ラウンド47 祝福に混じる不安
「ほら、アルってさ……自分がお兄さんに成り代わって、お兄さんの評判も価値も落としてやるって、〝ジョー〟として最低な人間になることを目指して生きてきたじゃない。」
彼を塗り潰す闇の根幹に触れると、途端にケンゼルもオークスも表情を強張らせてしまった。
それに構わず、キリハは自身の思うところを述べ続ける。
「俺と話す時なんて特にひどかったけどさ、ちょっとでも褒めたりお礼を言おうとすると、『僕はそんな人間じゃない』『君のためにやったんじゃない』って、自分自身を否定してばっか。そんな生活を続けてるうちに……アルは、アルシードとしての気持ちを感じられなくなっちゃったんじゃないかな。」
「……まあ、そうじゃろうな。」
「あいつの中で、アルシードは死んだ人間。あの完璧主義なら〝死人に口なしだ〟と、心の叫びを完全に切り離すことくらいやっただろう。」
九歳の事件当時から彼のことを知っている二人は、なんとも複雑そうな声音で言って目元を歪めた。
「そんな〝ジョー〟だったあの人に初めて〝アルシード〟を思い出させて、アルシードとして俺を助けるための一歩を踏み出させたのがノアだった…。多分、アルはその時からノアのことが好きだったと思うんだ。ノアにプロポーズされるまで、気付いてなかっただけで。」
あんなに分かりやすい人もいない。
ジョーを見た研究所の人々は、皆一応にそう断言した。
それはきっとごく自然に、自分でもそうと認識できないまま―――ルルアで自分やノアと接している時だけは、ジョーからアルシードに戻っていたからなのだろう。
ただ、自分とノアが違うのはここからだ。
「そんでね、アルに〝アルシード〟を認めさせるだけのパワーを持った人も、きっとノアしかいないんじゃないかな。」
レクトの事件を乗り越える過程でアルシードとしての自分を出しておきながら、彼はあれ以降もジョーであろうとした。
そんな彼を、ノアはたった数ヶ月で再びアルシードに戻してしまったのだ。
これは、彼女以外には成しえなかったことだと思う。
「実際に見てると、運命って言葉がピッタリなくらいお似合いだよ。あの二人を見ると無性に応援したくなっちゃうのか、研究所も御殿も公式サポーターみたいな状況だからね。」
「ううむ……」
「そうなのか…?」
「うんうん。一度でもノアがセレニアに行くことでもあれば、一瞬でばれたと思うんだけどなぁ~。二人で一緒にいるのに恋人モードを我慢とか、絶対にできないと思う。というか、我慢しようと思う前にキスかハグをしちゃってると思う。特にノアが。」
「ノア様、そんなにアルシードにベタ惚れなのか?」
「うん。大体ノアがアルに抱きついて甘えて、アルが笑いながらキスとかで甘えさせてあげてる感じ。今はみんなアルとノアが同い年って思ってるけど、アルが三つも年下だって知ったらびっくりするんだろうなぁ~…。正直、アルの方が大人に見えるもん。」
いやはや、あれはすごい。
アルシードさんの包容力が神がかっている。
ノアからのろけ話を聞くほどに、彼に対する女性陣からの好感度が上がっていくのなんの。
〝理想ですらも勝てない、世界一の旦那様〟
これが、ルルアで彼を知る女性陣からの評価だ。
ジョーとしての彼ならすぐさま否定しただろうけど、ルルアにいる時の彼はアルシードなので、〝ノアにとっての世界一なら、それで十分だよ〟なんて言って、さらに周囲からの好感度を上げている。
最初はジョーからそのテクニックを教えてもらおうとした男性陣も、そのうち〝あれは一般人には無理〟〝マジで神だからできるんだって〟と、半ば引きながら諦めてしまった。
「甘やかすだけ甘やかすアルシード…?」
「やり返さないアルシード…?」
「それ、もはや別人じゃないか?」
最後の一言は、見事に三人で一致する。
キリハは思わず笑った。
「でも、一応最初は怒ってやり返してたよ。御殿のシステムに妨害プログラムを送り込んで、政務を邪魔してやったみたい。すぐにウルドさんが復旧を頼みに来てた。」
「うむ、よかった。」
「僕たちが知ってるアルシードだった。」
「まあでも、仕返しはその一回だけだったね。多分、二人で初めてデートした時にくっついたと思うんだけど、あの時に何があったのかなぁ…? 俺が聞いたのは、デート帰りに刺客に襲われたから二人で叩きのめしたってことくらいだけだし、ピンとこないや。」
「ああ…。やっぱり、アルシードはアルシードじゃったか。」
「獅子の子の嫁は、獅子の女王だったと。」
「そう考えると、確かにお似合いじゃな…?」
「ああ。逆に、ノア様以外の嫁が思い浮かばなくなってきた。」
「でしょー?」
くすくすと笑って、肩を震わせるキリハ。
それに合わせて表情を緩めたケンゼルとオークスだったが、彼らの表情は何故か晴れないまま。
「……まあ、めでたいことには変わらんのう。」
「だな。これで少なくとも、復讐の中で孤独死するようなことはないだろう。」
「だが……」
「ああ…。そこまでの幸せを掴んでおいて、あと一歩だっていうのに……あいつは本気で、死ぬまでジョーとして生きていくつもりなのかね……」
「そうだね…。俺も、それだけが心配だよ……」
それは、大きな祝福の気持ちに混じる、小さな棘のような不安。
それは小さいが故になかなか抜けなくて、いつだって思い出したように、彼に痛みを届けるだろう。
内側に深く刺さったそれを取り去るためには、いっそのこと大量の血を流してでも、棘がある奥深くまでを切り裂くしかなくて……
(ノア……ノアなら、どうにかしてくれるよね…?)
彼にとって唯一の存在である彼女に、キリハは願いを託すしかなかった。




