ラウンド45 びっくり仰天おじいちゃんズ!
「あら…。じゃんけんで負けた可哀想な子が来たみたいですね。どうぞ。」
ジョーがドアに向かって言うと、狭く開いたドアの隙間から若い職員が顔を覗かせた。
「重要な会議中に申し訳ありません……」
そんなあからさまに怯えなくていいって。
大した話はしてないから。
「先ほど、ルルアから緊急要請が入りまして…。大至急、ジョーさんからノア様へご連絡いただきたいと……」
「ノア様に?」
首を捻る三人。
伝えることは伝えたと、職員は一瞬でドアを閉めて走り去っていってしまう。
「なんでしょうね? 研究所で何かあったのかな…? ここで電話してもいいです?」
「構わん、構わん。」
「では……」
ジョーは持っていた携帯電話でノアの番号を呼び出し、それを耳に当てた。
「普通にルルアの大統領に電話一本で繋がるってのが、普通じゃないよなぁ。」
「まあ、この獅子の子には普通なんじゃろ。いい後釜がいて、年寄りは楽じゃのう。」
そんなことを話しながら、ケンゼルとオークスはずずーっと紅茶を口に含む。
「―――は? ハネムーンはどこがいいかって?」
「ブ―――ッ」
お約束とばかりに、おじいちゃん二人が紅茶を盛大に噴き出した。
激しくむせる二人はそっちのけ。
ジョーとノアの会話は続く。
「あのねぇ、ノア…。プライベートな理由で国家権力を使うなって、何度言えば分かるの?」
「ゲホ…ッ、何度…っ!?」
「え? ウルドさんがやった? あの人普段はすこぶる優秀なのに、どうして僕のこととなると、ノア並みの暴走列車になっちゃうのかなぁ…? 他の人も、ノアに何かあるとすーぐ僕に連絡してくるし……」
「ウルド…っ!? 他の……国家公認…っ!? ぐふっ」
「そもそもハネムーンの前に、お互いの両親にご挨拶する方が先でしょ。なんでノアは、いつも踏むべき段階を飛ばしちゃうの? ……いやまあ確かに、そちらのご両親には何度もお会いしてるけど。」
「両親にまで…っ!? えっほ…っ!!」
「は? 取材? 会見? ちょっとちょっと…。芸能人じゃあるまいし、たかだか結婚でなんでそこまで…。……いや、分かるよ? ノアには必要かもしれないよ? だけど、僕はあくまでも一般人だから。一般男性と結婚しましたーで、ぼかせばいいじゃない。」
「誰が、一般人だ…っ」
「ああもう! 分かった! 御殿の人たちが大喜びしてるのは分かったから、僕がルルアに行くまでは何もするなって言っといて! 裏の大統領を怒らせたらどうなるか、痛いほど身に沁みてるでしょ!?」
「裏の……大統領…っ」
なかなか咳が収まらないおじいちゃんズ。
最終的に、二人が落ち着くよりも、ジョーがノアとの会話を終えて電話を切る方が早かった。
「本当にもう、あの国の人たちは揃いも揃って……ん?」
携帯電話をポケットにしまい、顔を上げたジョーはきょとんと瞼を叩く。
これでもかというくらい両目をかっぴらいて、こちらを凝視する二人。
ティーカップを落としてはいないものの、その中身が思いきり服に零れてしまっている。
おやおや、これは……
状況を察したジョーはくすりと笑って―――しっと、唇の前で人差し指を立てた。
「へぇ…。さすがのお二人でも、プライバシーは尊重してくれてたんですね? ここまで来ると、笑えちゃいますよね。―――いつも愛が暴走しがちの、困った奥さんですよ。」
「………っ!!」
本人の言質が取れたことで、二人の顔に再び衝撃が走る。
「お前さんにしては、やたらとまめにルルアに通っとると思ったが、まさか……」
「公私混同で申し訳ないですね。仕事と、ノアに会うためですが? 隔月に一週間か、月一に三日かで選ばせたら、短くてもいいから毎月会いたいって言われたもので。」
「え…? じゃあ、ルルアの防衛システムを管理してるのは……」
