ラウンド37 ネックレスの意味
「まったく…。昨日の今日でこれじゃあ、先が思いやられるよ……」
ノアを丸め込んで政務に向かわせたジョーは、電話を切るなりげんなりと肩を落とした。
「お疲れ様。結局、ちゃんと付き合うことにしたんだ?」
ジョーの傍に近寄ったキリハは、整理していた資料の束を彼に渡す。
「まあね。あれには、潔く負けを認めるしかなかったよ。自分の気持ちに自分で気付けないんだから、僕もまだまだだよね。」
「そっか。ジョーがいいなら、それでいいと思うよ。なんだかんだと、今までで一番幸せそうに見えたから。」
本当にそれ。
キリハの言葉を全肯定するように、周囲の職員たちは何度も首を縦に振る。
「えーっと……最終結果は、ジョーさんの仕返し事件から五週間と四日。」
「案外長かった……」
「さすがに、一ヶ月以上に賭けた人はいなかったよね……」
こっそりとジョーが折れるまでの時間で賭けを行っていた職員面々は、それぞれがちょっと残念そうに唇を尖らせる。
「これからどうするの? さすがに、すぐに結婚はしないでしょ?」
「そりゃそうだ。ひとまずは予定どおり、セレニアに帰るよ。それ以降は定期的な出張を上手くねじ込みながら、二人で細かく調整ってなるんじゃないかな。」
ノア様、グッジョブ!!
それは実質、ジョーがこの研究所へ定期的に通うことが決まったということ。
いち早くそれを察し、職員たちはガッツポーズをしたり手を握り合ったりと、それぞれに喜びを示す。
「……あれ?」
その時、ふいにキリハが何かに気付く。
「ジョー、それどうしたの? 先週まで、つけてなかったよね?」
「ん? ああ、これ?」
キリハの視線が自身の首に注がれていることに気付いたジョーは、襟の隙間に指を入れる。
「昨日、ノアにくくりつけられた首輪ってやつ?」
(でええええぇぇぇぇっ!?)
ジョーが胸元から引き出したそれを見た職員たちは、内なる叫びを表に出さないことで精一杯だった。
「うわぁ、高そうなネックレス……」
「なんか、ルルアでは定番の愛情表現らしいよ?」
「愛情表現ってことは……もしかして、ノアとおそろい?」
「チェーンだけね。先端のデザインは違ってた。なんだっけ……確か、互いの誕生木を身につけ合ってどうのこうのと……」
「デザインは違っても、恋人どうしのペアリングみたいな意味合いは同じなのかな?」
「多分ね。こういうことをしたがるのは、やっぱり女の子ってことなのかな。……まあ、僕としては好都合だよ。指輪だと絶対に勘繰られるけど、ネックレスなら隠せるから。」
「隠せるって……まさか、ノアと付き合ってることを隠すつもりなの?」
「ルルアではもう仕方ないけど、セレニアでは黙ってるつもり。今の僕たちって再会の勢いに任せて付き合った感が否めないから、時間を置いて落ち着いた瞬間、〝なんでこんなことになったんだっけ?〟ってなる可能性もあるじゃん? 僕の気持ちは変わらないだろうけど、ノアまでそうとは限らないから、逃げ道は確保しておいてあげようと思ってね。」
おい、そこのセレニア国民!
のほほんとしたその会話、ちょっとストップ!!
間違っちゃいないけど違うんだ!!
目撃者全員悶絶の職員たち。
確かに、互いの誕生木のネックレスを身につけるのは、恋人で定番の愛情表現です。
だけど、問題はそのチェーンの色だ。
金色のチェーンは既婚者の証。
金色のチェーンでできた誕生木のネックレスを身につけることすなわち、〝あなたのプロポーズを受け入れました〟ってことなんですよ!!
セレニアでいうところの、正式な結婚指輪なんです!!
「ノア様……何も説明せずにプレゼントしたのね…っ」
「常識と倫理の観点から手を出せなくなる、最強の女除けだぞ、あれ……」
青くなればいいのか、赤くなればいいのか分からないルルア組。
対するセレニア組は、暢気なものである。
「いやー、急に宝石店に連行されて、びっくりしたのなんの。箱からネックレスを出したと思ったら、急に『つけてくれ』って言ってくるんだよ?」
「それで、つけてあげたの?」
「うん。だって、断れる理由がなくない? キリハ君だって、同じ状況ならとりあえずつけてあげるでしょ?」
「まあ、確かに。」
「そしたら、次は私からーとか言いながら……」
「それをつけてきたわけだ。」
「そうそう。」
ちょっと待て!!
あなたたち、何ちゃっかりと結婚式の儀礼に則ったネックレス交換をやっちゃってるんです!?
「そしたらノアったら、一人で満足しちゃってさ。その時一緒にいたノアの親友に教えてもらって、ようやくこれの意味が分かったんだよ。」
見届け人までいただと!?
それもう、略式とはいえ本格的な結婚式じゃん!!
「ジョーさん!!」
たまらず、職員の一人がジョーに詰め寄った。
「さっさとノア様にプロポーズしてください!」
「え、急に…?」
首輪の意味が分かっていないジョーは、突然の出来事にきょとんと首を捻っている。
「いや、ジョーさんからプロポーズしなくてもいいです! ノア様に一言〝受け入れます〟って言うだけでいいです!」
「もどかしいんですよ、もう!! 早く名実ともに夫婦になっちゃって、私たちをこのもどかしさから解放してください!!」
「いやいや。さすがにスピード婚すぎますって。今後、何がどう転ぶかなんて分かりませんし……」
「あそこまでラブラブなのに、今さら何を言うんですか!?」
「絶対にお二人、ずっと遠距離恋愛してましたよね!? 次に再会する時に結婚しようって約束でもしてたんじゃないですか!?」
「いや。それはない……」
「もういいです!」
「ジョーさんのことなんて、今後〝旦那さん〟って呼んでやるーっ!!」
「なんで、ウルドさんと同じことを…?」
「当たり前だーっ!!」
最後は全員揃っての大合唱。
それに気圧されるジョーとキリハ、小首を傾げるシアノの三人なのであった。




