慮していると言えば、それも事実なんだろうけど……
〝もう知っているから、改めて訊く必要がない。〟
三人の雰囲気がそう物語っているように感じるのは、気のせいだろうか…?
ドクン、と。
心臓がざわめいて、大きな鼓動が一つ。
(なんだろう……嫌な予感がする……)
一度そんなことを思ったら、また一つ、さらに一つと。
生を刻む体の脈動が、心をも急き立てていく。
「―――っ!?」
突然震える体。
その原因は、ポケットにしまっていた携帯電話だ。
「ミゲル…?」
親友の名前が映し出されたディスプレイを見て、ジョーは首を捻る。
「ここで出てもいいぞ。」
「ええ。私たちのことは気にしないで。」
ノアと母が、そう言って笑う。
だから、さっきからそれが気味悪いんだって。
なんで普通に結託してるの。
なんで、電話がかかってくることを知ってたみたいに落ち着いてるの。
気持ち悪い違和感を抱えながら、ジョーは促されるままに携帯電話を耳に当てる。
「おい、アルシード! お前、このままじゃやべぇぞ!!」
それは、これまでの人生を派手にぶち壊す落雷―――