「単純に、ノアを守るためです。いくら悪魔でも獅子の子でも、可愛い奥さんくらいは大事にしますー。あの人ディアと同じ単細胞で、使えない奴を直球でバサーッと切り捨てるから、とにかく敵が多いんです。その割に防衛システムがゴミくそだったから、我慢できずに手を出しちゃったんですよ。」
「ん? じゃあ、ルルアの情報部が泣いておったのは……」
「嬉し泣きでしょうね。初めてルルアに行った時は、ノアに技術を見せびらかすだけ見せびらかしてトンズラしたんで。今度は逆に僕が自分から技術を駆使したんですから、そりゃあ泣きますわ。」
「裏の大統領ってのは…?」
「ノアの手綱役って意味ですよ。ノアったら禁断症状が出ると、僕が何かしらのご褒美をちらつかせなきゃ、まともに機能しなくなっちゃうんです。そのせいもあって、月一でルルアに来てノアに実物をチャージさせてやれって、御殿の全員が大懇願ですよ。おかげで、ルルアの自家用ジェットが飛ぶわ飛ぶわ……」
「……ノア様と、結婚すんのか?」
「は? ここまであれこれ訊いといて、今そこの確認ですか?」
「………」
「………」
その場に落ちる、なんともいえない沈黙。
時が止まったかのような静寂が、数秒かけて室内を満たしたところで―――
「アルシードオォーッ!!」
ケンゼルとオークスはそれぞれの手でジョーの肩を掴み、鬼気迫る形相で彼に詰め寄った。
「あのなぁ!? 僕たちこれでも、結構君のことを可愛がってるんだよ!?」
「そうじゃ、そうじゃ!! なのに、お前さんはなんじゃ!? 何故そんな大事なことを報告せん!?」
「いや、落ち着いてください。結婚の話をしたのは昨日のことです。昨日の今日で、ハネムーンだ記者会見だと騒いでるあっちがおかしいんです。」
「そこも気に食わんのじゃ!! 何故ルルアではそこまで関係が知られておるのに、セレニアじゃとんと話が出ておらんのだ!?」
「仕方ないじゃないですか。ルルアでは僕が言わなくたって、ノアがだらしない顔であれこれ垂れ流すんですから。そもそも、付き合う前から婚約者宣言されちゃってて、僕が何をどう言っても無駄な状況だったし。あの時の僕の味方は、キリハ君だけだった……」
「そもそもがもう意味不明だけど、それでいつからノア様と付き合ってたんだ!?」
「二年前?」
「だったら、その時に言わんかーっ!!」
不平不満爆発のおじいちゃんズ。
それに対し、ジョーはというと……
「あの……正論を突きつけるようで申し訳ないんですが、いい年した大人が、逐一誰と付き合って別れたなんて報告をします? お二人は若い頃、結婚が決まっていない段階で、女性とお付き合いしていることをご家族に話しました?」
この切り返しである。
しかし、確かにド正論。
またまた沈黙に満たされる会議室。
〝何か反論でも?〟と言いたげに首を傾げるジョーの前で、ケンゼルとオークスはぶるぶると体を震わせて、次にバッと顔を上げた。
「ケンゼル! お前の別荘を貸せ!!」
「言われんでも、車の手配をしておるわ!!」
「よく分かりませんが、お二人でヤケ酒です? じゃあ、僕はこれで―――」
「アホかぁっ!!」
振り返って背を向けたジョーの首に、オークスがガッチリと腕を回す。
「主役は君だ…っ。今日は三人で早退からの、朝まで尋問だっての。」
「えー…。別に付き合ってもいいですけど、夜の九時から二時間は遠慮してください。」
「何故だ。」
「多分、ノアから電話がかかってくるので。出てあげないと、あの人が死んじゃいます。」
「意外とぞっこんだな、君!?」
「これは、話の聞きがいがあるわ…っ」
その後、皆で仲良く早退した三人。
ケンゼルとオークスの二人がジョーを車に押し込んで去っていく姿を見た者は多数いたが、誰もその事情には触れないのであった。
ちなみに、朝までおじいちゃん二人をテキトーにあしらいすぎた結果、そのしわ寄せが全部キリハ君にいってしまったことは、非常に深く反省しています。
ごめんね、キリハ君。
今度何か奢るから、許して?




