ラウンド48 阿吽の呼吸で交わす約束
「え…? 結婚の挨拶は、僕の両親を先にしたい…?」
依然しつこいケンゼルたちの追及から、飄々とルルアに逃げて今。
いつもどおりに研究所で仕事をして、いつもどおりに大統領御殿に行って、そこでも仕事をして。
死に物狂いで定時までに仕事を終わらせたノアと合流し、いつもどおりに車に乗って家に帰った。
え?
いつもどおりの車と家は何かって?
どうせ毎月来るんだからって、大統領御殿が高級社宅の一室と社用車一台を用意してくれたんだよ。
一応善意でタダってことになってるけど、その分防衛システムをバリバリに強化して管理してあげてるんだから、トントンどころか僕の方が損な気がする。
……まあ、ノアと内密かつ安全に過ごせる価値には、お金や待遇うんぬんの価値なんて適わないんだけどさ。
ん?
フルオープンにイチャついてるくせに、何が内密だって?
関係がフルオープンなのは、あくまでも大統領御殿の一部と研究所だけさ。
僕が許可を出す前に拡散したらルルアに来ないよって言ったら、ノアが土下座の勢いで他のみんなに頼み込んで、みんなもノアが可愛いのか律儀に約束を守ってるんだ。
人の口さえ塞いでしまえば、あとは僕の城。
監視カメラの映像も電話やメールの記録も、全部掌握済みです。
ついでに拾った情報たちは、時と状況に応じて使わせていただいてますよ。
とはいえ、ノアに手を出そうとした馬鹿どもを見せしめに吊るしてばっかだけど。
案の定、クララはいい仕事仲間になっております。
おかげで、最近のルルアの権力者間では、ノアに謎のボディーガードがついたってもっぱらの噂。
これが、ウルドさんたちが僕とノアの関係を中央執務室と情報部以外で黙っている理由の一つ。
まさか政敵の皆さんも、月に数日セレニアから情報共有に来るだけの研究者が大統領の恋人で、ルルアの防衛システムを遠隔で管理してるなんて思わないでしょうね。
ダークホースはダークホースらしく、その時まで口を閉ざしておきますよ。
……まあ、そんな半分オープン半分秘密みたいな関係も、そろそろ終わりだけどね。
「別に構わないけど、そうすると籍入れるのが遅くなるよ? ノア、すぐにセレニアに来られるの?」
「すぐ……には、無理かもな。」
ノアはテーブルから卓上カレンダーを取り上げ、月のページをめくりながら唸る。
「今は当選後の新体制の構築中だから手が離せんし……どんなに頑張っても、年明けの一月が最短だな。」
「年明けか……」
自分もノアと一緒になって、カレンダーを覗き込む。
「なーんか、そのスケジュールだと、気付いた頃には僕の誕生日になってそうだね。」
「………っ!! いいじゃないか!!」
「え? いいじゃないかって?」
「どうせなら、次の三月に入籍できるようにスケジュールを組もう!」
「ううん…? 半年先ですよ、ノアさん? 待てるの?」
「ああ!」
あら、予想外の反応ですこと。
思わず目を大きくした自分の前で、彼女は無邪気に笑う。
「だって、次の誕生日でアルもちょうど三十だろう? いい記念になるじゃないか!!」
「いや、僕の年齢なんてどうでもいいんだけど……まあ、ノアがそうしたいなら、それでいいよ。」
「うむ♪ では、それで決定だ。」
「あ、そう…。でもそうなると……ノアの誕生日プレゼントが僕のプレゼントになっちゃうな。どうしよっか?」
「私は、アルが結婚してくれると言ってくれただけで、人生で一番嬉しいけどな。……あ、じゃあ!」
「じゃあ?」
「これ!」
そう言ってノアが胸元から引っ張り出したのは、互いを縛り合う鎖ともいえるネックレス。
「せっかくだから、結婚と同時にこれも新しくしないか?」
「なるほど。それを僕に見繕ってほしいってわけだ。」
「そうそう♪」
伊達に二年も付き合ってませんよ。
本当は、もっと欲しいものがあるんでしょ?
「―――分かった。じっくりと考えてみるよ。」
そう告げると、ノアの表情がパアァッと輝く。
彼女の方も、こちらが本当の意味でお願いを承諾したことを分かっているようだ。
「ノアの誕生日プレゼントは、三月までお預けになっちゃうね。」
「全然大丈夫だ! その分の楽しみが待ってると思えば、どうってことない。」
「そう。相変わらず、スカッとして気持ちのいい性格をしてるよ。」
当たり前のように、ノアの肩を引き寄せる。
途端にぎこちなく固まる態度が可愛くて、どこまでも甘やかしてしまいたくなる。
「それじゃ、今日はどう過ごしたい? 僕の愛しい奥さん?」
「………っ!」
その瞬間、パッと顔を上げるノア。
丸くなった黒い双眸は感激で輝いていて、上気した頬は本当に愛らしい。
「どうしたの? ルルアに着いたら何度でも言ってあげるって、そう言ったでしょ?」
とどめの一発。
優しく微笑みかけてあげると、その全身が分かりやすく震えた。
「あの……その……」
「うん?」
「久しぶりに……アルのパンケーキが食べたい……」
「……ふふ…っ」
すごい。
めちゃくちゃ露骨に蜜時から逃げていった。
いや、パンケーキを食べたいってのも本当だろうけどさ。
今はそんな空気じゃなかったじゃん?
「ああもう……本当に可愛いなぁ。」
大笑いを必死にこらえながら、赤くなって震える奥さんの頭をぽんぽんと叩いて、ソファーから立ち上がった。
「生クリームとかはあるのー?」
「あ、ある…。ついでに、イチゴソースも……」
「あはは。ノアは相変わらず、イチゴが好きなんだから。」
「ち、違うんだ! アルが作るお菓子があまりにも美味しくて…っ」
「製菓も製薬も、配合さえ間違えなければ一定のクオリティが出せますから。裏の成分表を見ながら、出来上がりの味を想定して足りない成分を―――」
「急に科学者モードにならんでくれ。こんな時くらい、愛情を込めてくれ。」
「あ、ごめんね。愛情は込めるのが当たり前だから、わざわざ勘定になんか入れてなかったよ。」
「………っ!!」
本当にもう……
僕が意地の悪い物言いで振り回してくる奴だって知ってるくせに、いちいち落ち込んだり喜んだりするんだから。
「今日はどんな気分? 控えめ? 甘め?」
さてさて。
遊ぶのはこれくらいにして、お姫様に献上する最上級スイーツでも作ってあげましょうか。
「甘め! とびっきり甘いの!!」
「オッケー。」
完全に女の子状態になってしまったノアに背を向けて、キッチンに向かう。
その時すでに半分科学者モードで成分計算をしていた僕は、気付かなかったんだ。
「………っ」
両手で拳を握り締めて、何かに奮い立つ彼女の瞳に宿った光を―――




